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「いのちの躍動」支える心臓血管外科―「10年先行く阪大」を先導した澤芳樹先生の思い

公開日

2021年05月13日

更新日

2021年05月13日

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2021年05月13日

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日本で6番目の帝国大学として創設された大阪大学(以下、阪大)。同学の心臓血管外科は年間1000例以上の外科手術を行い、後進の教育、さらには再生医療等の研究にも力を注ぐ教室です。その心臓血管外科を先導し臨床・研究・教育に尽力され、その発展を支えてきた澤芳樹先生(大阪大学大学院医学系研究科 寄附講座教授、一般社団法人大阪心臓血管外科の会 代表理事)に、2021年に退官された今の思いや教室作りにかけてきた信念を伺いました。

Q 医師としてのポリシーを教えてください

絶対に手を抜かない、そして誰のいのちも取り残さない――これが医師として大事にしていたポリシーです。私たちの仕事は、患者さんの命を預かる仕事です。能力が足りないことはあったとしても、手を抜くことは絶対にしません。難しい道と易しい道があれば、難しいほうを選んできました。そうすると当然ながら壁にぶつかることは多いのですが、そのたびに考え抜き乗り越えていくと、知識や経験は少しずつ磨かれていくのです。

もし自分が患者でも、家族の治療を任せることになっても、私は阪大の心臓血管外科を選びます。当然のことかもしれませんが、そう思えることが自分たちの仕事に対する自負であり、手を抜いていないことの証と考えます。

Q 大切にしている言葉は?

阪大第一外科の礎を築いた小澤凱夫(おざわ よしお)教授は、「凡人は努力すべし」という言葉を残しました。これは、私がずっと意識してきた言葉です。

研修医の頃から周りには優秀な先輩や同僚がたくさんいて、自分もその先生たちにどうにか追いつこうと必死でした。「早く一人前になって人の役に立ちたい」――そんな焦燥感を常に抱いていた気がします。その焦りにも似た思いが、簡単な道よりも難しい道を選ぶという行動につながっていったのかもしれません。

Q なぜ再生医療の研究を始めたのか

私は少し変わり者のところがあって、人がやらないことをやりたいと思ってしまうのです。大勢の人が選ぶ道で勝負するより、未踏の分野で自らの道を切り開くほうが面白そうだという予感もありました。医師になってすぐの頃、ほとんどの先生は成人の心臓手術を選ぶのに、私は小児の心臓血管外科に進んだのも、人と違う道を行こうという気持ちが強かったからでしょう。

それから、小児の心臓手術で問題だった「手術中の心臓の止め方」に着目し、心筋保護の研究を進めていきました。1980年代の当時は赤ちゃんに生まれつき心臓の病気があるとなかなか助からない過酷な時代であり、心筋保護の研究・開発はそのニーズの高さから世界でも注目されました。

このような流れのなかで、再生医療の研究にも注力するようになったのです。“先見の明”があるというより、自己再生能力の乏しい心臓、その機能を改善させることのできる再生医療はサイエンスの視点で納得感が高く、()に落ちるところがあったのです。「今後、再生医療は必ず必要になる」――そんな確信がありました。

Q 大阪大学のブランディングはどう確立されたか

現在、大動脈弁狭窄症(だいどうみゃくべんきょうさくしょう)に対する治療の選択肢の1つとして確立されている「TAVI(患者さんの身体的負担の少ないカテーテル治療)」。そんなTAVIの国内1例目は阪大で実施されました。胸を開いて行う手術が主流だった時代にTAVIの存在を知り、その将来性を強く感じたことが、TAVIをいち早く実施する原動力になりました。

そのほかにも僧帽弁閉鎖不全症に対するカテーテル治療、人工心肺を用いない僧帽弁形成術など、技術を活用した新たな治療を精力的に取り入れてきたことで、結果として「先進的な取り組みを行う阪大」「10年先行く阪大」というブランディングが生まれたと認識しています。

PIXTA 建物

写真:PIXTA

Q 教室作りで心がけてきたこと

人は財産であり、大計を成し遂げるには人材育成が重要であるという「一樹百穫(いちじゅひゃっかく)」の考え方を大事にしています。この考えに基づき、心臓血管外科では教育における「60%ルール」を徹底してきました。60%ルールは人材育成を促すことを目的として、たとえば全部で100件の手術があるとき、先輩は40件担当して残りの60件は先輩が指導しながら安全に配慮して後輩が手術する、というものです。

一人前になった外科医なら、全て自分で執刀してしまったほうが断然手がかからず、楽です。というのも、合併症があった場合、あらゆる合併症の知識を総動員して素早く軌道修正しなければいけないからです。これは非常に神経を使う仕事です。

このような理由から一般的に後進の医師は手術をなかなか任せてもらえず、外科医の教育は難しいという課題がありました。それでは外科医は育たず、組織の力は強くなりません。そこで当教室では60%ルールを取り入れ、徹底してきました。

その成果で若い人もどんどん活躍し教室の規模は大きくなり、術者のレベルも常に向上し続けています。治療成績にもよい影響がもたらされ、手術件数は右肩上がりで増加、術後30日の生存率は99%以上(2019年データ)いう非常に良好な結果を出すことができました。

さらに、副効果として「手術をたくさん任せてもらえる」教育環境が評判となり、全国から入局希望者が集まるように。一人ひとりのレベルが上がり、組織としても強くなるという好循環が生まれたのです。現在、50人以上の医局員が心臓血管外科に在籍し(2021年5月時点)、切磋琢磨(せっさたくま)しながら日々の診療にあたっています。

澤芳樹先生

Q 人と接するうえで大切にしていることは?

距離感をうまく保ちながら、相手の価値観を尊重することを大事にしてきました。この信念は、患者さんに対しても、共に働く医療従事者に対しても変わりません。

医療現場にはさまざまな職種の方がいます。仕事を円滑に進め、よい医療を行うためには、その方たちと互いに尊重し合い、協力することが必須です。もし医師が自分の考えや価値観を周りに押し付けようとしたら、絶対にうまくいかないでしょう。「何を大切にしているのか」「自分のことをどう思っているのか」を考慮し寄り添うことが重要だと認識しています。

 

Q 今の思いと今後の展望をお聞かせください

阪大は日本で6番目に創設された帝国大学です。帝国大学でありながら、府民の民意と財源により誕生しました。原点には「人のため、世のため、道のため」という緒方洪庵先生の精神があります。このような礎の上に成り立つ阪大、その一員として我々は常に「世の中にどう貢献するか」を問い、その答えを見出し続けなければなりません。

フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは、生命の進化を進める根源的な力「いのちの躍動(elan vital:エラン・ヴィタール)」というコンセプトを提唱しました。世界は絶え間なく新たなものを生み出し変化し続け、そこにはいのちの躍動があり、予見不可能な創造性と不確定性があり、自由があるのです。

いのちを守る心臓血管外科という分野で40年仕事をしてきて、さらにCOVID-19による混乱のやまない現実に直面し、今、この言葉の重みを感じています。「いのちの躍動」は、これからの社会に絶対に必要なものの1つではないでしょうか。

医療人の育成や医療の進歩に尽力してきたこれまでの経験を糧に、これから誕生する世代が生き生きと過ごせる未来社会を作るべく今後はさらに日本全体、ひいては世界の発展や学術知の形成と実践に貢献していきたい。そのために絶えず新たな価値を創造していこう――そう固く決意しています。

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