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新薬登場で変わる治療―糖尿病学会学術集会、西尾善彦会長に聞くテーマに込めた思い

公開日

2023年05月10日

更新日

2023年05月10日

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2023年05月10日

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「糖尿病学維新 ―つなぐ医療 拓く未来―」をテーマに第66回日本糖尿病学会年次学術集会が5月11~13日、鹿児島市で開催されます(一部ライブ配信、オンデマンド配信あり)。「維新」というテーマにふさわしく、今年は新薬の登場で糖尿病治療が大きく変わることが期待されており、学術集会でもそうした話題で活況を呈することが見込まれます。会長を務める鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 糖尿病・内分泌内科学教授、西尾善彦先生に、テーマに込めた意味、糖尿病治療がどう変わろうとしているのか、糖尿病治療を取り巻く課題などについて聞きました。

「維新」が意味するもの

今学術集会のテーマは「糖尿病学維新 ―つなぐ医療 拓く未来―」としました。糖尿病の治療方法がこの数年来、革新的に変化しています。特に昨年(2022年)、今年と画期的な新薬が登場し、糖尿病学が大きく変わろうとしている、ということを意識しています。明治維新において重要な役割を果たした旧薩摩藩の鹿児島で、画期的な新薬による糖尿病治療の未来が広がる学会が開かれるという思いを「維新」という言葉に込めました。

一方で、糖尿病はかなり特殊な病気で、どんな画期的な薬があっても、今のところは患者さんの意識が変わらない限りよくなりません。がんならば外科医がしっかり手術をすれば治ることが期待できます。感染症ならば、画期的な抗菌薬ができればその薬だけで治療が可能です。しかし、糖尿病は薬に加え、患者さんと医療者が協力し合い、患者さんの意識や行動を変えなければよくなりません。そのためには、医師だけでなく管理栄養士、看護師、理学療法士、薬剤師などを含めたチーム医療で取り組むことが重要です。そうしたノウハウがこれまで蓄積され、その上に前述の新しい薬が花開くということになります。今までのチーム医療の成果は、これからもつないでいかなければ糖尿病学は進歩しないのだろうと思います。それが「つなぐ医療」の意味するところです。

糖尿病治療に進歩もたらす新薬

今年から出てくる新薬の1つは体重減少が期待できる薬です。従来の糖尿病治療は血糖のコントロールを目標としていました。ただ、血糖値が改善すると、今度は糖尿病を悪化させる原因となる肥満が亢進するという、トレードオフのような現象が生じていました。血糖値がよくなるとエネルギーの損失が減少するので太ってしまう――それは当然といった考え方がありました。新薬により、やせながら糖尿病をよくする治療が登場します。これは非常に大きな治療の進歩と考えます。

それとは別系統の、インクレチン関連薬も2023年4月に発売になりました。インスリンを出しやすくするGIP/GLP-1という2つのホルモン受容体に作用する注射薬で、臨床試験では画期的な結果が出ています。また、体重減少効果も確認されています。

ほかにも1型糖尿病患者さんに対するインスリン治療や血糖測定デバイスなどの進歩も著しく、そうしたことを含めて、ここ数年が糖尿病治療のパラダイムシフトになる、まさに“糖尿病維新”といえるのが今の状況なのです。

「糖尿病のスティグマ」テーマに市民公開講座、9月開催

学術集会に合わせて一般の方向けの市民公開講座を開く学会もありますが、日本糖尿病学会は必ずしも同時開催はしていません。ただ、啓発は非常に重要ですから、われわれも9月に、鹿児島市内で市民公開講座の開催を予定しています。

今年は「糖尿病のスティグマ」を一般の方に知っていただくことがテーマです。スティグマとは、いわれのない差別や偏見の対象とされることです。医療関係者の中でスティグマ解消の重要性は浸透しているのですが、一般の方々にはまだほとんど知られていません。

糖尿病という病気は知っていても、「運動不足や食べ過ぎが積み重なってかかる」といったような誤解がまかり通っています。しかし、糖尿病は誰でもかかり得る病気で、個人の努力や生活習慣だけで回避できるような単純な病気ではないのです。誤解を解き、“糖尿病の真実”を市民の方々に知っていただけるような公開講座を開きます。

