日本癌学会(にほんがんがっかい)は2021年9月30日~10月2日、横浜市のパシフィコ横浜を会場に第80回学術総会を開催します(オンライン併用ハイブリッド開催)。「80年を超え、がん撲滅の願いを未来へ」をテーマに、がん研究の“レジェンド”やiPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所長の特別講演などを通じて歴史を振り返り、将来を展望します。がん研究と新型コロナワクチンの知られざる関係など、がんについての最新の話題を分かりやすく解説する市民公開講座も予定されています。さらに、若い時からがん研究に関心を持ってもらうため大学の学部学生、高校生は無料で参加可能に。見どころや総会にかける思いなどについて、学術会長の佐谷秀行先生(慶應義塾大学医学部先端医科学研究所教授)に伺いました。
少子化の影響もあり、がん研究に入ってくる若手の絶対数が減少しています。そこで、今回の学会では若手が参加しやすくなるような工夫をするとともに、その後の世代の「がん」というキーワードに興味を持ってくれる方々にも参加していただけるよう、大学の学部学生や高校生は登録料を無料にしました。がん研究の次の50年を支えてくれる人たちを、ここから育てたいと考えています。
高校生や大学生も参加しやすいプログラムを土曜日に多く配置しています。学生の方のほとんどは「学会」を見たことがないでしょう。せっかく参加したのにあまり分からなかった、となっては申し訳が立ちません。そこで、初学者や学生さんのためのガイドブックを作成しています。
一般の方向けには「先端技術と社会背景によって変わるがん治療」と題して市民公開講座(10月2日、パシフィコ横浜/Webライブ配信)も予定しています。4人の講演、パネルディスカッションに加えミニコンサートもあります。
講演で注目していただきたい演題の1つが「メッセンジャーRNAワクチン~新型コロナウイルスからがん治療へ」です。
新型コロナウイルス感染症の収束に向けた切り札と考えられているワクチンのうち、国内で主に使われているmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンは、実はがん研究から生まれたものです。ファイザー/ビオンテック、モデルナとも、がんのワクチンを目指して長い間開発を行ってきました。その技術を今回、使用したということです。これをきっかけに、がんに対するRNAワクチン開発が本格化してくると考えています。講演では、そうした話を分かりやすく説明してもらえると期待しています。
Webでの聴講もできますので、日本中の皆さんにぜひご覧いただきたいと思っています。
今回は80回という記念の学会になります。がんの研究は、誰かがある発見をし、それに関して多くの研究者が検証を繰り返す、そして新たな発見がそれに加わる……というように「大きな瓶に1滴ずつ水をためていく」作業の積み重ねで今があるのです。日本ではその“1滴ずつ”の作業が80年にわたって連綿と続けられ、これまでがん研究に携わってきた多くの先生方の努力の結果が、いま大きな成果を生んでいるのだと思います。
そうした研究のおかげで治療成績が向上し、今は約60%の患者さんが、がんになっても5~10年生きることができるようになっています。ただ、裏を返せば約40%のがんは治療が完全にできず、再発したり命を落としたりする患者さんがいらっしゃいます。それをどうするかが、次の課題になります。
80年というがん研究の歴史、先人たちのやってきたことをきちんとレビューするのが、今回の学会の大きなテーマです。
学会のポスターに「Standing on the shoulders of Giants(巨人の肩に立つ)」というアイザック・ニュートンの言葉が書かれています。「巨人」はすなわち先人。その肩の上に若い人たちが立って新たな未来を見ていく、新たな1滴を瓶に加えるというイメージを表現しました。
歴史のレビューという大きなテーマに加えて、今回は、
の2つにも力を入れています。
若手の参加に関しては、先ほどお話ししたとおりがん研究に入ってくる若い人が減っています。若手の学会参加を促すとともに研究を支援するためにポスター発表に賞を設けるなどしました。賞金に充てるための資金をクラウドファンディングで募ったところ、500人以上の方から目標の300万円を大きく上回る約730万円が寄せられました。がん研究に期待し、若い研究者の苦労に報いたいと思われる方が多くいてくれるのだと、ありがたく思います。
異分野との協働は、これからのがん克服研究に欠かせないものです。革新的な診断や治療法の開発には、医学者だけでなく、分子生物学、遺伝子工学、AIや画像技術に関する電子工学など新しい知識、新しい技術が必須です。
歴史レビューと併せて3つのテーマに沿ってプログラムを組んでいます。これまでのがんの研究がどう行われてきたかを顧み、がんの新たな研究・治療がどのように発展していくかを立体的に知っていただきたいと思っています。専門家にとってはより先端的な知識や技術を身につけられ、初学者や異分野の方にはがんというものを明快に理解したいただける学会にすべく、準備を進めています。
そのようなテーマに基づきさまざまなプログラムを用意しています。中でも特に注目のセッションをいくつかご紹介します。
iPS細胞の研究でノーベル医学生理学賞を2012年に受賞した山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所長の特別講演▽がん研究の“レジェンド”といわれるロバート・ワインバーグ、ダグラス・ハナハン両先生によるビデオ講演▽がん研究の入門コース▽日本癌学会と米国癌学会のジョイントシンポジウム――これらはぜひ、多くの方にご参加いただきたいものです。
このうち山中先生の講演は、先ほど述べた異分野との協働の中でも大変重要な「再生医療をがん研究にどう取り入れていくか」に関わります。
再生医療のがんへの応用には、現段階で2つのことが考えられます。1つはがん細胞という非常に多面的な能力を持った細胞を理解するために、同じように多能性を持ったiPS細胞の知識は極めて重要ということです。もう1つは、がんの一因に免疫細胞の老化があることに関わります。iPS細胞は老化した細胞を初期化する=若返らせることができるところにポイントがあります。たとえば、免疫細胞をiPS化することによって、衰えた免疫機能を“新品”に転換しようということがすでに行われています。
最初にiPS細胞が作られた時には誰も考えなかったようなアイデアが、今はどんどん出てきているということを、山中先生の講演を通じてがん研究者にも知ってもらいたいと思っています。
ワインバーグ、ハナハン両先生による「Hallmarks of Cancer」は、がんの研究者であれば知らない人はほとんどいないという有名な教科書です。僕らの年代の研究者は、皆この教科書で勉強をしました。その2人がいま、がんに対してどのような考えを持っているかを語っていただきます。今回のテーマの1つである歴史の振り返りとがん研究の将来展望について、非常にインパクトのあるプログラムだと考えています。
これまでのがんの研究がどう行われて来たかを顧みることで、新たながん研究や治療がどうなっていくか、立体的に知っていただける学会にしたいと思っています。専門家にとってはより先端的な知識や技術を身につけられる、初学者や異分野の方には、がんというものを明快に理解していただけることを期待しています。そして、この学会に参加したことをきっかけにがんの研究者になり、将来次の若手を育てることになる若い方が何人か出てくれることを望んでいます。
プログラムの詳細や参加登録は学術総会のウェブサイトをご参照ください。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。