宮内昭先生が隈病院院長に就任した2001年から年1回開催されてきた隈病院甲状腺研究会。この第22回目が、宮内先生の院長退任を記念する特別企画:宮内昭院長退任記念特別講演会として2022年3月5日(土)にホテルオークラ神戸で開催され、オンラインによる同時ライブ配信も行われました。宮章博副院長、宮内昭院長によるあいさつで開会した本年度の研究会は2部構成で、第1部は隈病院が世界に発信した情報について3人の演者が発表。第2部では宮内昭院長の退任記念講演が行われました。研究会の様子をレポートします。
※本記事における先生方の役職は研究会開催当時のものです。
第1部の座長は、日本内分泌外科学会副理事長で日本医科大学内分泌外科教授の杉谷巌先生。最初の演者は隈病院外科副科長の舛岡裕雄先生です。
【先天性下咽頭梨状窩瘻の発見と隈病院における自験例、治療成績】
当院と大阪大学が急性化膿性甲状腺炎患者に先天性の瘻孔(炎症などによって組織に生じた管状の穴)を発見し、1979年に下咽頭梨状窩瘻として報告しました。それまで原因不明と思われていた急性化膿性甲状腺炎の感染経路がこの瘻孔であること、高頻度に炎症が再発すること、瘻孔をしっかりと摘出すると再燃しないということが明らかにされたのです。
当院における、先天性下咽頭梨状窩瘻による急性化膿性甲状腺炎の自験例は、1977年から2020年までで合計234例です。根治的治療では、従来は外科的な瘻孔切除がスタンダードでした。しかしその治療の難しさから、近年は侵襲が少なく安全性が高い内視鏡下焼灼療法が多く施行されています。この療法の初回治療による瘻孔閉鎖率は、化学焼灼療法では87%、半導体レーザーによる焼灼術(現在はファイバーの製造ストップにより中止)では96%、全症例では90%となっています。
2人目の演者は、隈病院治験臨床試験管理科科長の伊藤康弘先生です。
【病気の発見とその後の変遷、自験例と治療法の発展】
ITTC(intrathyroid thymic carcinoma:甲状腺内胸腺がん)は、これまでに2回名称が変わった非常にまれな病気です。宮内(昭)先生が、甲状腺の扁平上皮がんと形態学的に似ているもののそれより非常に予後がよい腫瘍の症例を見つけ、これを「ITET(Intrathyroidal epithelial thymoma)」と命名し1つの独立疾患であると提唱したことが幕開けとなります。この研究に関する論文は紆余曲折を経て、1985年にWorld Journal of Surgeryに掲載されました。2004年にはこの病気が胸腺分化を示すがん「CASTLE(Carcinoma showing thymus-like differentiation)」としてWHO(世界保健機関)にも採択され、2017年に元々の名称に近い「ITTC」へと名称変更されました。
当院では、1989年から2021年までに15例のITTCを経験しました。特に、周辺臓器に浸潤する症例は局所再発リスクが高いためきちんと手術を行う必要があり、術後の予防的放射線照射が予後を改善すると考えられます。また、2021年にはマルチキナーゼ阻害剤のレンバチニブが遠隔再発した症例の治療薬として承認され、その効果が期待されています。
3人目の演者は、隈病院内科科長の伊藤充先生です。
【甲状腺全摘後内服中患者の甲状腺ホルモンバランスに関する研究】
甲状腺全摘後のレボチロキシン(合成甲状腺ホルモン薬)内服患者において、血中TSH(甲状腺刺激ホルモン)値とFT4(サイロキシン:甲状腺ホルモンの1種)値が正常あるいは軽度抑制であるにもかかわらず、一部の患者が極度な寒さや霜焼けを訴えるので、宮内(昭)先生の提案を受けて甲状腺ホルモンバランスを調査しました。その結果、TSH値が正常な患者ではFT3(トリヨードサイロニン:同)値が低いこと、TSH値が軽度抑制の状態ではFT3値が正常となることが分かりました。この研究結果は先に発表された有力な論文と結果が異なっていたことからなかなか承認されませんでしたが、我々が発表した後に世界中から同様の研究結果が報告されるようになりました。