1型糖尿病患者さん、成人後も助成必要

糖尿病は有病者と予備軍を合わせると約2000万人にもなる、「国民病」ともいわれる病気で、多くの人が現在、もしくは将来、糖尿病の治療を受ける可能性があります。患者数が多いこともあり、さまざまな診療上の課題があります。そのうち、患者さん側からの課題を1つ紹介します。それは、1型糖尿病患者さんの移行期医療費の問題です。

1型糖尿病は、主に自己免疫によってインスリンを分泌する膵臓のβ細胞が破壊されてしまう病気です。ほとんどが成人期に発症する2型とは異なり、多くの1型患者さんは小児期に発症しますが、中には20歳代で発症する方もいます。小児の間は「小児慢性特定疾病対策(小慢)」により医療費の助成を受けられます。ところが、20歳を超えた途端に助成がなくなり、保険診療だけになってしまいます。1型糖尿病は高度な治療が必要で非常にお金がかかるので、20歳を超えると突然多額の医療費負担がのしかかってしまいます。

小慢の対象疾患の中でも、一部の希少疾患など成人後も指定難病として助成が受けられるものもありますが、1型糖尿病は患者数が多いこともあり、難病指定が受けられません。

まだ社会に出るか出ないかの年齢で、いきなり高額の医療費負担がのしかかるのは酷なことです。せめて経済的基盤が固まる30歳代半ばぐらいまでは何らかの助成をしないと、患者さんはしっかりと治療を受けていけないことを、われわれは憂いています。学会はこうした患者さんの側に立った活動をすることも必要と考えます。

AIには代われない糖尿病治療

私は医学生の頃、患者さんの訴えから鑑別診断する診断学が、医学の勉強の中では非常に面白いと思いました。ところが、実際に医師になってみると診断よりも治療をどれだけできるかや、患者さんが回復して「ありがとう」と言われることに非常にやりがいを感じるようになりました。

最初に興味を持った内分泌の分野は、診断はしても治療は外科に任せることが多かったのです。しかし、糖尿病や代謝の病気の分野は内科医が自ら治療をします。特に糖尿病はチームでさまざまな面から患者さんにアプローチし、話し合いながら治療を進めます。病気だけでなく「人間を治療する」というアプローチが非常に面白いと思ったのが、この道に進んだ理由です。

基礎的な分野でも研究の分野でも、糖尿病学は非常に幅広いのも特徴です。私は若い頃サイエンス面に非常に興味があり、血管の合併症を研究していました。経験を重ねるにつれ、糖尿病の患者さんという人間そのものに興味を持つようになってきました。食事や運動など、糖尿病の治療に必要なことは、患者さんにやる気になってもらう必要があります。患者さんをどう動かすか、われわれの臨床力がそこで問われるというところが、この分野の面白さです。

医療の一部の分野ではAIが医師を上回るとの予測もありますが、こと糖尿病の患者さんの意識・行動変容に関しては、AIが取って代わるのは不可能だと思っています。若い医師にも、糖尿病治療はAIでは無理な分野なので面白い、と常々言っています。

それに加えて、糖尿病には未解明のこともたくさん残されているので、サイエンスの研究を掘り下げることも重要ですし、人を対象にするという意味で臨床的にも興味深い分野です。若い医師にもぜひ目指してもらいたいと思っています。

医療関係者は学会で最新情報入手を

今回、市民公開講座の同時開催はありませんが、9月に開催する際には多くの方に参加していただければと願っています。

医療関係の方々は、最初にお話ししたように、急激な変革が起こっている「糖尿病維新」時代です。薬物に加え、運動や食事についての考え方も旧来とはかなり変わってきていますので、ぜひ学会に参加して最新情報を勉強していただきたいと思っています。あまり大きな学会が開かれたことがないので鹿児島に行ったことがないという方も多いかと思います。勉強だけでなく、鹿児島のよいところも見ていただきたいと期待しています。
 

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