近年、医療におけるICT(情報通信技術)の活用が積極的に進められてきました。さらに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響もあり、さまざまな分野でデジタル化・オンライン化が進展しています。今、手術などの外科領域ではどのようなデジタル革新が行われているのでしょうか。日本外科学会理事長を務める森正樹先生にその可能性と今後の展望を伺いました。
医療業界全体の動きとして、2018年頃から厚生労働省は「オンライン診療」の適切な実施を推進していました。それが今、COVID-19の影響により急速に進んでいるわけです。たとえば、内科的な診療は日本医学会が中心となりオンライン診療ガイドラインを作成し、さらに外科的な分野でもオンライン診療について検討されています。その1つとして日本外科学会が進めているのが「遠隔手術(オンライン手術)」です。
遠隔手術とは、術者が離れた場所にいる患者さんをリアルタイムに手術できる(あるいは手術をサポートする)もので、今、情報通信機器と手術ロボットの発達により、そのような状況が実現しつつあります。国内ではすでに300台以上の手術ロボットが配備されており、さらに5G通信技術が整備されれば、遠隔手術における操作の遅延が解消されるでしょう。
現在は当学会と日本内視鏡外科学会、日本ロボット外科学会が中心となり、総務省、厚生労働省、経済産業省、内閣府、さらにはロボット関連の2企業、情報通信技術に関わる研究所や企業などに参画いただき、遠隔手術の研究・開発を進めています。
遠隔手術を活用するべき現状の課題として、2つの問題があります。1つは地方における医療過疎の問題、もう1つは地方の病院に勤める若手医師の教育です。
北海道を例にご説明します。まず北海道はとても広大ですが、医療資源は札幌と旭川周辺に集中し、釧路や十勝、網走などそのほかの地方では外科医を含む医療資源が不足している現状があります。また、その二次的な影響として、若手の外科医が地方の病院での勤務をためらいがちです。というのも手術というのは通常、執刀者と数名の助手が1つのチームになって担当し、若手医師には先輩が指導医としてつきます。しかし、地方の病院では外科医の数が少ないため指導・教育体制が不足していることも多く、若手医師はそのような環境に不安を抱くのです。
写真:PIXTA
では、遠隔手術を活用するとこの現状はどう変わるのか。まず地方の病院で若手医師が手術ロボットを操作し、札幌の病院にいる医師が遠隔で指導医としての役目を果たします。すると、実際に現地にいる外科医の数が少なくても外科医療の質は維持され、さらに現地の若手医師も安心して手術に臨むことができるのです。このように遠隔手術は「医療過疎地域の医療を守ること」と「若手医師の教育」に寄与する可能性があります。
肝臓・胆道・膵臓の外科領域で進んでいるデジタル技術の1つに、リアルタイムで臓器に画像のマッピングを行うシステムがあります。たとえば手術前にCTなどで腹部の画像を解析しておくことで、手術でお腹を開いたときに肝臓の血管や胆管(胆汁が流れる管)がどのように走っているか、肉眼では見ることのできない部分までリアルタイムでマッピングできるのです。端的にいえば、人間の目をはるかにしのぐ「目」を手に入れるようなものです。
臓器マッピング技術により、今まで以上に手術時の出血をコントロールし、肝機能を温存することが可能になってきました。これまで術者が手術前に画像を見て記憶するほかなかったことを考えれば、その有用性の高さはいうまでもありません。このような手術の安全性と効果を高めるための新たなデジタル技術を精力的に取り入れる施設は、現在少しずつ増えているようです。
外科分野のデジタル技術は、教育にももちろん有用です。たとえば臓器マッピング技術なら、術者だけでなく研修医も同じデバイスを使って実際にリアルタイムで臓器のマッピングを確認し、術者がどのように執刀するのかを見て技法や哲学を学ぶことができます。つまり、これまでは術者の目を通してでしか学べなかった手術の「経験値」のようなものがデジタル技術を駆使することで再現・共有できるということです。
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