4年ぶりの完全現地開催となった第23回隈病院甲状腺研究会が2023年3月4日、神戸市内で行われました。本研究会は、甲状腺医療を専門にする隈病院が2001年から行っている研究会で、甲状腺に関するさまざまな研究成果が発表されます。2020年は新型コロナウイルス感染症拡大の影響により中止、2021年と2022年は現地とオンライン配信のハイブリッド開催で行われました。「甲状腺眼症」「進行甲状腺癌(がん)」の2テーマについて4講演が行われた研究会当日の様子をリポートします。
開会あいさつを行う隈病院院長 赤水尚史先生
はじめに、隈病院院長の赤水尚史先生による開会のあいさつが行われました。今回現地開催が実現したことの喜びの気持ちを会場に伝えるとともに、今回の研究会のテーマである「甲状腺眼症」および「進行甲状腺癌(がん)」が選定された背景や各演者について紹介しました。
司会を務められた隈病院内科科長 伊藤充先生
企画1の座長は、神戸大学大学院 医学研究科外科系講座眼科学分野 教授の中村誠先生です。
神戸大学大学院 医学研究科外科系講座眼科学分野教授 中村誠先生
最初の演者は隈病院 内科の山岡博之先生、演題は「甲状腺眼症に対する当院の診療体制について」です。
講演を行う隈病院 内科 山岡博之先生
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当院では基本的な診断基準を踏まえ、ヘルテル(Hertel)眼球突出計による評価、甲状腺機能検査、甲状腺自己抗体測定、CTやMRI(外注)などの画像検査を行います。カルテには、専用のテンプレートを用いて眼症状や甲状腺眼症の活動性、重症度を記録します。
治療方針としては、上眼瞼(上まぶた)の炎症がある場合はトリアムシノロンの局所投与を検討します。炎症のない上眼瞼後退にはボツリヌス毒素の局所投与が有用との報告がありますが、現時点では保険未収載の治療法です。中等症以上では、ステロイドパルス療法と眼窩部放射線外照射療法の併用が基本です(眼窩=眼球の収まる頭蓋骨のくぼみ)。再発例や難治例には、そのほかの免疫抑制剤を使用することもあります。非活動期には眼科的な機能回復手術を行います。
これらを踏まえた診療の問題点は、甲状腺眼症のみが先行もしくは遅れて発症することがあり、特に前者では診断・治療の遅れから機能障害が残存する可能性があることです。また、甲状腺機能亢進症の治療のみでは改善しにくく、眼科医との連携が求められます。
続いての演者は、神戸大学大学院 医学研究科外科系講座眼科学分野 病院講師の長井隆之先生です。座長は引き続き中村先生が務められました。
講演を行う神戸大学大学院 医学研究科外科系講座眼科学分野 病院講師 長井隆之先生
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甲状腺眼症とは、バセドウ病や、まれに橋本病に伴ってみられる眼窩組織の自己免疫性炎症性疾患です。眼窩に炎症が生じることで多様な目の症状が現れ、重症例ではQOL(生活の質)が損なわれます。甲状腺眼症に特有の所見、症状としては▽眼瞼後退▽眼球突出▽Graefe徴候(眼球を下に動かしたとき上眼筋が眼球に追従しない)が挙げられます。
甲状腺関連自己抗体が陽性で、特徴的な眼所見があるか、MRIで上眼瞼挙筋(まぶたを上げ下げする筋肉)や外眼筋(目を動かす筋肉)の腫大や炎症所見が認められれば甲状腺眼症と診断されます。眼球突出の検査は、ヘルテル眼球突出計を使用する方法と、MRIで測定する方法があります。
なお甲状腺機能の変化と甲状腺眼症の発症は無関係で、甲状腺ホルモンが正常であっても甲状腺眼症の可能性は否定できません。甲状腺眼症が先行し、後から甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症が発症する場合もあります。
次に、甲状腺眼症の具体的症例と治療についてです。眼瞼腫脹、眼瞼後退、Graefe徴候、ドライアイ症状があり、MRIで上眼瞼挙筋に炎症所見がある場合は眼瞼に副腎皮質ホルモン薬を注射します。通常は3か月後に自覚症状や眼瞼の所見を確認し、不十分な場合はその時点で再注射を行います。6か月後にMRIを撮影し、炎症に対する効果測定を行います。
複視(物が二重に見える)の症状がありMRIで外眼筋に炎症所見がある場合は、ステロイドパルス療法と眼窩部放射線外照射療法を併用します。ステロイドパルス療法と眼窩部放射線外照射療法を併用すると、単独で行うよりも有効なことが確認されているため、「甲状腺眼症診療の手引き」でも併用が推奨されています。ただし、併用しても改善スピードは緩やかなため、患者さんには治療の経過をあらかじめ説明し、効果が実感できない不安へのケアを行うことも重要です。
