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iPS由来の心筋細胞シートで心不全治療、臨床研究前半が終了―大阪大

公開日

2020年12月28日

更新日

2020年12月28日

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2020年12月28日

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会見する澤芳樹・大阪大学心臓血管外科教授(中央)=大阪大のオンライン会見動画から

 

iPS細胞から作成した心筋細胞シートを重症心不全患者の治療に用いる臨床研究を続けている大阪大学心臓血管外科はこのほど記者会見し、研究前半に予定していた3例の治療が終わり、順調に推移していることを明らかにした。5年以内の実用化を目指して進められている研究は、この結果を受けて来年6月から後半の治験に入る。

研究は「虚血性心筋症」の患者の心臓表面に、iPS細胞から作った心筋細胞シートを貼り付けることで弱った心臓の機能改善を目指す。2020年1月に1例目、9月に2例目、11月に3例目の手術が行われ、いずれの患者も約1カ月後に退院。3人とも経過は「順調」という。3例目の手術から26週後に、第3者による効果安全評価委員会が評価、検証。その後、7例予定している後半の治験に入る。

京都大学から提供を受けた第3者由来のiPS細胞を、大阪大で大量培養したうえで心筋細胞に変わるよう分化誘導。腫瘍化の原因となる未分化の細胞を取り除いたうえで凍結保存し、手術に合わせて直径4~5cm、厚さ0.1mmのシートを作成した。開胸して心臓にシートを載せると、シートから出るたんぱく質で自然に接着する。使用するシートは3枚で、計約1億個の心筋細胞からなる。

拒絶反応が起こらないよう免疫抑制剤を使用したうえで移植する。その後、シートから分泌されるさまざまなたんぱく質によって衰えていた心臓の機能が回復。手術から約3カ月後に免疫抑制を中断することで張り付けたシートは消失し、腫瘍化のリスクをより低減できるとしている。

虚血性心筋症は、心臓の筋肉に血液を供給する血管が詰まることで心臓の機能が衰える病気。重症化すると心臓移植以外の治療法はないが、国内では脳死臓器移植のドナーが限られるため、長期間の待機が必要になるケースが多い。こうした課題に対して、iPS細胞を用いた心筋細胞シートによる治験で安全性、有効性が確認されれば、重症の心不全患者も心臓移植を待たずに治療することができると期待されている。

iPS細胞は、人工的に誘導することでさまざまな機能を持つ細胞に変えることができる。大阪大学の研究グループは、これまでに▽心筋細胞の大量培養、分化誘導率の最大化▽未分化細胞の徹底除去▽凍結保存、融解、シート化技術の確立――などの課題をクリアしてきた。2008年に京都大学との共同研究を開始し、13年に日本医療研究開発機構(AMED)の「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」に採択。19年に医薬品医療機器総合機構(PMDA)に重症心不全に対する医師主導治験を届け出た。

新型コロナウイルス感染症拡大で予定に若干の遅れが出たが、今後のスケジュールに影響はないとしている。

大阪大学の澤芳樹教授は会見で「心不全の患者さんに関しては常に難しい状況を経験し、たくさん悔しい思い、ジレンマを感じてきた。次のステップがあり、ここで手放しで喜ぶわけにはいかない。最終的には、国内のみならず世界中の心不全の人をこの治療で救いたい」と語った。

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