国産初の手術支援ロボットシステム「hinotori」は2020年に製造販売承認を受け、国内の医療機関でも導入実績が積み上がりつつあります。しかし、これは数少ない成功事例で、日本では治療用医療機器の多くを外国からの輸入に頼っているのが現実です。これからやってくる“ロボット医療”の時代に向けて、神戸大学は医療創成工学の大学院を2023年に設置し、医療機器開発に携わる人材の育成を始めました。hinotori開発にも携わり、2021年に学長に就任した藤澤正人先生(前医学研究科長・医学部長)に、日本ではなぜ治療用医療機器が作られないのか、それに対して神戸大学が目指すことなどについて聞きました。
医療機器の貿易収支を見ると日本は大幅な輸入超過、大赤字です。手術室の無影灯や手術台をはじめ主要な医療機器の多くは外国製品の輸入頼み。内視鏡など検査機器の一部では頑張っている国内メーカーもありますが、医療機器全体の市場規模から比べると微々たるものです。
医療機器の中でも、ロボットの市場規模は2030年には2022年比約3.6倍の約11兆円(764億ドル)になるとみられています。多くの海外のメーカーがこの市場に乗り込もうと狙っているのですが、日本の企業は動きが鈍い。検査機器は作れても、治療用機器になると開発コストやリスクといったハードルが一気に高くなることも関係しているでしょう。たとえばロボットを作ったものの、治療中に生命にかかわるような危険なトラブルが万が一でも起こったら、企業そのものやその企業の製品の信用にかかわります。企業にとっては、医療とは関係のないロボットの信頼性にも響くかもしれません。さらに、開発やPMDA(医薬品医療機器総合機構)の審査を通すために多大な手間と多額のコストがかかります。そうしたリスクが伴うため、日本のメーカーの多くは治療機器開発に手を出しにくかったのでしょう。
泌尿器科領域においては、あと5年から10年で泌尿器科から腹腔鏡下手術はなくなり、ロボットが取って代わるでしょう。泌尿器科の領域では、主要な手術のほとんどでロボット手術が保険適用になっています。開腹手術が残っているのは進行がんの手術ぐらいです。ロボット手術は、低侵襲で根治性が高く、輸血も必要なく、術後回復も早くなります。
泌尿器科以外の分野にもロボットはどんどん利用が拡大しています。人間の手では入り込みにくい狭い部分に入り込んで切開、切除、剥離、縫合などをするといったように、人間の機能を拡張する技術がどんどん開発され、それを使うことによって今後ますます精緻な手術ができるようになるでしょう。
また、従来の腹腔鏡手術に代わるロボットだけでなく、たとえば整形外科の関節置換術、眼科領域などの顕微鏡手術、気管支鏡や尿管鏡の操作を支援するロボットなども開発されています。重度前立腺肥大症患者さんの前立腺を画像に合わせて自動的に水圧で切除するというロボットも、8月に神戸大学医学部国際がん医療研究センターに入る予定です。
そのなかでメディカロイド社(本社:神戸市中央区)の手術支援ロボットシステム「hinotori」を開発することができたのは“起死回生の一打”でした。hinotoriは神戸大学が臨床ノウハウを提供し、川崎重工が主に技術提供して2020年に製造販売承認に至りました。これを1つ目の大きな起爆剤として、新たな医療機器が芽吹き育つよう、産官学連携の拠点を神戸市中央区の「神戸大学医学部附属病院 国際がん医療研究センター(ICCRC)」を中心に整備しました。ICCRCは単なる病院ではなく、新たな医療機器や治療法を開発するためのリサーチホスピタルです。
神戸市と神戸大学が連携して、内閣府の「地方大学・地域産業創成交付金」の支援を受けて医療機器分野でイノベーションを起こそうという「神戸未来医療構想」を進めています。
その関連で、神戸大学では5G通信を使った遠隔医療、AIを使った手術の自動化の研究も進めています。ロボットを使うと、手術中のアームの動きを全て記録することができ、何時間の手術でもその動きを再現することができます。もちろん、ヒトの体の中はそれぞれ違い、それだけで同じ手術ができるわけではありませんから、内視鏡画像の解析と組み合わせてやる必要があります。こうしたデータによって熟練者の手技を見える化し、手術トレーニングに活用することもできます。また5G通信の可能性としては、遠隔操作による手術指導や教育が期待できます。通信技術が進化し、6G、7Gの時代になれば宇宙ステーションの住人を遠隔で手術できるようになるかもしれません。そうした可能性を今から考え、社会実装に向けて研究していくことが大切です。