視力低下、視野欠損、色覚異常などの症状が現れる最重症の甲状腺視神経症は、外眼筋が神経を圧迫し失明に至る恐れがあるため、速やかにステロイドパルス療法を行います。それでも改善がみられなければ眼窩減圧術を緊急で行う必要があります。
企画2の座長は、金沢医科大学 医学部臨床医学頭頸部外科学講座 名誉教授 辻裕之先生が務められました。
金沢医科大学 医学部臨床医学頭頸部外科学講座 名誉教授 辻裕之先生
3人目の演者は、隈病院 臨床検査科の竹田有香さんです。
講演を行う隈病院 臨床検査科 竹田有香さん
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顎下部から鎖骨上窩まで、気管から僧帽筋までの広い範囲を見逃しのないように走査します。鎖骨上窩や顎下部は、プローブを食い込ませるようになでることがポイントで、甲状腺の原発巣だけではなく反対側も含めしっかりと検査することが大切です。良性・悪性の鑑別の難しいリンパ節所見には、周囲のリンパ節よりも大きいもの、縦横比が高いもの、一部エコーレベルが高く内部が不均質なものがあります。このような所見が認められたときは血流シグナルを確認し、それでも鑑別できないときは境界病変(検査所見が良性と悪性の中間を示すもの)として報告します。
4人目の演者は、隈病院 診療本部本部長の小野田尚佳先生です。座長は、引き続き辻先生が務められました。
講演を行う隈病院 診療本部本部長 小野田尚佳先生
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遠隔転移があり手術で切除できない病変のある分化がん(乳頭がん・濾胞がん)と髄様がん、未分化がんの3つを進行甲状腺がんと考えます。
当院では、これらの進行甲状腺がんに対してソラフェニブまたはレンバチニブという分子標的薬を投与する薬物療法を行っています。ソラフェニブは、がんが増殖するために必要な血管を作るはたらきを抑制し病勢の進行を抑える薬です。しかし臨床試験の結果、髄様がんには有効であるものの未分化がんへの効果は認められないことが分かりました。
レンバチニブは、より進行の早い甲状腺がんに対し病勢を抑えるはたらきがあると臨床試験で確認されています。どちらも副作用の多い薬のため、入院のうえ治療を行います。
がんは、受容体や各シグナル伝達系のどこかに異常が生じることで強すぎる増殖シグナルが発生し、増殖すると考えられています。甲状腺がんでは、がんを引き起こすドライバー遺伝子がすでに知られているうえ、がんの組織型と遺伝子異常がはっきり対応しているので、どの遺伝子に異常があるかを確認することがポイントです。2022年に、髄様がんのドライバー遺伝子であるRET遺伝子変異を阻害するセルペルカチニブも国内で承認され、治療の選択肢が増えました。そのほか、未分化がんのドライバー遺伝子であるBRAF遺伝子変異にはたらく薬の開発も進んでいます。
進行甲状腺がんの中でも特に未分化がんは予後が不良で平均生存期間は半年以内です。
この未分化がんに対し、これまで、パクリタキセルという抗がん剤を使った治療が行われてきましたが、完全に治すことはなかなかできない状況が続いていました。そこで、レンバチニブによる治療に関する臨床試験を行ったところ、予後が延長できていることが分かりました。ただし、レンバチニブには傷が治りにくくなるという副作用があるため、当院では、患者さんの容体に応じて選択的にレンバチニブを使うことで、予後の改善につなげています。
これまで私は手術で治せない進行甲状腺がんに対して、遺伝子診断に基づいた薬物療法を研究してきました。隈病院に来てからは、研究結果を臨床応用して治療の実践を行っています。また、当院だけではなく近畿全体で治療を進めるために「近畿甲状腺がん診療ネットワーク」を作り、情報交換や検討会を通じて近畿圏における進行甲状腺がんの診療体制構築を目指しています。
閉会あいさつを行う隈病院 副院長 宮章博先生
全ての演題終了後、隈病院 副院長の宮章博先生が閉会のあいさつを述べました。また、今回の演題に関する総括、座長の先生方や参加された皆さんへの謝辞とともに、「患者さんによい診療を提供するためには研究会を開催し新しい知識を共有していくことが大切」と今後への意気込みも語られました。
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