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「寝酒」は意図せぬ目覚めと覚醒の原因に―良質な眠りのために必要な条件とは

公開日

2024年10月03日

更新日

2024年10月03日

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2024年10月03日

掲載しました。
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内村直尚・日本睡眠学会理事長に聞く睡眠と健康の関係【後編】

健康に生きるための「健康日本21(21世紀における国民健康づくり運動)」*が約10年ぶりに改訂され2024年度から「第三次」がスタート。それに伴い「健康づくりのための睡眠ガイド」も10年ぶりに改訂された。日本睡眠学会の内村直尚理事長(久留米大学学長)に、同ガイドの注目点などを聞いた。

【前編】はこちら

*健康日本21:健康増進法の規定に基づき策定される基本的な方針。2023年度で終了した「健康日本21(第2次)」を受け、2024年度から「第3次」が開始された。

睡眠の質と量の目標達成に必要なポイント

これまでは休養感、つまり「ぐっすり眠れたか」という睡眠の質のみを問題にしていたのですが、今回のガイドでは時間も加えて質と量の2つの目標を設定し、高齢者、成人、子どもとライフステージに応じた推奨時間も示しています。

睡眠の質と量、2つの目標を達成するためには主に

  • 睡眠環境
  • 生活習慣
  • 嗜好品

――の3つに気を付けることが大切です。

睡眠環境

主に「光」「温度」「音」に関し、推奨環境が眠りの質を高めることについてさまざまなエビデンスがあります。

生体リズムに重要な役割を果たす脳内物質「メラトニン」は、日中は少なく夜になると増え、寝付きを早くし眠りを深くします。夜にスマートフォンやパソコンなどからブルーライトを浴びたり、ゲームをしたりするとメラトニンの分泌が抑制され、交感神経が刺激されて覚醒レベルが上がってしまいます。入床2時間前からはできるだけスマートフォンやゲームを控え、使う場合はブルーライトカットの眼鏡の使用やスクリーンを夜間モードに設定するなど対策を取りましょう。

温度は、季節で変わりますが16~27℃を目安に、本人にとって心地よい室温で眠りましょう。

音についての推奨環境は40db(デシベル)未満とされています。これは、図書館の中と同じレベルです。都会で道路に面しているなどすると、このレベルは難しいかもしれません。

生活習慣

朝食をきちんと取って体内時計をリセットすることと、日中に体を動かすこと、夕食後2~3時間以上たってから就寝するようにします。食事から就寝までの時間が短すぎると、睡眠の質が低下します。床に就く直前まで勉強をしたり激しい運動をしたりすると、交感神経が優位になって寝付けなくなります。1時間ほど前からは、音楽を聞いたり読書をしたり軽い運動をしたりして、クールダウンすることが重要です。また、40~41℃のお風呂に20分程度入って、体を温めて1~2時間後に就床すると、体温が下がり入眠も早く、深く眠りやすくなります。

嗜好品

カフェイン、アルコール、ニコチンに注意が必要です。

今回特に強調されているのがカフェインの影響です。カフェインに覚醒作用があることはよく知られています。今回のガイドでは、1日の摂取量について400mgを超えないようにすることを推奨しています。カフェインの血中半減期(血液中の濃度が半分になるのに必要な時間)は3~7時間で、血中濃度が50~100mgで睡眠に悪影響を及ぼします。9時に400mgのカフェインを摂取すると19時時点でも100mgが体内に残存(半減期5時間の場合)するため、午前中の摂取でも夜間の睡眠に影響を与えます。また、夕方以降に100mg以上のカフェインを摂取すると、眠れなくなったり眠りが浅くなったり、中途覚醒の可能性が高まったりします。

カフェインというと、コーヒーを真っ先に連想すると思います。コーヒーのカフェイン含有量(以下、いずれも100mLあたり)は、60mgです。意外に多いのが日本茶の玉露で160mg、コーヒーの3倍ほどあり、夕方に飲むと眠れなくなることがあります。最近、若い人たちを中心に飲まれているエナジードリンクは多いものだと300mgも含まれます。眠気覚ましに飲まれるものではありますが、カフェインの影響は数時間続くので注意が必要です。

アルコールも睡眠の質を低下させます。

お酒を飲むと眠くなるのですが、3~4時間たつと体内で覚醒物質のアルデヒド類に代謝されるため、飲酒後数時間たつと目が覚めそれからはなかなか寝付けなくなるのです。寝酒と称して入眠目的でお酒を飲む人も多いのですが、かえって睡眠が持続せず、眠りが浅くなることが示されています。アルコールは耐性がつきやすいので、「入眠するため」の量がどんどん増えてしまいます。依存性も強く、アルコール依存症の患者さんには「眠れないから飲み始め、量が増えていった」という方も多くいます。

