連載慢性期医療の今、未来

ケアの本質は「自立支援」―世界をリードする介護を目指して

公開日

2021年11月04日

更新日

2021年11月04日

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2021年11月04日

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高齢化の進行により2020年には総人口の28.7%が65歳以上となった日本。その高齢化率の高さは世界でも群を抜いており、この状況は2040年頃まで変わりそうにありません(その後は中国が1位となる見込み)。2000年には介護保険制度が始まりましたが、現在に至るまでさまざまな問題が山積しています。そのようななか「支配・管理」主体の介護現場の現状にショックを受けて自らの地元に介護事業所を設立し、自立支援を前提とした本質的なケアを提供し続ける加藤忠相さん。海外からも見学者が訪れる介護事業所「あおいけあ」の真髄と、それを実現するためのポイントについてお話を伺いました。

※本記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。

「ケア」とは本人の能力を生かし自立を支援すること

介護分野で使われている「ケア」という言葉の意味は「世話する」「面倒を見る」ではありません。本来、ケアとは「気にかける」という意味で、その語源はラテン語の「耕す」という言葉です。すなわち、相手が持っている畑を耕して生活がうまくいくように気にかける、ひいては本人の能力を生かすことを指します。

これをたとえば「お茶を飲む」という行動に置き換えてみましょう。Aさんは認知症があり最新の電気ケトルは使えません。そんなときは、どうやったら自分でお茶が入れられるかを考えます。一緒にホームセンターへ行き「お湯を沸かすのにはどれを使いますか」と聞くと、Aさんは昔使っていた旧式の電気ポットを選びます。お茶の時間に「Aさん、お茶入れるのを手伝ってもらってもいい?」と声をかけると「しょうがないなあ」と言ってお茶を入れてくれる――。これがケアの本質、すなわち自立の支援です。

MN撮影

皆で昼食を準備している様子

できる限り車椅子を使わない

自立支援における身体的な面での重要なポイントは、車椅子をできる限り使わないことです。もちろん特殊な事情やご本人の強い希望があれば車椅子が必要な場面もあるでしょう。しかし、それ以外の方は車椅子を降りて自力で歩いたり立ったりすることが大切です。車椅子は椅子ではなく、移動のための道具ですから。

人は動かなければ筋力や心肺機能が低下し、ますます動けなくなります。たとえば1週間ベッドで安静にしていると15~20%の筋力が失われます。特に高齢の方では基礎的な筋力が低く、安静による影響はさらに大きいのです。一日中車椅子に座っていたら筋力や体力はどんどん低下し、寝たきりになるリスクが上がるでしょう。

困っていることを取り除き安心できる環境に

私たちは幼い頃から「自分がされて嫌なことはほかの人にしない」ということを教わってきました。しかし介護の現場はどうでしょう。特に認知症を持つ方のケアにおいては、症状や行動を理由に「支配・管理」をしてしまいがちではないでしょうか。それがたとえ本人にとって嫌なことであっても。それはやはりおかしいですよね。

大切なポイントは、ご本人が安心できる環境を作ったうえで、困っていることを取り除いてあげることです。「ここは安心できる」「この人は大丈夫だ」と思える環境であれば認知症の周辺症状(BPSD*)はきっと治まるはずです。何か困っていることがあるから、それが周辺症状として現れていると考えるとよいでしょう。

そして本人が困っていることを見つけたり、安心できる環境を作ったりするためには十分なアセスメント(情報収集)が重要となります。すなわち、より生活に関するパーソナルな部分、たとえばご本人の性格や趣味、嗜好(しこう)、生活史、家族構成、信念(宗教観)などを考慮したケアが必要なのです。

*BPSD:認知症の中核症状(記憶障害、見当 識障害、判断力の低下など)に伴ってみられる行動・心理症状。易怒、妄想幻覚、不眠、暴力暴言、徘徊、介護括抗、抑うつ、拒食など種々の症状がある。

