日本整形外科学会は2023年5月11日~14日、「究める-知・仁・術- Quest for Science, Spirit and Skills」をテーマにした学術総会をパシフィコ横浜で開催します(現地開催・一部オンデマンド配信ありのハイブリッド形式)。超高齢社会を迎えた日本では運動器の障害によって要介護・要支援となる方が多く、整形外科領域でも大きな課題となっています。会長を務める岡山大学学術研究院医歯薬学域 生体機能再生・再建学講座(整形外科学)教授の尾﨑敏文先生に、注目のトピックや総会開催に向けた思いを聞きました。
整形外科では、全身の運動器、つまり運動に関わる骨や筋肉、関節、神経などが診療の対象になります。整形外科領域で、今大きな関心事となっているのは「フレイル・ロコモ」の問題です。フレイルとは加齢により心身の機能が低下した状態、ロコモは運動器の障害により移動機能が低下した状態を指します。2022年4月に日本医学会連合は、「生活機能が低下し、健康寿命を損ねたり、介護が必要になる危険が高まる状態」をフレイル・ロコモと定義し、「80GO(ハチマルゴー)運動」を提案しました。国民一人ひとりが80歳になったときに歩いて外出しているという目標を持ち、生き生きと暮らせるように活動していこうという意味が込められています。要支援・要介護となる方の約4人に1人は運動器の障害が原因だと言われていることからも、多職種が連携して対策に取り組んでいくことがとても大切だと考えています。
また、がんによって運動器が障害され、移動機能が低下した状態となる「がんロコモ」も重要な課題です。具体的には▽がん自体による運動器の問題(がんの骨転移などによる骨折や麻痺)▽がんの治療による運動器の問題(治療のための長期安静による筋力低下や抗がん薬の副作用などによる神経症状)▽がんと併存する運動器疾患の進行(がん患者で運動器疾患の治療が行われず悪化するなど)――の主に3つのパターンがあります。2019年には年間約100万人が新たにがんと診断されており、一生のうちに2人に1人ががんと診断される時代になっています。がんに罹患しても「動ける」ことは、生活の質(QOL)を維持するだけでなく、がん治療の選択肢を広げ、がん自体にも影響を与えるという視点は非常に大切です。整形外科医はがん治療医と適切に連携しながら、がんロコモへの対策に取り組んでいきます。
整形外科の診療内容は多岐にわたりますが、大きな割合を占めるのは外傷や骨折の治療です。そのため、当講座ではこれらの教育システムの構築に力を入れ、しっかりと外傷の診療を行える医師を育成できるように取り組んでいます。
しかし、整形外科では全身の骨、軟骨、筋、靱帯、脊椎・脊髄、末梢神経などの病気と外傷が診療の対象となり、さらには新生児から乳幼児、小児、成人、そして高齢者まで全ての年齢の患者さんを診ることになります。そのため、それぞれの医師が得意とする領域を選択できることは、整形外科の大きな魅力だと思います。重篤かつ緊急性の高い疾患・外傷を専門としている医師もいれば、関節リウマチ、リハビリテーションなどで慢性的な疾患を専門とする医師もおり、働き方も多種多様です。
扱う疾患の特性上、快方に向かう患者さんと多く接する機会があることも整形外科の特徴であると思います。「痛みが取れてよかったです」「元のように歩けるようになって嬉しいです」「先生のおかげで復職(復学)できます」――患者さんからの喜びの声は、診療を続けていくうえで大きな励みになるのではないでしょうか。また、研究面での幅も広く、ゲノム医療や再生医療、バイオメカニクス、マテリアルサイエンスなどさまざまなアプローチがあり、未踏の研究分野・領域も多数あることも魅力の1つだと思います。
本学術総会のテーマは「究める-知・仁・術- Quest for Science, Spirit and Skills」としました。儒教で三徳とされる「智・仁・勇」にちなんでいます。近年、医療の分野でもAI(人工知能)の活用が進んでおり、その動きは今後さらに加速していくでしょう。そうした時代のなか、AIと共存しながら整形外科学を進歩させていくために、整形外科に携わるものが究め続けていなければならない力――それが「知・仁・術」です。
「知」は、物事に対する科学的な考え方や判断力、決定力を意味します。近い将来、医療に関わるデータをAIが自動収集してくれる時代が到来するでしょう。そうなったとき、医師はAIが収集した膨大なデータを解析・処理するための能力が必要となります。
「仁」は、医学に携わるものとしての誠実さや優しさです。患者と医師とのコミュニケーションや情報共有のツールとしてAIが積極的に活用されるようになっても、温かな気持ちで患者や家族に寄り添うことは人間にしかできません。「仁」を持つことは医療に携わるものにとって基本中の基本であり、これがなければ医療は成立しません。
「術」は、整形外科医としての手術手技です。AIによる手術補助や手術のプログラミング化が普及したとき、整形外科医にはAIにはできない手技を身につけたり、AIには思い付かないようなオリジナリティ溢れる手術を考案したりする力が求められると考えています。
学術総会のポスターには、16歳まで岡山県美作市で過ごした宮本武蔵の浮世絵を描きました。元祖「二刀流」である宮本武蔵のごとく、片手に「知」、もう片手に「術」、そして心に「仁」を持ってほしいというメッセージを込めています。今一度、整形外科医としての基本に立ち返り「知・仁・術」を究め続けることの重要性を学術総会の場で再認識したいと思います。
本学術総会では、4年ぶりに国際的なプログラムを多数用意しました。米国整形外科学会(AAOS)との合同シンポジウムでは、AAOSのメンバー数人にお越しいただき「外傷」をテーマにディスカッションする予定です。もちろんAAOS会長にもご講演をお願いしています。また、タイ王立整形外科学会(RCOST)からも約10人の先生にお越しいただくほか、総勢20か国からエキスパートの先生を招待しています。フレイル・ロコモやがんロコモをはじめ、AI、専門医制度、働き方改革、再生医療、ロボット支援手術……など整形外科領域における注目トピックを中心に70のシンポジウムを用意しました。こうした問題に対する現状や課題について再認識し、考えられる学術総会にしたいと思います。
今回は、「アスリートと医療をめぐる法律問題」、「The Art and Medicine in Setouchi」と題した特別企画、建築家の安藤忠雄氏による「人生100年 目的を持って生きる」と題した文化講演も予定しています。横浜市内の複数の屋外会場を使った親善スポーツ大会(野球・サッカー)も開催します。また、学会のコングレスバッグの生地には岡山県の国産デニムを使い、休憩コーナーには岡山県の特産品を置くなど、ささやかながら学術的な内容以外にも楽しめる企画を用意しています。
学術総会の会長を務めるにあたり、若手の頃から指導してくださった多くの先生方には心より感謝を申し上げます。学会員の皆さまにとって実り多き学術総会になるよう、教室・同門会一同、誠意準備を進めてまいります。
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