適切な摂取量は純アルコール換算で20gとされています。ビールなら500mL、ウイスキーならダブルで1杯、ワインなら小さなグラス2杯程度、焼酎なら6:4のお湯割り1杯。それ以上飲んでしまうと、睡眠に悪影響を及ぼす可能性があります。

たばこに含まれるニコチンには覚醒作用があり、眠る前の喫煙は寝付きの悪化や睡眠効率の低下、深い眠りの減少につながります。一方で習慣的喫煙者がたばこを控えると不眠などを生じるため、たばこを吸っても吸わなくても睡眠が悪化するという状態に陥る可能性があります。よい睡眠のためには禁煙が望まれます。

周産期や更年期の女性、睡眠の質・量が低下傾向

睡眠ガイドでは、女性の睡眠についても取り上げています。出産後の女性ホルモンの変化によって眠れなくなり、気分が低下して産後うつなどによる自殺が、日本では多数起こっています。また、更年期のホルモンの変化でも睡眠が障害されます。

妊娠中はホルモン分泌のパターンが大きく変化し、それによって睡眠の量や質が低下すると胎児の健康リスクになる可能性が指摘されています。

出産後は授乳や夜泣きへの対応で細切れ睡眠を余儀なくされます。産後、特に著しい睡眠不足や夜間の中途覚醒が多い人は、産後うつのリスクが高くなります。母子の健康のためにも、妊娠中から出産後の睡眠の重要性を認識する必要があります。

また、更年期には女性ホルモンが低下することにより、寝付きが悪くなったり夜中に目が覚めるようになったりします。更年期による身体症状だけでなく、気分が沈んだり意欲が低下したりといった気分の落ち込みが生じ、それが睡眠を悪化させることもあります。女性ホルモンは筋の緊張を高めるはたらきがあり、低下するとその影響で睡眠中の気道が狭まり睡眠時無呼吸につながります。そこに少しの体重増加やアレルギー性疾患で鼻づまりなどが重なると“合わせ技”で病気として認定される程度の無呼吸になってしまうのです。

近年「女性の活躍」が言われるなか、40~50代の働き盛りの女性が、更年期障害によって活躍の場を失う可能性もあります。日本人はOECD加盟国で一番睡眠時間が短く、その中でも50~60代の女性が一番寝ていません。受験で遅くまで起きている子どもや、忙しくて長時間労働の旦那さんがいる中で一番遅くまで起きていなければいけないし、朝は弁当や朝食の準備で一番に起きなくてはいけない、という家庭が多いでしょう。睡眠時間が削られるうえに、更年期で睡眠の質も悪くなってくるので“ダブルパンチ”です。

このように、閉経前後の女性には睡眠を低下させる心身の症状が出やすいのですが、更年期症状の治療によって改善の可能性もあります。

大谷選手が見せてくれる睡眠の重要性

2024年4月から医師にも「働き方改革」(労働時間の上限規制)が導入されました。運送業や建設業などでも同じように長時間労働が規制されるようになりました。長時間連続して働くことでパフォーマンスが落ち、事故につながることが明らかになっています。医師ならば医療安全の面で問題が生じる恐れがあります。ですから、1日の勤務時間は15時間以内、勤務と勤務の間に9時間のインターバルを置くことが義務付けられました。

私は「働き方改革は睡眠改革」だと言っています。特に交代勤務の人は睡眠が十分にとれないことが多く、働き方改革でどう対応するかは難しい問題だと思っています。

交代勤務の人はうつやアルコール依存症の割合が多いのです。夜勤明けで朝帰りし、眠れないのでお酒の力を借りて寝ようとするのですが、先ほど述べたアルデヒドによる覚醒作用や、明るさ・音など環境的な要因で十分な睡眠がとれず、だんだん酒量が増えてしまいます。朝から眠るのは難しいので、本来であればお酒に頼るのではなく睡眠薬できちんとコントロールすべきなのですが、睡眠薬は飲みたくないという人が多いのです。

現代社会では、働き盛りの男性も女性も十分な睡眠をとれる状況にはありません。しかし、メジャーリーグで大活躍している大谷翔平選手は、毎晩10時間の睡眠に加えて昼寝の時間も取っているそうです。パフォーマンスを高めるには睡眠はとても重要だということを、実践して見せてくれています。
 

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