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連載慢性期医療の今、未来

医療をもっと便利に―パーソナルデータの利活用で“発展途上”日本の現状は?

公開日

2021年07月16日

更新日

2021年07月16日

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2021年07月16日

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近年、日本ではパーソナルデータ*(以下、PD)の電子化と利活用が推進されています。たとえばPHR(Personal Health Record:個人の医療・介護・健康データ)を活用することで、煩雑な手続きなどを省きながらよりよい医療を受けられるかもしれません。ただ、日本ではそうしたデータの利活用も、それ以前の体系化されたデータ集積と管理も“発展途上”です。AMED(日本医療研究開発機構)などでPDの利活用に関する実証実験を行った橋田浩一先生(東京大学大学院情報理工学系研究科附属ソーシャルICT研究センター教授)に、PDの利活用に関する現状の課題を伺いました。

*パーソナルデータ:個人の属性情報、移動・行動・購買履歴、ウェアラブル機器から収集された個人情報を含む、個人に関するさまざまな情報。このうち個人を識別できる氏名・生年月日・住所などを個人情報と呼ぶ。

※本記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。

PDの利活用で変わる生活

個人の医療や健康などに関するデータが電子化され活用できるようになると、私たちの生活はどう変わるのでしょうか。

たとえば、若い時期から健康に関するデータの変化を経時的に追うことで将来的にかかる可能性のある生活習慣病を予測したり、効果的な予防法が分かったりするかもしれません。さらに▽オンライン診療や薬のオンライン処方がより簡単に受けられる▽個人の体質に合ったパーソナライズされた治療が受けられる▽複数の病院にかかっても薬の重複を避けられる▽多額の医療費がかかったとき簡単に医療費控除の申請ができる――などの可能性が考えられます。つまり、より安全に効果的な医療を効率的に受けられるようになる可能性があるのです。

世界でPDの利活用はどう進んでいる?

人口の少ない国では、PDを国が集中管理する仕組みに基づいて、個人の意思で自由にデータを活用できるシステムがインフラとして整備されているところがすでにあります。たとえばエストニアやデンマークなどがその例で、北欧ではPDの利活用が比較的うまく進んでいる印象です。

医療分野では、台湾が成功例の1つです。台湾の場合、日本の厚生労働省に当たる政府機関がPDの集中管理システムをつくり、ほぼ全ての医療機関のデータをポータルに集めています。国民はそのポータルにアクセスして自分の医療データを一覧でき、さらに医療機関などに開示することが可能です。

日本の現状―集中管理から分散管理へ

日本では現状PDを扱う一般的な情報システム(たとえばスマートフォンの位置情報やECサイトの購買履歴など)のほぼ全てが、複数のユーザーのデータを事業者が集中管理する形になっています。この形では各ユーザーが自分のデータにアクセスできるだけでなく、情報システム管理者もあらゆるデータにアクセスが可能です。

しかし、実のところシステム管理者が全データにアクセスする機能はほとんどの場合不要です。さらには、その機能が誤って使われたり悪用されたりして大量のデータが一挙に流出するという事態が数多く起こっていて、そのようなリスクへの対策に大きなコストがかかります。競合する事業者の間でのデータの授受が難しいという利便性の低さも課題でした。

分散管理

このように不要な機能が弊害を生んでいる状況を踏まえ、情報システムの形を変容させようという動きが現在進んでいます。そのなかで、事業者にデータが集約される「集中管理」からユーザー本人が扱いやすい形で(たとえばスマートフォンなどを使う)データをそれぞれが管理する「分散管理」への移行が構想されているのです。

世界では集中管理での成功例がありますが、日本は政府のガバナンスが効きにくいことと人口が多いことを考慮すると、やはり分散管理が現実的と考えられます。

「分散管理」のメリット

PDの分散管理には安全性、コスト、利便性、機微な情報の扱いやすさなどいくつかの面でメリットがあります。まずは、ユーザー本人がデータを管理することによるセキュリティ面の安全性です。集中管理の場合、たとえば100万人、1000万人規模のデータを一気に盗むことが可能でした。しかし分散管理では1人ずつ盗む必要があるので手間とコストがかかり、そのような犯罪の対象にはなりづらいでしょう。このような安全性の向上に伴い、安全管理のコストは軽減されます。なおかつ、本人が自由にデータを使えるため利便性も高まるのです。

また、分散管理は集中管理では難しかった「機微な情報」の管理にも適しています。というのも、集中管理では管理者が個人のデータに技術上アクセス可能であるという状況で、実際に管理者がアクセスしないとしても、周りに知られなくないような内容をデータとして登録することへの心理的なハードルが生じていました。たとえば本籍地や思想・宗教、既往歴、性生活などの情報をどこかに登録することに対して、「なんとなく怖い」「なんとなく気持ち悪い」と感じる方は多いでしょう。しかし、分散管理では本人が許諾しない限りPDが他人に見えることはないため、安心して登録し活用できるのです。

なぜ分散管理が進まないのか

PDの分散管理にはたくさんのメリットがありますが、現状ではまだ広く普及していません。その背景には、おそらく歴史的な事情があるのでしょう。コンピューターが誕生した頃には一部の政府機関や大企業だけがコンピューターを持っていました。そのため当時はデータを1カ所に集めてコントロールするためにシステム管理者が必要だったわけです。

写真:PIXTA

写真:PIXTA

しかし、今やほぼ誰でもパソコンやスマートフォンを持ち、データにアクセスする時代です。PDを取り巻く状況が当時から大きく変化したにもかかわらず、昔からのイナーシャ*(慣性・惰性)によってデータ管理のあり方が変わりにくいのです。特に、既存のデータ管理システムに基づいてビジネスモデルができ上がっている場合、新たなシステムの導入を渋る企業が多いのかもしれません。

*イナーシャ:外部より物体に力がはたらかない限り、その運動状態を持続しようとする性質

既存の概念が覆される日は遠くない

とはいえ、昔からの思い込みや固定観念はたった1日でガラリと変わる可能性があります。これまでの歴史でも昨日までの価値観が覆されたことは幾度となくありますよね。そのような変革がPDの分野でも起こるかもしれません。実際、国を挙げてPDに関する法制度の調整が進められていますし、PDの利活用を実現する手段として以前から私が取り組んでいるPLR(Personal Life Repository:個人生活録)を実用化する活動についても、その理念に共感して協力してくださる方が増えてきました。

 

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