高齢化に伴い、認知症の方が今後、ますます増えていくことが懸念されています。今のところ認知症の効果的な予防・治療薬はなく、薬以外の方法で発症を遅らせるのが、現時点での現実的な解決策です。その方法を探る研究が、国立長寿医療研究センターを中心に始まっています。どのような研究で何を目指すのか、同センターの荒井秀典理事長にお話を伺いました。
高齢になると認知症になりやすい、ということは何となく想像がつくかもしれません。ところが、日本人を対象にした、何をしたら認知症を予防できるのかという基礎的なデータはありません。
そこで、予防する仕組み作りのエビデンスを出すために行うのが今回のJ-MINTという研究です。正式名称の「認知症のリスクをもつ高齢者に対する進展予防を目指した多因子介入によるランダム化比較研究(Japan-multimodal intervention Trial for prevention of dementia)」から、英語の頭文字をとっています。
このJ-MINTとはどのような研究でしょうか。
名称の通り、認知症リスクがある人に対して生活習慣病管理、運動、栄養摂取、認知機能訓練という多因子にわたる介入をすることで、認知機能障害の進行を抑えられるかを検証するのが目的です。認知症リスクのある65~85歳の方440人を集めてランダムに220人ずつに分け、一方の群には18カ月(1年半)、先ほど述べた4項目の介入をします。それによって、研究開始当初と18カ月後で認知機能がそれぞれどれだけ変化していて、2つの群で差が出るかを実証したいと考えています。
今回の研究は、私ども国立長寿医療研究センターに加えて、名古屋大学、名古屋市立大学、藤田医科大学、東京都健康長寿医療センターが連携して行います。各施設ともさまざまな経験があるとはいえ、220人もの人に対してそれぞれが勝手にやっていては全く同じ介入にならず、結果の信頼性が保てなくなります。複数の施設でこれだけの人数に対して介入のクオリティーを担保するには、ノウハウが必要になります。そこで、運動や栄養管理、認知機能訓練に関しては民間企業のノウハウを生かしてアカデミアだけではできないことができるようにということで、SOMPOホールディングスとタッグを組むことになりました。
生活習慣病に関しては、糖尿病、高血圧、脂質異常症を、診療ガイドラインに準拠して管理します。
運動については、一般的な有酸素運動、筋に負荷をかける「レジスタンストレーニング」、バランストレーニングが基本です。当センターが開発した運動と認知課題(計算、しりとりなど)を組み合わせて行う「コグニサイズ」は、より効果が高いと考えているので、これも組み入れます。
栄養指導は面談と電話により実施します。
認知トレーニングはタブレットを用いた脳のトレーニングプログラムを使って行います。
こうした介入を加えた群と対照群で、半年、1年、1年半後にそれぞれ、認知機能の変化を評価します。同時に、採血をして、さまざまなバイオマーカー(病気の指標となる特定のたんぱく質など生体内の物質)や遺伝子の解析をします。また、MRIも撮って画像についても分析をします。そういうものを通して、どのような人には認知症予防の効果が出やすいかや、出にくい人にはどうするのか、といった次の課題につながるデータも出てくることを期待しています。
全体としてみると運動はいいとか、栄養の充実はいいであろうといわれていますが、本当にすべての人に効果があるのか、誰にもわかりません。今回の研究で血液などの検査もすることで、例えば「もともと認知機能が低下しにくい人はあまり頑張って運動をする必要はありません」とか「認知機能が落ちやすい人にはさまざまな介入で手厚くケアする必要があります」といったようなメッセージが出せないかと思っています。
そもそも、このような研究が必要とされる背景は何でしょうか。
国内の認知症の方は2012年に462万人で高齢者の7人に1人だったものが、2025年には約700万人、5人に1人になると推計されています(平成28年版高齢社会白書)。高齢者の認知症の割合は、諸外国では8~10%というデータがある中で、日本は10数%と非常に高くなっています。これから高齢化が進み、高齢者が増えれば認知症の方の数も増えることは当然予測されます。それによって若い世代も働きにくくなるといったように、認知症の方の数が増えることは、介護をする人だけにとどまらず、社会全体の問題なのです。
現在、治療薬の研究が進められていますが、まだ結果につながっていません。また、予防のための薬やワクチンといった戦略も、今のところ楽観できる状況ではありません。
薬はいつかできるかもしれませんが、それを黙って待つわけにはいきません。そこで、まずは薬によらない予防の仕組み作りを目指すことになったのですが、そのためにはエビデンスが必要です。そのような目的で日本医療研究開発機構(AMED)が公募した事業に採択されたのが、この研究です。
J-MINTの先駆けとして、海外では2009~11年にかけて、「認知機能と身体の障害予防に向けたフィンランドの高齢者に対する介入研究(Finnish Geriatric Intervention Study to Prevent Cognitive Impairment and Disability=FINGER STUDY)」が行われました。約1200人を対象にした大規模な研究で、運動・食事・認知トレーニング・血管リスク管理を行った群は、一般的な健康アドバイスのみにとどめた対照群と比較して、認知機能が維持・改善されたという結果が出ています。
この研究は人数も多く先駆的なものでしたが、認知症のメカニズムに迫る研究は行っていませんでした。
先ほど述べたように、私たちの研究では血液サンプルの採取やMRIなどにより、バイオマーカーや、遺伝子(DNA)や、メッセンジャーRNA(mRNA)、たんぱく質、代謝産物など生体内分子を網羅的に調べる「オミックス解析」、脳の画像解析といったデータ分析ができます。
私たちが最終的に目指すのは「社会実装」、すなわち認知症予防の取り組みを全国に広げることです。
そのためには、本当は1年半といわず介入群と対照群を長期間にわたりフォローし続ければいいのですが、両群で差が出た時、対照群をそのままにしておくことは倫理的にも難しいと考えます。ですから、研究期間が終わった後は、両群ともに本番よりもマイルドな、例えば2週間に1回の運動教室に来てもらうというような形でずっと追跡できないかと考えています。
当初、AMEDからは対象人数1000人という依頼を受けたのですが、当センターの実力をもってしても500人ずつのランダム化比較試験をするのは難しい。そこで、サンプルサイズの計算をしたところ400数十で目的は達成できるであろうと、今回の440人という数字になりました。
ただ、目標との差を埋めたいと思い、横浜市立大学と神戸大学に協力していただき、「J-MINTプライム」と名付けた400人規模の関連研究も行います。個々人をランダムに2群に振り分けるのではなく、例えば団地ごと、地域のグループごとに2群のいずれかに振り分けるなどし、2週間に1度の運動といったような、社会実装を想定したマイルドな介入をしていきます。
研究の結果、作った仕組みは広く公開できると思います。それをいろいろな自治体でやってもらえれば、認知症の増加を抑えられ、健康寿命を延ばせることを期待しています。このような形で結果を社会に還元できることがこの研究の最大のポイントです。
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