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臓器横断的ながん薬物療法で“治療難民”を防ぐ―日本臨床腫瘍学会の取り組み

公開日

2024年12月13日

更新日

2024年12月13日

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2024年12月13日

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新しい薬剤の登場や技術の進歩により、がんの薬物療法は多様化・高度化している。これから特に重要になるのは、特定の臓器だけでなく幅広い領域のがん薬物療法に精通した腫瘍内科医だ。2024年2月に二度目の日本臨床腫瘍学会理事長に就任(前回は2017~2019年)した南博信先生(神戸大学医学部附属病院 腫瘍・血液内科教授)は、臓器横断的ながん診療や、がん薬物療法の専門的なトレーニングの重要性を強調する。日本臨床腫瘍学会がこれまでに行ってきた取り組みや今後の展望について、南理事長に聞いた。

より専門的ながん薬物療法を目指して発足

日本臨床腫瘍学会は、がん薬物療法専門医の育成・認定に取り組んでいます。

なぜがん薬物療法専門医の育成が重要なのでしょうか。その背景を、当学会の歴史とともにお話しします。当学会は、1993年に日本癌治療学会に所属していた呼吸器内科医数人が中心となり、がんの薬物療法を専門的に扱う「日本臨床腫瘍研究会」として発足しました。当時がん治療の中心は手術で、薬物療法の比重は現在よりも低かったのです。すでに、がんの臨床を主領域とする日本癌治療学会がありましたが、こちらは外科系の医師が中心でした。

薬効を評価するための臨床試験を適切に行うことを目的とした教育活動のために、研究会を立ち上げたのがそもそもの発端でした。学会となった現在も、メディカル・オンコロジー(腫瘍内科学・臨床腫瘍学)の確立や臨床研究・臨床試験の推進を理念としています。

設立当時から薬物治療の専門家を育てる必要性を皆が感じており、その頃まだ駆け出しの若手だった私も、がん薬物療法専門医の制度設計から携わりました。制度設計に協力してくれた学会の重鎮の先生からの「俺が通らないようなしっかりした専門医制度にしよう」という言葉をよく覚えています。

この専門医制度には、私がアメリカ留学で学んだ考えがコンセプトとして盛り込まれています。当時の日本では臓器別の診療科で特定のがん種のみを治療するがん薬物治療が主流でしたが、アメリカの腫瘍内科医はさまざまながんに対する内科治療のトレーニングを積んだ後に専門性を持っていました。幅広いがん種の治療経験がある医師ならば、多臓器へのがんの転移や原発不明がんなどにも適切に対応でき、“がん難民”の発生を防ぐことができます。こうした考えから、がん薬物療法専門医にはさまざまながん種の診療経験が必要な制度としました。特定のがんしか診療していない医師からは試験が難しいという意見もありましたが、さまざまながんの患者さんを診療している医師であれば問題なく合格できる試験です。

ある程度の職位以上の先生方には、若手の医師ががん薬物療法専門医を取得できるようなトレーニング体制づくりに注力してほしいと思います。

臓器別の治療からがん種横断的な治療へ

日本では、さまざまながん種の知識や経験を横断的に身につけた薬物療法の専門医がまだ不足しています。現在では遺伝子パネル検査*や免疫チェックポイント阻害薬**などの画期的な検査・治療方法ががん種を超えて広まってきています。幅広いがん種の治療体系の理解が役に立ちます。

従来は「肺がんならこの治療法」「胃がんならこの治療法」と臓器別に治療を検討していましたが、これからは遺伝子変異別に治療を検討することも必要な時代になってきます。臓器横断的な考え方はますます重要になるでしょう。

たとえば免疫チェックポイント阻害薬は、メラノーマや腎細胞がんに留まらず今や肺がんや消化器がんなど多くのがん種で使用されていますが、副作用はがん種を問わず共通です。免疫チェックポイント阻害薬のマネジメント能力を身につけていれば幅広いがんに対応できるわけです。がんの薬物療法では各臓器がんの専門性を持つ前に、臓器横断的な考え方を習得し、そのうえで肺がん、胃がんなど特定領域の専門性を高めていくことが重要です。
 

*遺伝子パネル検査:治療選択に役立つ情報の取得を目的として、がん細胞の遺伝子変異を調べる検査。
**免疫チェックポイント阻害薬:がん細胞が免疫細胞の攻撃から逃れる仕組みを解除し、免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようにする薬剤。

世代交代による変化にも期待

日本臨床腫瘍学会が発足したとき、私はちょうどアメリカ留学を終えて日本に帰国したタイミングでした。アメリカのがん診療を見て臓器横断的な治療の必要性は痛感していたものの制度を大きく変えるのは難しく、なかなか思うようには進んできませんでした。少しずつ変化してきてはいますが、今も専門的なトレーニングを受けた人材の不足が課題になっています。

当学会の学術集会でも、臓器横断的なセッションを大事にしたいと考えています。私よりも10歳、20歳若い世代では、臓器の専門性を持たずにさまざまながん種の治療トレーニングを積んだ腫瘍内科医が育ってきています。その世代の医師が中心になれば変化が加速するのではないかと期待しています。

免疫チェックポイント阻害薬のような新しい薬剤の開発など、技術の進歩の面から考えても臓器横断的な考え方は今後ますます必要になります。薬剤の作用機序や副作用も複雑化しており、従来のように内視鏡検査や手術を行いながら薬物療法を実施できるレベルではなくなってきています。

専門的なトレーニングを積んだ医師によるがん薬物療法は、患者さんの利益にもつながります。チーム医療の中で腫瘍内科医は臓器横断的な視野を持って薬物療法にあたることが重要です。

治療の格差をなくすために、トレーニング体制の拡充を

がんの薬物療法では、患者さんの命に関わる副作用が現れる場合があります。薬物療法のマネジメントは多様化・高度化しているため、専門のトレーニングを積んだ医師が薬物療法にあたる体制を各病院で築くことが重要です。私は今後、AI技術がいくら進歩しても、腫瘍内科医がAIに取って代わられることはないと考えています。それは、がん薬物療法では患者さんの状態や年齢、家庭環境、希望などを考慮して、それぞれに適した治療方針を立てなければならないからです。そのためには、患者さんの気持ちを察し汲み取る必要があります。たとえば診察時に患者さんが「大丈夫です、分かりました」と言っていても、表情や声色などから、話を聞く必要があると判断する場合もあります。このような対応は、AIには難しいでしょう。

医療機関による治療内容の格差をなくすためにも、医師の教育を引き続き推進していきます。若手の先生にはぜひメディカル・オンコロジーの領域に足を踏み入れてほしいと思います。がん治療の施設選びで迷われている患者さんも、ぜひ腫瘍内科医の育成に力を入れているような病院を検討してみてください。

現状で、全ての医療機関で専門医がさまざまな種類のがん薬物療法に対応することはできなくても、常に理想を念頭に置いて少しずつ現実を近づけていけるよう努めていきます。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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