世界のがん治療を向上させる画期的なイノベーションと研究に光を当てる学術集会「ASCO Breakthrough(以下、ASCO BT)」が2024年8月8~10日、横浜市のパシフィコ横浜で開かれる。アメリカ臨床腫瘍学会(ASCO)が米国外で開催する学術・啓発イベントで、日本癌治療学会(JSCO)、日本臨床腫瘍学会(JSMO)が共催する。日本では2023年に初めて行われ、2025年までの開催が決まっている。医学研究者だけでなく異分野企業の開発担当者にとっても価値のある情報が得られる機会になるという。会の概要、参加する意義などについて、JSCOの吉野孝之理事長(国立がん研究センター東病院副院長)に聞いた。
ASCO BTは30カ国以上から約1000人が集う国際学会です。アカデミアの方たちに加え、企業の方々も参加します。製薬だけでなくITやAI関連の企業など、異分野のコラボレーションも可能にするような会になります。
米国で毎年開催されるASCOの学術集会は「今、臨床が変わる」という最新情報を共有する機会です。これに対してASCO BTは、現状は早期の臨床試験段階ですがいずれ臨床に入ってくると期待される“次世代のテクノロジー”を中心にディスカッションする会です。「未来はこうなる」「この技術が臨床を変える可能性がある」という技術を中心に対話形式で行われると理解していただくとよいでしょう。
日本で開催されますが日本だけを意識しているわけではなく、海外からの出席者が4分の3を占めます。
ASCOはアジアで学術集会を開催しようと、2019年にタイ・バンコクでASCO BTを初開催しました。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)による中断をはさみ、集客力を期待されてJSCOとJSMOがサポートする形で2023年に2回目が日本で開かれました。ASCOはこの会に非常に力を入れていて、世界トップクラスの研究者から最先端の話を聞くことができる貴重な機会です。今年に続いて2025年も日本で開催することが決まっています。
国際学会ではありますが、“地の利”があるため日本の研究者には有利になっています。セッションのチェアパーソン(議長)は約3割が日本人で、海外開催の学会に比べると割合は高くなっています。
一方で、本会に限らず特に若い人たちが学会の現地参加を避ける傾向にあるという問題があります。オンラインで参加しても現地参加と同じ成果が得られると思っているのではないかと感じることもあります。実はまったく違って、最先端の研究者と話す機会を持つのは非常に重要なことなのですが、それを伝えきれていないのは我々の努力が足りていないためと反省しています。
現地参加すべき理由は、オフラインでしか話せないことを聞けることにあります。ある研究について、今出ているエビデンスに関してはオフィシャルな場で話すことができますが、その先はデータがないので“空想”になってしまうため発表されません。しかし、会場で直接会話することによって「その先」について聞き出せる可能性があります。
そうして世界最先端の研究者と会って話すことで、自分の手がけている研究のヒントが得られたり、今行われている診療が変わっていく方向性を知ることができたりします。それは自分の研究にとってプラスになるはずです。研究は“情報戦”です。情報はバリュー(価値)であり、いかに早く取るかが重要なのです。
特に若い方たちに世界の一流の議論に触れる機会を持ってもらいたいという思いで、本会に関しても会員向けのインセンティブを用意しました。参加するための登録料を補助し、トラベルグラント(交通費の補助)も出しています。
必見のセッションとしては、まず毎朝のキーノート(基調講演)が挙げられます。いずれも医学に大きな発展をもたらすであろう研究を手がけている、ノーベル賞に近いといわれる人たちの発表をじかに聞くことができる、めったにない機会です。
個別では▽分子標的薬やADC(抗体薬物複合体)製剤、がんワクチンなど治療に関するテーマ▽AI活用やDCT(分散化臨床試験)などストラクチャー(臨床試験の構成)――ほかさまざまな角度から議論が予定されています。
医療関係者、研究者だけではなく、企業の方にとっても開発の方向性が展望できる可能性もありますので、製薬、IT、AIなどの企業で開発にかかわっている方にもぜひ参加してほしいと思っています。
直前まで、ASCO BTのウェブサイトから参加登録が可能です。
アジアでは、このような会はこれまで、シンガポールで開かれることが多かったのです。たとえばESMO(European Society for Medical Oncology:欧州臨床腫瘍学会)がアジアで開催する学会(ESMO Asia)がその代表です。そうなると、シンガポールががん医療に関する欧米からアジアへの窓口になり、情報が集まって、研究者が育つというサイクルが生まれます。逆に日本はそうした情報が入りにくくなって、世界を知らないために企業を含めて“ガラパゴス化”しています。一流の議論ができなくなっているのです。
ASCO BTやESMO Asiaのような国際的な会を日本に誘致することで、日本が窓口になって欧米からの情報が入ってくるようにし、研究者も企業も世界水準で勝負できる環境をつくりたい、そのための架け橋になりたいという強い思いがASCO BTの日本開催につながりました。
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