連載医学研究最前線

医療機器の「装着型サイボーグ」化からその先へ―CYBERDYNEが目指す社会像と現在地

公開日

2023年12月13日

更新日

2023年12月13日

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2023年12月13日

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山海嘉之社長(CYBERDYNE提供)

人とAIロボットと情報系が融合した「サイバニクス」の社会実装を目指す、筑波大学発のベンチャー企業「CYBERDYNE」。1991年、「Hybrid Assistive Limb(HAL)」の基礎研究開発を開始して以降、その用途は治療から作業支援、高齢者や障がい者の自立支援などへと広がっている。だが、それは同社が目指す社会の実現に向けたステップの1つだ。新しい学術領域としてのサイバニクスを創出し、さまざまなテクノロジーの実用化を進める山海嘉之社長(筑波大学サイバニクス研究センター研究統括/システム情報系教授)に、CYBERDYNEおよびHALの現状と展望などを聞いた。

「テクノピアサポート社会」実現に向け、取り組み

CYBERDYNEが目指す社会像の1つが「病気や要介護の予防と早期発見、発症後の機能改善治療、退院後の生活期の自立支援をシームレスにつなぐことに力点を置くことで患者、要介護者の数が減少。それに伴い、公的資金の支出も減る」ことだ。山海氏は「健康未来社会」をキーワードに、誰ひとり取り残さないイノベーションを通じて、人とテクノロジーが共生し相互支援する「テクノピアサポート社会」の実現に向けたさまざまな取り組みを続けている。

予防や早期発見、医療・健康ケアによる高齢者や障がい者の自立度の向上、見守りや生活支援による自由度の向上、繰り返しの重作業などに従事している人々の「健康」の観点から適切な労務環境の整備、AIや自動化による超効率化など、人や社会に関わる複合課題を新領域のサイバニクス技術を駆使し推進する。そうした社会課題解決のため、ロボット産業、IT産業に続く「サイバニクス産業」を創出し、あるべき姿の未来に向けて事業を進めている。

さまざまな取り組みのなかで、先んじて革新的医療機器として実用化されたテクノロジーが「装着型サイボーグHAL(以下「HAL」)」だ。当初は「ロボットスーツ」という呼び名でメディアを賑わした。1991年頃に医療用途を目指して始まったといわれるHAL開発の歴史のなかで我が国のイノベーション政策が果たした役割は大きい。日本を代表する研究者わずか30人に当初2700億円を配分する事業として計画され、2009年に始まった内閣府の「最先端研究開発支援プログラム(FIRST):~2014年)」に採択。続けて、同じく内閣府の「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT:2014~2019年)」、2023年には「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」で、それぞれ山海氏が代表者となるなかでHALは飛躍してきた。

HAL下肢タイプ(CYBERDYNE提供)

HALと薬剤の相乗効果に期待

HALは脳から神経を通じて筋肉を動かそうとする微弱な信号を皮膚表面でとらえて、意思に従って体を動かすと同時に、動きに関する感覚系の情報を脳神経系に戻す――という形で、動こうとする意思と実際の運動実現の仲立ちをする。

治療機器としてのHALは、病気などで体を動かしにくくなってしまった人が繰り返し脳からの信号に基づく随意的な運動を無理なく繰り返し行うことで、神経同士や神経と筋系の間のシナプス結合を調整・強化し、脳・神経・筋系の機能改善を促す。機能改善・機能再生を促進する独特な神経系信号のループを繰り返し回すことができるのが特徴だ。治験によってその効果は確認され、国内では2016年に医療用下肢タイプが希少性神経筋難病8疾患に対して保険適用となったことに加え、2023年に脊髄2疾患(ウイルス性、遺伝性)に対しても保険適用が決定した。さらに脳卒中や脊髄損傷、パーキンソン病などでも利用できるように臨床試験や研究が進む。

神経筋難病に関しては、HALと薬剤の複合療法による相乗効果の成果も出始めている。山海氏は「臨床の現場では、数年前に登場した核酸医薬品がすでに使われていることから、複合療法による相乗効果で治験を上回る改善効果がみられたと考えられる」と話す。そうしたことから進行性の神経筋難病「脊髄性筋萎縮症(SMA)」に対する別の製薬企業の新薬、別の難病の新薬についてもコラボレーションが進んでいるという。

海外約20カ国で導入

医療機器としてのHALは、日米欧そしてアジア太平洋の約20カ国(2023年3月現在)で導入され、国際プラットフォーム化が進行している。欧米では上記10疾患について、公的保険適用に向けて動いている。また、ドイツでは日本に先行して脊髄損傷に対する公的労災保険が適用されており、HALを公的医療保険でもカバーできるようにするための臨床試験が準備されている。

