第35回日本神経免疫学会学術集会が9月13日〜15日の3日間、東京国際フォーラムで開催されます(一部ライブ配信あり)。本学会では重症筋無力症(MG)、多発性硬化症(MS)、視神経脊髄炎(NMO)、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)、ギラン・バレー症候群などの神経免疫疾患を扱っており、中には“難病”と呼ばれる病気も多く含まれています。従来は治療が難しかったこれらの病気も、近年新薬が続々と登場したことで症状をコントロールできる時代が到来しています。本学術集会の会長を務める横田隆徳先生(東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 脳神経病態学分野 教授)のほか、学術集会の運営に携わっている西田陽一郎先生(同大学 准教授)、横手裕明先生(同大学 臨床准教授/がん・感染症センター都立駒込病院 脳神経内科 医長)、天野永一朗先生(同大学 大学院生)に、神経免疫領域の進歩や学会の意義についてお話を伺いました。
横田先生:神経免疫疾患とは、自己免疫が主な病態機序(病気が出来上がっていく仕組み)となる神経・筋疾患のことです。たとえば重症筋無力症(MG)、多発性硬化症(MS)、視神経脊髄炎(NMO)、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)などです。これらの神経免疫疾患には国の指定難病も多く含まれており、治療が難しい時代が長年続いてきました。しかし、ここ約10年で立て続けに新薬が登場し、治療が劇的に変わりつつあります。その効果は患者さんによって異なるものの、薬が反応する患者さんには素晴らしい効果をもたらし、多くの方が症状をコントロールできる時代が到来しているのです。
ただ、いずれも対症療法であり、病気を根本から治せるようになったわけではありません。今後は病因に対する根本治療を実現していきたいというのが私自身の強い思いです。そのため、本学術集会では「先端技術による神経免疫疾患治療の新時代~病態から病因治療へ~」というテーマを掲げました。大会長講演では「神経免疫疾患に対するヘテロ核酸の開発」と題し、病因治療に向けた私自身の取り組みをお話しさせていただく予定です*。
*「核酸医薬」は細胞内のあらゆるRNAを標的とし、発現抑制、編集、タンパクとの結合制御など幅広い応用が期待される医薬品。「ヘテロ核酸医薬」はDNAとRNAによる2本鎖からなる核酸医薬。従来の1本鎖DNAや2本鎖RNAとは異なる作用機序で、リガンドを結合することであらゆる臓器や細胞への導入が可能となり、従来の核酸医薬の20~300倍の有効性が期待できる。
また、病気そのものを治したいという思いから、東京医科歯科大学では2022年に「核酸・ペプチド創薬治療研究センター(TIDEセンター)」を立ち上げました。神経免疫疾患を含む希少・難病疾患に個別化医療を提供するための創薬研究、そのほかアルツハイマー病やがん、感染症などに対する創薬研究にも取り組んでいます。
西田先生:横田先生がお話しされたとおり、症状を劇的に改善させられるような神経免疫疾患の治療薬がここ10年間で数多く登場しました。対症療法とはいえ、多くの患者さんに素晴らしい恩恵をもたらしているのは確かです。
横手先生:今後病気を根本的に治すためには、「原因不明」とされている病気のメカニズムを解明していく必要があるでしょう。近年の研究成果により、明らかとなってきたこともたくさんありますが、それでもまだ真のメカニズムが分かっていない病気も数多くあります。今後さらに解明が進んでいけば病因治療が実現できると考えています。
横田先生:私が神経内科医になって最初の頃は、神経免疫疾患に対して理論に基づいた治療法がほとんどありませんでした。数種類ある治療法からいくつか組み合わせて治療するのですが、効果が出るかどうかは正直やってみないと分からないという時代だったのです。
しかし近年登場した新薬は、標的に対してどのように作用するのかが非常に明確になっています。薬のメカニズムがこれだけはっきりしているのですから、臨床医としてはそれを深く理解したうえで、効果をより発揮できるような使用法の確立に貢献したいと思っています。たとえば、患者さんに応じた薬の使い分けや組み合わせ、使用順序、さらにはサイドエフェクト(副作用)の対応などについてどのようにするとよいのか、臨床データを出していくことが大切だと考えています。
本学術集会の開催期間を例年の2日間から3日間に増やした理由は、使える薬の数が増えたからです。神経免疫疾患に関わる全ての医師に薬に関する理解を深めてほしいと願っています。
西田先生:私が医師になった20〜30年前、多発性硬化症や重症筋無力症では大量のステロイド薬を投与するのが主な治療法でした。もちろんステロイド薬が奏効する場合もある一方で、副作用が大きな問題点としてありました。今はターゲットにピンポイントで作用する素晴らしい薬剤が多数登場していますが、医師がそれを使いこなせなければ患者さんのためにはなりません。私自身、そうしたスキルを磨いていきたいですし、指導者の立場として若い先生たちにも薬をしっかりと使える医師になってほしいなと思っています。
横手先生:神経免疫疾患は、診断すらつかない時代がありました。それから診断はできても治療法がない時代、次に治療が登場したもののあまり効かない時代を経て、今に至ります。ようやく効果の期待できる治療薬が複数出てきて、それを医師がいかに駆使するかというフェーズです。腫瘍内科医が複数の抗がん薬を組み合わせて治療をするように、脳神経内科医にもそうしたスキルが要求されることでしょう。使い方を覚えるだけでなく、薬のメカニズムを深く理解することが今の時代の医師には求められています。私もそうした知識を今後より身につけていきたいし、後進にも指導していきたいですね。
天野先生:私はまだ医師になって10年ほどですが、この期間における神経免疫治療の変化は目を見張るものだったと思います。新薬の登場だけでなく、これまでは神経免疫疾患なのかよく分かっていなかった病気に実は免疫が密接に関与していることが分かってきたのも、この10年の大きな進歩だったのではないでしょうか。たとえば、一見すると精神疾患だと思われていたものや、アルツハイマー病やパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった神経変性疾患とされてきたものに、実は大きく免疫が関わっている可能性があることが分かってきています。神経免疫疾患の研究が進めば、神経変性疾患に対しても新しいアプローチがどんどん出てくるのではないかということを日々感じています。
横田先生:冒頭でもお伝えしましたが、神経免疫疾患の治療は飛躍的な進歩を遂げています。症状をコントロールできる新たな薬剤が次々と登場していることを、患者さんやご家族をはじめ、国民の皆さんに知っていただきたいですね。
西田先生:20年前には治療が難しかった病気でも、今はよりよい治療ができるようになりました。最終目標は病気の根本治療ではありますが、現段階でも治療でよくなる時代になってきています。ですから、もし何らかの神経免疫疾患と診断されたとしても、決して絶望することなく希望を持って生きてほしいなと思います。
横手先生:1つ残念なのは、これだけよい治療が存在するにもかかわらず、治療に辿り着けない患者さんがいまだ数多くいらっしゃることです。中には病気を発症したショックで心を閉ざしてしまい、適切な情報が得られていない方もいます。今は治療でよくなることを、どうか多くの患者さんに知ってもらうことを願います。
天野先生:学術集会で発信された情報を日本全国に広めていくのは私たち医師の仕事です。患者さんによりよい治療が提供できるよう、学術集会で新たな学びを得たいと思っています。患者さんには希望を持ってほしいとお伝えしたいです。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。