これらは医療機器開発という大きな目標に向かうなかでの個別要素です。hinotoriというロボットはできましたが、医療機器を開発するために必要なのは「人材」です。
臨床の現場では、「こんな機械があったらよい」という思いを皆が持っています。しかし、医師にはそこから先に進めるすべも、じっくり考えている時間もありません。現場にはアイデアはたくさんあるのですが、それを生かせていないのです。そうしたアイデアを社会実装につなげる会社と、産官学連携を密にできる体制を作るのが神戸大学の1つの目的です。
そのなかで、もっとも大切なのは医学と工学、企業と行政、大学を結び付け現場のニーズを製品という形に持っていくためのコーディネーターです。それができる医工学人材を育成しようということで、最初は社会人教育をやっていました。しかし、もっと踏み込んで、医学研究科の中に医療創成工学の大学院を2023年に作り、医学部と工学部の先生がタッグを組んで本格的な育成を始めたところです。実践的に医療現場で学ばせて医療機器開発をする人材を育成する大学院を設置したのは、神戸大学以外にはないと思います。
ものづくりをコーディネートする人材に医療の現場、実際の手術の現場を見て学んでもらい、我々のアイデアを伝えて企業との間をつないでもらう。学問にとどまるのではなく社会実装を目指し、医療現場のアイデアを自分の手で形にし、マーケットを見てビジネスとして成立するかといったことまで考えられる人材の育成を行っています。ですから、医療創成工学専攻には経営学の先生も入っています。
ある意味、大学の中に研究開発型企業を作っているようなものです。ICCRCはリサーチホスピタルであり、企業が中に入り込み、自分たちのアイデアの社会実装を一緒に目指すという、インキュベーションセンターでもあるのです。たとえば、病院のベッドごと病室を企業に貸すといったことも考えています。医療現場の人間が医療機器開発の現場に加わり、工学的には“技術の粋を詰め込んだ世界最高のクオリティー”のものに対し、「これでは、医療の現場でまったく使い物になりませんよ」と意見しながら、本当に役に立つのはどういうものかを見出さなければいけません。
医療現場は、実はアイデアの宝庫です。今後の新たなマーケットとしては、介護の現場が考えられます。人間の負担を肩代わりしたり減らしたりするロボットは今も少しはありますが、今後ますます求められるでしょう。現場の介護士さん、看護師さん、リハビリテーションを担当する理学療法士さんなどが医療創成工学の大学院に来てくれれば、今よりももっとよい介護ロボットができるようになるはずです。日本人のきめ細やかさがあれば、よいロボットがたくさんできます。もっと、そこに開発資金を投入すべきです。
神戸大学は国立大学法人であり、国からの交付金だけに頼るのではなく、産官学連携によって自ら外部資金を獲得して共同研究をしたり、研究者を増やしたりするなど、自由に使える資金を自ら作っていかないと発展していけません。大学の知を生かして産官学連携を推進するとともに、人材を育成し、社会実装をするなかで成果が社会に還元され、それによって資金を獲得し、大学の新たな先端的研究教育環境を創る地位を作る――というエコシステムを確立していかなければ、大学を運営していけない時代です。
今は学長を務めていますが、もとは医師です。医師になったからには、診療で自分より上手な人間はいないと言えるほど腕を磨く、誰よりも臨床研究に打ち込むなど、医師だからこそできるものを見つけて、夢を持って進んできました。医療機器の開発も、医師としての夢の1つとして魅力があるものです。そして、夢がある限りは「情熱と執念」を持って自らが動き、最後まで突き進まなければ、何事も実現できません。自分はそう努力してきたし、若い人にも情熱と執念を持って、やり出したら最後までやり遂げる強い意思を持ち続けることが大切だと言い続けています。
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