HALを使った治療の様子(CYBERDYNE提供)

ドイツの医療技術評価機関G-BA(Gemeinsame Bundesausschuss)からCYBERDYNEに「ICH E6(R3) GCP(Good Clinical Practice)」という国際基準に基づく臨床試験を「自らの予算で実施したい」と2022年2月に連絡があった。これに対して、日本でもデータを使えるようにするためにプロトコールの追加を依頼したという。山海氏は「うまくいけばドイツで出た結果に我々も相乗りできる可能性があります。ここで素晴らしいのは、この試験の予算は公的な医療保険を先行適用することで出されていることです。なぜそこまでするのか、と聞いたところ『ドイツ国民のため』ということだけでした。翻って日本はどうか、とふと思いました」と思いを述べた。

医療機器化や新たな病気への保険適用に向けた臨床試験は、医師主導か企業主導で行われ、多額の資金を要する。医師主導治験で国の予算がついても全額が出るわけではなく、取り組みの途中で息絶え、力を失って海外の企業に買収されるということも起こってしまっている、と山海氏は“彼我の差”を指摘する。

「医療前期」「医療後期」への展開も

さらに、HALの活用は病院の中だけにとどまらず、「Pre-Hospital(医療前期・生活期)」と「Post-Hospital(医療後期・生活期)」への展開も進められている。

その1つとして、HALを使った運動プログラム「Neuro HALFIT」がある。HALを装着して毎日、立ち上がりとスクワットを続けた80歳代後半の男性が、3カ月後には開始前の倍以上のスピードで歩けるようになったとする動画が、CYBERDYNEのウェブサイト(https://store.cyberdyne.jp/)で公開されている。この事例で使用されたHAL腰タイプは、装着すると、着席状態から立とうとした瞬間に自分の体の一部のようにHALが機能し立ち上がることができる。同時に、脳神経系の活動ループが賦活化される。立ち座り運動などを無理なく繰り返し行うことで、身体機能の向上が促進される。「寝たきりになりかけた人がHALを使うと、1カ月後にはHALなしでも自分で立ったり、普通に歩いたりします。要介護になることを防ぎ、自立度を高めることができるのです」と、山海氏はその効果を説明する。

このNeuro HALFITはCYBERDYNEが展開する全国17の「ロボケアセンター」で受けることができる。さらに運動の機会を増やし、生活の質を高めたいという要望に応えるため、HAL腰タイプを個人向けにレンタルするサービス「自宅でNeuro HALFIT」も行っている。脳神経系疾患やフレイル(「加齢により心身が老い衰えた状態」長寿科学振興財団)などで立ちすわりや歩行が困難になっている人たちのHALを使った運動を“日常化”させる施策だ。施設に通うよりも安価かつ頻回にHALを使用することができる。

HALをはじめ、CYBERDYNEの全てのデバイスはIoH(Internet of Humans:人の行動や各種生体情報などを常時データ化し、インターネットを通じて収集、解析すること)、IoT(Internet of Things:あらゆるものがインターネットにつながること)化され、つながっている。そのため、サポート要員なしで自宅でHALを使用しても、収集したデータによってロボケアセンターからの遠隔からのサポートや、医療機関の専門スタッフによる身体状況の掌握と機能向上に向けた支援ができる。こうしてNeuro HALFITの活用により、家庭・職場・生活空間における「予防」や、医療を受けた後の「機能向上、自立支援」までをシームレスにつないでいく。

テクノロジー駆使し健康を軸にした社会づくり目指す

予防・早期発見の観点からは、HAL以外にも超小型バイタルセンサー「Cyvis」は2023年4月に医療機器承認の申請がなされている。Cyvisは2週間にわたって心活動、脳活動などさまざまなバイタルデータを集積・解析・AI処理することで日常的なヘルスケアチェックが可能になるデバイスである。装着することで心筋梗塞のサインとなる不整脈や、脳梗塞の原因となる心房細動、さらにオプションで睡眠時の呼吸状況までチェックできる。

HALやCyvisなどを使い、利用者のさまざまなデータを取得し、自宅・職場から病院・施設などとつながりながら日常生活を送る。新たに開発した革新技術を駆使して「健康」を軸にした社会づくりをしていくことが、CYBERDYNEが目指す「サイバニクス医療健康イノベーション」なのだと、山海氏は総括した。
 

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