2021年3月6日(土)、ホテルオークラ神戸にて、第21回隈病院甲状腺研究会が開催されました。
隈病院は、甲状腺の専門家の中でも愛読されている医学雑誌の1つ、『Thyroid』のEditorial Board(編集委員)として活躍する医師が3人在籍(2021年3月時点)する、甲状腺疾患診療を専門とする施設です。かねてより編集委員である院長、宮内昭先生と副院長、赤水尚史先生に加えて、2021年からは今回の演者の1人でもある治験臨床試験管理科科長、伊藤康弘先生がEditorial Boardに加わりました。そんな隈病院が2001年から年1回開催している本研究会では、毎年甲状腺におけるさまざまな研究結果が発表されています。しかし、2020年度は新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けて中止。本年度は感染症拡大防止対策を十分に取ったうえで、現地とYouTube Live配信というハイブリッド形式での開催となりました。4つの演題と質疑応答が行われた当日の研究会の様子をレポートします。
はじめに、隈病院 院長の宮内 昭先生より開会のごあいさつと、これから行われる発表について紹介がなされました。司会は同院外科副科長の東山卓也先生が務められました。
開会のごあいさつをされる宮内昭院長
司会を務められた東山卓也先生
今回の研究会では2つのセッションが準備され、第1セッションでは甲状腺機能亢進症の代表症例であるバセドウ病の診断や治療について、第2セッションでは甲状腺がんに対する分子標的薬治療について、計4人の演者による発表が行われることなどが紹介されました。
第1セッションの座長は、隈病院副院長の赤水尚史先生が務められました。
座長を務められた赤水尚史副院長
最初の演者は臨床検査科臨床検査技師、三浦翔子さん(以下、三浦さん)、演題は“バセドウ病の超音波診断とフォローアップ”です。
発表を行う三浦翔子さん
三浦さん:
甲状腺血流測定が無痛性甲状腺炎との鑑別に有用であることは甲状腺疾患診断ガイドライン2013に記されています。また、過去の報告でも甲状腺中毒症(バセドウ病、無痛性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎)における甲状腺血流値はバセドウ病群とそのほかの群で差があり、甲状腺血流値の測定によって鑑別することが可能といわれています。
実際に未治療バセドウ病と無痛性甲状腺炎の甲状腺血流量を比較すると、未治療バセドウ病では非常に多くの血流シグナルが見られるのに対し、無痛性甲状腺炎では血流シグナルが少ないことが分かります。
放射性ヨウ素内用療法後の甲状腺機能の改善を確認するにあたっては、超音波検査での甲状腺重量測定が参考になると考えられます。
今回、放射性ヨウ素内用療法による治療前と治療後(1年以上経過)にTRAb(甲状腺のTSHレセプターに対する自己抗体)と甲状腺重量の測定を行い、甲状腺機能低下症群と亢進症持続群に分類してそれぞれの変化を比較検討しました。
この結果、TRAbの変化も重要ですが、機能低下症候群では治療後に甲状腺重量は5g以下になっていることが分かりました。
次の演者は隈病院放射線科科長・診療放射線技師、小阪英生さん(以下、小阪さん)が務められました。演題テーマは“バセドウ病の放射性ヨウ素内用療法の実際”です。
発表を行う小阪英生さん
小阪さん:
放射性ヨウ素内用療法のメリットは、手術と比較して安価であること、抗甲状腺薬と比べて副作用が少ないことなどです。一方、デメリットとしては他臓器への被曝のリスクなどが挙げられます。
通常、放射性ヨウ素内用療法の対象となる患者さんは以下のとおりです。
放射線ヨウ素内用療法では事前準備のうえでヨウ化ナトリウムカプセルを内服していただきます。外来での治療は最大500MBq未満という法的な決まりがありますが、1カプセルに500MBqが含まれている薬は現時点ではありません。そのため、複数のヨウ化ナトリウムカプセルを組み合わせることで個々の患者さんに適した量を投薬します。
放射性ヨウ素内用療法は今後さらに安全性や有用性が明確になり、よりいっそうバセドウ病に対し欠かせない治療法の1つとなっていくのではないかと考えます。
3人目の演者は隈病院診療支援本部本部長/内科副科長、西原永潤先生が務められました。演題テーマは“バセドウ病治療ガイドライン2019と当院の実践”です。
発表を行う西原永潤先生
西原先生:
現在もしばしば「新型コロナウイルス感染症に甲状腺は影響があるのでしょうか」というご質問を診察室でいただきます。このご質問に対しては各学会からメッセージが発信されており、それらの提言によれば一般的に甲状腺疾患は新型コロナウイルス感染症のリスク因子ではありません。ただし、抗甲状腺薬の内服中は無顆粒球症*との鑑別が必要になります。
*無顆粒球症:顆粒球(好中球)という白血球の成分が減少し、細菌に対する抵抗力が弱くなる病気
妊娠を考えているバセドウ病患者さんに対しては、妊娠初期の抗甲状腺薬、特にチアマゾール(MMI)によって先天異常が起こる可能性を必ず説明しなければなりません。
今回の『バセドウ病治療ガイドライン2019』では、チアマゾール(MMI)の服用は妊娠5~9週までは避け、妊娠初期の服薬が必要な際はプロピルチオウラシル(PTU)または無機ヨウ素薬を使用することが推奨されています。
さらに『バセドウ病治療ガイドライン2019』では、重症例に対するチアマゾール(MMI)の初期投与量について、軽症・中等症から増量せず、ヨウ化カリウムを追加することを推奨しています。また、抗甲状腺薬の初期投与量を減らすことによって無顆粒球症や好中球減少症といった副作用を減らせることも分かってきました。
抗甲状腺薬による無顆粒球症はほとんどの場合、投与後3カ月以内、または再投与した症例でもこの時期に起こっています。そこで当院では、少なくとも2カ月間、2週間に1回程度のペースで血液検査を行うよう義務付けています。
子どもを望む方の放射性ヨウ素内用療法後の挙児計画において、今回のガイドラインでは、精子の被曝を避けるために4カ月、甲状腺機能の正常化には6カ月の期間を要すため、それ以降であれば問題ないとされています。ただし女性の場合、TRAbの改善を考慮すると、1年間は経過観察をする必要があると考えます。
当院の場合、女性のバセドウ病患者さんにはまず妊娠希望について確認します。そして放射性ヨウ素内用療法後にTRAbが上昇する場合があることを説明し、1~2年は妊娠の予定がないと確認できたら、放射性ヨウ素内用療法の対象としています。
このように『バセドウ病治療ガイドライン2019』では旧版よりさまざまな変更が見られます。本日述べたような点に配慮しながら、ガイドラインを臨床の中で活用することが大切だと考えます。
質疑応答・休憩を挟み、第2セッションの開始です。ここからの座長は隈病院診療本部本部長、小野田尚佳先生が務められました。
座長を務められた小野田尚佳先生
演題4の演者を務められたのは隈病院 治験臨床試験管理科科長/外科医長、伊藤康弘先生、演題テーマは“甲状腺癌に対する分子標的薬剤治療”です。
発表を行う伊藤康弘先生
伊藤先生:
分子標的薬は、がんの増殖過程における指令系統を分子レベルでブロックするものであり、 “マルチキナーゼ阻害薬(MKI)”とも呼ばれます。
高齢患者さんの高リスク症例などは若年の患者さんに比べて予後が悪いことから、分子標的薬は高齢の方に適応されることが多いといえます。投与に伴いさまざまな有害事象*が現れるため、基本的にはその出現に応じて適宜休薬や減量を行います。ただし、できる限り有害事象の治療と並行して分子標的薬による治療を継続することが望ましいとされます。
*有害事象:薬物との因果関係がはっきりしないものを含め、薬物を投与された患者に生じたあらゆる好ましくない、あるいは意図しない徴候、症状、病気。
投与時の留意点としては、まず、担当医の独断で全てを決定すべきではありません。担当医や看護師などでチームを結成してカンファレンスを行い、症例ごとに方針を検討することが重要です。
さらに、早期段階から緩和ケアを開始することも大切です。痛みをはじめとするさまざまな症状のコントロールをすることで、患者さんのみならずご家族のQOL(生活の質)も改善することが期待できます。
分子標的薬は適切に投与すればがんの進行を抑えることが期待できます。しかし、不適切・不用意な投与をすると患者さんやご家族のQOLを低下させかねませんから、医師は細心の注意を払いながら治療を行わなければなりません。
閉会のごあいさつをされる宮章博副院長
質疑応答の後、隈病院副院長、宮章博先生より閉会のごあいさつが述べられました。今回の演題の総括と来年度の開催に向けた意気込み、そして参加された皆さんへの感謝が伝えられました。
このようにして、現地+ライブ配信という初の開催形式となった第21回隈病院甲状腺研究会は盛況のうちに閉会しました。
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