MN撮影

ご自身のペットを連れてくるのもOK

ケアの基盤となる「人間関係」

ケアを行ううえでもっとも大切かつ基盤となるものは「人間関係」です。それを象徴するKさんのエピソードをご紹介します。

Kさんはアルツハイマー型認知症のために生活力が低下し、家がゴミ屋敷のような状態になってしまっていました。食事や入浴も満足にできない状態だったため、民生委員(民生委員法に基づき厚生労働大臣から委嘱された非常勤の地方公務員)や地域包括支援センターの職員が何度も自宅を訪れ、介護サービスへの橋渡しを試みましたが、追い返されてしまったといいます。そこで当事業所へ相談が来ました。

2人のスタッフを担当に決めて、1日5~6回お家を訪問することに。最初から「あおいけあに来てください」「お風呂に入りましょう」とは伝えません。Kさんが飽きないように2~3分だけ笑顔で楽しい話をして、帰ります。そんなことを繰り返していくと、あるとき「あなた、また来てくれたの」とKさんから声をかけてくれるようになりました。そこで「地域の清掃活動をするのですが、手伝ってくれませんか」と声をかけ、Kさんは「あんたのお願いならいいよ」と承諾してくれました。実際に清掃活動をしていただき、お礼とともに「汗をかいたと思うので、お風呂どうですか」とお誘いして、見事1年ぶりの入浴が実現したのです。

なぜKさんはスタッフの声かけに応じたのでしょうか。ポイントは人間関係の構築です。認知症では脳の海馬という部分が傷害され、新しい情報を記憶するのが難しくなります。しかし一方で感情を司る扁桃(へんとう)体の機能は残るため感情は強く記憶されるといわれています。そのため何度も足を運ぶなかで顔を覚えてもらい、楽しい時間を一緒に過ごすことで「この人なら安心だ」というポジティブな感情を積み重ねることができたのです。

コミュニケーションのポイントとは?

前項でお伝えしたように、認知症をお持ちの方の場合は相手との具体的なエピソードよりも感情が強く残りやすいため、よい感情を積み重ねることが非常に重要です。ただ、これは「認知症」に限らず、通常のコミュニケーションにおいても大切なことですよね。

自立支援を前提にした本質的なケアにおいては利用者さんに主体的に動いていただくことが重要です。それを実現するには声かけ1つにもコツがあります。たとえば料理を作るときに「Aさんはこの野菜を切ってください」と指示してしまいがちですが、そうではなくあくまでも本人が主体となるように「この野菜はどう切ろうかな。Aさん、味が染みる方法を知っていますか?」などと聞くと「ほら、貸してみなさい」と野菜を切ってくれます。

MN撮影

主体的に行動できる声かけが重要

このように、何か作業を「やらせる」のではなく、主体的に参加したいと思える声かけが重要です。ご本人としても指示されるよりは気持ちがよいはずですし、自分の能力や知識が役に立っていると実感する機会が増えます。このような声かけは、認知症をお持ちの方をご家族が自宅で見ている場合でも有用です。家族だと距離が近すぎてそれまでのコミュニケーションを変えるのが難しかったり、優しく声をかけるのが恥ずかしかったりするかもしれませんが、本人が主体的になれる声かけを意識していただくのは大切なことだと思います。

日本は世界の介護をリードする存在になれる

日本は1970年に高齢化社会となり、今や超高齢社会となりました。その高齢化率は世界でもダントツです。ただ、将来的な動きを見るとアジアでも高齢化が急激に進み、さらにスピードは遅いけれどヨーロッパでも高齢化が進んでいく見込みです。

そのような中で、私たちが昔と変わらない「お世話介護」「面倒を見るケア」を続けていくのか、それとも「最先端で本質的なケア」を行うことで幸せな社会を作り上げるのか、その分岐点に今いるのではないでしょうか。私たちがよいケアを追究することは、未来の世界のケアを先導することにもつながるのです。日本が介護・ケアのあり方を作り、世界をリードする存在になるのは夢ではないと思います。

 

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