連載髙久史麿先生厳選 世界の医療情報

アルツハイマー病 なりにくいのは「女性より男性」「低身長より高身長」?

公開日

2020年05月12日

更新日

2020年05月12日

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2020年05月12日

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公益社団法人 地域医療振興協会 会長、日本医学会 前会長

髙久 史麿 先生

私自身の事を書いて恐縮であるが、私は東京大学を辞めて1990年に国立病院医療センター(現・国立国際医療研究センター)病院長・総長、自治医大学長を務めたが、その間、自分の専門とする血液学の方は学会への出席を含めて極めて怠け者になり、もっぱらインターネット上で“Health Day”、“Medical News Today”の医療記事を読み、興味を持った記事はコピーしておいた。これらの記事の一部は健康に関する少人数出席の講演会に使ったことがあるが、90%以上はそのまま地域医療振興協会の私の本棚に重ねておいた。

しかし最近になって、結構興味のある情報を私の本棚の中(タイトルだけは私の頭の中)にしまっておくのはもったいないように思えてきた。2017年に日本医学会会長を辞めてからだいぶ時間に余裕が生まれたので、今までためた上述の記事の一部を何らかの形で書き残したいと考えるようになった。

現在いくつかの医療雑誌の編集に関与しているので、その中の1つに小さな記事として投稿することを考えたが、同時に地域医療振興協会が出版している「月刊地域医学」に投稿することも考えた。「月刊地域医学」は自治医大の卒業生が目を通すことが多いのがその理由にあった。この雑誌は「地域医療」に関する記事が全体を占めているので、「世界の医療情報」はいささか場違いの記事ではないかとも考えた。しかし山田隆司編集長の強い勧めもあり、同誌に投稿することにした。それと同時に、より広範囲の方々の目に留まることも考え、メディカルノートにも寄稿することとした。執筆経緯の話が長くなったが、これからいくつかの記事を紹介したい。

カギ握る「タウたんぱく」ネットワークの違い

まずアルツハイマー病に関する論文をいくつか紹介したい。高齢化社会を迎えてアルツハイマー病が社会的な問題になっているが、同時に私自身の問題になるのではないかと現在恐れていることも執筆の理由となっている。

最初の論文はアメリカのVanderbilt University Medical Centerの精神行動科学教室の准教授Sepi Shokouhi氏が所属大学の「Center News」に報告し2019年7月7日のHealth Dayで紹介されている「女性の方がアルツハイマー病になりやすい理由の手がかり」(Clues to why Women Higher Odds for Alzheimer’s)という記事である。

私は今まで女性の方が長命だからアルツハイマー病になりやすいのだろうと単純に考えていた。Shokouhi氏はPETスキャンを使って正常人と軽度の認識障害(mild cognitive impairment)の患者の脳内のタウたんぱくがどのように広がって動くかを調べた。すると、タウたんぱくの広がりのネットワークが男性と女性とで異なって、女性の方が男性よりも脳の各部をつなぐ部分(bridging region)の数が多く、その結果としてアルツハイマー病が起こりやすくなっていると報告している。アルツハイマー病の発症にはアミロイドβとタウたんぱくの両方の蓄積が関与しており、最近ではアミロイドβよりタウたんぱくの方が重要な役割を演じているのではないかともいわれているが、この記事はこのことを裏付けているとも言えよう。

なお、アミロイドβたんぱくとタウたんぱくの両方に対するワクチン療法を同時に行った方がアルツハイマー病に有効なことも報告されている。このことも、いずれこの欄でご紹介したい。

脳のイメージ
写真:Pixta

平均より6cm長身ならリスク10%減

次に紹介するアルツハイマー病に関する記事は、身長の高い男性は低い男性よりもアルツハイマー病になりにくいという、私が予想もしなかった報告である。これは今年の2月19日発行のMedical News Todayに紹介されたデンマークのUniversity of CopenhagenのTerese Sara Høj Jørgensen准教授らによって行われた研究で、「the journal eLife」に報告されている。

対象者は1939~59年に生まれた66万6333人のデンマークの男性である。彼らは1957~84年まで徴兵のための検査を受けており、更にその後2016年までの健康状態が記録されている。その結果上述の66万6333人中1万599人が認知症を発症している。

この追跡調査の結果、身長と認知症の発症との間に関係があり、1933年生まれの人の平均身長175cmよりも6cm高い人は認知症になる危険が10%低いと結論している。これらの対象者の教育レベル、知能指数などとの関係を調整しても、上述の結果はあまり変わらなかったとのことである。また、兄弟で比較しても同様な結果が得られている。双生児の場合も身長による認知症の相違が同じようにみられたが、やや不明確になったとことである。

なお、この発表をした研究者たちは身長と認知症との関係は遺伝的な相違によるものではなく、幼少時における環境の相違によって起こったのではないかと推察している。

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公益社団法人 地域医療振興協会 会長、日本医学会 前会長

髙久 史麿 先生

公益社団法人地域医療振興協会 会長 / 日本医学会 前会長。1954年東京大学医学部卒業後、シカゴ大学留学などを経て、自治医科大学内科教授に就任、同大学の設立に尽力する。また、1982年には東京大学医学部第三内科教授に就任し、選挙制度の見直しや分子生物学の導入などに力を注ぐ。1971年には論文「血色素合成の調節、その病態生理学的意義」でベルツ賞第1位を受賞、1994年に紫綬褒章、2012年には瑞宝大綬章を受賞する。