甲状腺全摘後レボチロキシン服用中の患者においてさまざまな観点から検討した結果、以下が示唆されました。
第2部の座長は、日本内分泌外科学会理事長で筑波大学乳腺・甲状腺・内分泌外科教授の原尚人先生。演者は隈病院院長、宮内昭先生です。
はじめに、宮内先生の略歴とこれまで深く関わりがあった先生方の紹介、業績についてのお話がありました。続いて行われた講演では「反回神経再建による音声回復」「血清腫瘍マーカーダブリングタイム・ダブリングレイト」「低リスク甲状腺微小がんの積極的経過観察」の3つを主要業績として挙げ、宮内先生が詳細を解説しました。
【反回神経再建による音声回復】
私は1990年に「頸神経ワナ・反回神経吻合」を考案・施行しました。甲状腺がんにおける反回神経(声帯に指令を伝える神経)の浸潤時に頸神経ワナ・反回神経吻合を行うことで、従来の遊離神経移植法と比較して吻合箇所が1箇所と少なくて済み、喉頭の近くで吻合するので音声回復までの期間も短くなります。当院では、1998年から2014年までに行った反回神経再建449例のうち77%は頸神経ワナ・反回神経吻合を実施しました。2015年から2021年までに行った115例では、頸神経ワナ・反回神経吻合による反回神経再建の割合が84%とさらに向上しました。
【血清腫瘍マーカーダブリングタイム・ダブリングレイト】
甲状腺髄様がんの手術後に血清カルシトニン(カルシウム調節ホルモンの1つ)値が高値であり、がんが遺残していると考えられる患者において、血清カルシトニン値が継時的に指数関数的に上昇することを見出し、世界で初めてカルシトニン・ダブリングタイムが強い予後因子であることを1984年に報告しました。その後25年の年月を経て、2009年のアメリカ甲状腺学会の髄様がん診療ガイドラインにおいて、カルシトニン・ダブリングタイム(カルシトニンが倍加するまでの時間)が予後因子として採択されました。
【低リスク甲状腺微小がんの積極的経過観察】
大部分の微小がんは増大せず、経過観察としたほうが患者さんにも社会にもメリットが大きいと考え、1993年より低リスク甲状腺微小がんにおける積極的経過観察を提案し承認され、この臨床での取り組みを開始しました。実際に2005年からの8年間、当院で経過観察を選択した1000人以上の患者が、良好な予後をたどりました。この結果を受け、2010年に日本内分泌外科学会/日本甲状腺外科学会が、2015年にはアメリカ甲状腺学会においても、手術に代わるものとして低リスク甲状腺微小がんに対する積極的経過観察が容認されました。
【内分泌疾患のよりよい疾病管理を目指して】
医療でよい結果を得るには、注意深い観察、科学的思考と判断、正確な手術手技が必要です。そして結果を一時点ではなく、動的・長期的に正しく評価することが重要です。私はプロとして目の前の患者さんに治療を提供するだけでなく、これらを世界中の医師に伝えたいと考えています。そうすることで、自分が診ることのできない遠い国の患者さんに対しても将来にわたってよりよい医療を提供できるからです。
宮内院長への花束授与の後、次期院長となる赤水尚史副院長から閉会のあいさつとして、演題の総括と宮内院長へのメッセージ、次期院長としての思い、そして本研究会に参加した皆さんへの感謝が伝えられました。
昨年に引き続き現地+ライブ配信というハイブリット形式での開催となった第22回隈病院甲状腺研究会は盛況のうちに閉会しました。現地参加とライブ配信での視聴を合わせると500人を超える参加であったとのことです。
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