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がん治療の進歩 常識覆す驚きの体験を-がんサポーティブケア学会 渡邊会長インタビュー

公開日

2024年05月10日

更新日

2024年05月10日

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2024年05月10日

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第9回日本がんサポーティブケア学会(JASCC)学術集会が2024年5月18~19日、埼玉会館(さいたま市浦和区)で開催されます。サポーティブケア、がんの支持医療は、しっかり行うことでがん治療の効果を高めることにもつながるそうです。全てのがん患者さんに確実に支持医療を届けるには――。会長を務める渡邊清高先生(帝京大学医学部内科学講座腫瘍内科教授)にお話を伺いました。

「抗がん薬で吐く」はもう昔の話になりつつある

かつて、がんの治療は「つらい」「我慢しなければいけない」「副作用が起こるのは仕方がない」などの文脈で語られることが多くありました。しかし、近年では劇的なスピードで新しいがん治療薬の開発が進んでいるのと同様にあるいはそれ以上に、治療に伴う副作用対策などの支持医療も目覚ましく進歩しています。

たとえば、以前のメディアやドラマなどの印象をもとに、今でも「壮絶ながんの闘病」として治療による副作用で吐いている患者さんがイメージされることが多いのですが、今では制吐薬(吐き気止め)の進歩により、吐き気が起こりやすい治療を始める場合にはあらかじめ複数の吐き気止めを使用して吐き気を感じる段階から予防するため、嘔吐する患者さんはかなり少なくなってきています。

サポーティブケアやサバイバーシップケアという考え方が浸透して、がんの治療は大きく変化しました。学術集会では、かつての常識を覆すような驚きを感じていただけるのではないかと思っています。

QOLも予後も改善する支持医療

がんの支持医療(サポーティブケア、Supportive Care)とは、がんに関連した症状やがん治療に伴って起こる副作用を適切に予防・ケアすることを指します。がんに伴う心と体のつらさを和らげる緩和ケア(パリアティブケア、Palliative Care)の意味合いを含みますが、支持医療では、がん治療に伴う有害事象の予防や対応を行うなど、積極的にがん治療の強度を上げて治療効果を高めるための医療という面も重視されます。

支持医療をしっかり行うことには2つのメリットがあります。1つは、治療に伴う副作用や後遺症などのつらさを和らげて、患者さんのQOL(生活の質)を改善・維持するといういわば“守り”の側面です。もう1つは、がん治療の効果を高めることで、患者さんの予後を改善したりがんの治癒につなげたりといった“攻め”の側面です。たとえば、これまで副作用による吐き気や骨髄抑制*1によって、抗がん薬の量を減らしたり投与間隔を延ばしたりしなければならなかった方が、吐き気止めやG-CSF(顆粒球コロニー形成刺激因子)製剤*2を適切に使うことで標準治療*3と同じ抗がん薬の用量・用法で治療を行うことができるようになれば治療効果が高まります。これは手術や放射線治療においても同様です。

*1骨髄抑制:がん治療の副作用やがんそのものによって骨髄の働きが低下している状態。血液細胞のうち、白血球が減少すると感染症、赤血球が減少すると貧血、血小板が減少すると出血などが起こりやすくなる。

*2 G-CSF(顆粒球コロニー形成刺激因子)製剤:白血球のひとつである好中球を増やし、その機能を増強することで感染症のリスクを減らす薬剤

*3標準治療:科学的根拠に基づき、現在利用できる最良の治療であることが示され、一般的な患者さんに推奨される治療。

第4期計画に「支持療法の推進」明記

日本のがん対策では、2006年に成立したがん対策基本法に基づき、国が基本的な方向性として「がん対策推進基本計画」を定めています。これをもとに各地域の実情に応じて、都道府県がそれぞれのがん対策推進計画を作成して、皆さんがお住まいの地域でもがん対策が実施されています。国の基本計画は5~6年ごとに見直されており、2023年3月に定められた第4期計画が最新です。これを受けて1年かけて都道府県の計画が作成されて、2024年4月から第4期計画に基づいたがん対策が開始されたところです。

国の第4期計画では、がん医療分野の分野別目標に「支持療法の推進」が明記されました。がん診療連携拠点病院を基盤とするがん医療提供体制の中で、根拠に基づいた質の高い支持療法を普及していくための取り組みが求められるということです。

まさにこれからプロセスが実行されていくこのタイミングで、しっかりと確実に患者さんに支持医療を届けていくために、今回の学術集会で議論ができるとよいと思っています。

第4期がん対策推進基本計画概要

確実に支持医療を届ける策を議論

学術集会では研究の進歩や最新のガイドラインといった新たなエビデンスの紹介として、新たな支持医療に関する研究報告やエビデンスの創出に関する発表が予定されています。それに加えて、エビデンスをどう普及させていくか、エビデンス・プラクティスギャップ*4をどのように埋めていくかという議論ができればと考えています。がん医療やケアに関わる現場にいる医療従事者が患者さんや当事者のニーズに基づいて、質の高い支持医療を確実に届けていくことが重要です。このような思いを込めて、今回の学術集会のテーマは「私たちの 夢をかなえる がん支持医療(Cancer Supportive Care Makes Our Dreams Come True)」としました。

*4:科学的根拠に基づく治療などがあるにもかかわらず広く実施されていない状況

「地域に根ざすがん支持医療の実現を行政とともに考える」というプログラムでは、国、都道府県でがん対策に携わる行政の方にもご参加いただき、国の取り組み、都道府県の先駆的な事例や、それぞれの地域での課題を共有し、モデルとなるような事例や解決策をもとに議論できるとよいと考えています。ある地域でうまくいった事例を「〇〇モデル」として提示しても、別の地域ではその地域と同じ役割の人や該当する職種がいないことがあり、その場合は行き詰まってしまうので、やはり地域ごとに、目指すべき方向性を共有しながら、役割分担や連携体制を最適化する議論をしていく必要があるのだと思います。ゴールの明示化は必要ですが、運用にあたっての基準は、地域や施設の状況に応じてある程度柔軟性を持たせておかないと、うまくいかないこともあります。そういった意味でも、これからの支持医療の普及に向けて、今回の学術集会をきっかけに、サポーティブケアに関わるさまざまなテーマにおいて、具体例やモデル事例を議論できることを楽しみにしています。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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