連載髙久史麿先生厳選 世界の医療情報

アルツハイマー・ワクチン、マウスでは効果 ヒトへの臨床研究も

公開日

2021年04月13日

更新日

2021年04月13日

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2021年04月13日

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公益社団法人 地域医療振興協会 会長、日本医学会 前会長

髙久 史麿 先生

これまでアルツハイマー病に関するさまざまな研究を紹介してきた。認知症は高齢化が進む社会にとって大きな問題であり、世界中の研究者が治療や予防法の開発にしのぎを削っている。そうした研究からいくつかを紹介する。

日ごとの血圧変動が大きい人は認知症のリスク

まずは「血圧の変動が激しい人はアルツハイマー病になりやすい」という研究を紹介したい。アメリカ心臓協会のCirculation誌に「Day-to-Day Blood Pressure Variability and Risk of Dementia in a General Japanese Elderly Population(一般的な日本の高齢者集団における日々の血圧変動と認知症のリスク)」として掲載されたこの報告は、九州大学精神病態医学の小原知之氏によって行われ、2017年8月8日のMEDICAL NEWS TODAYに紹介されている。

家庭での血圧の測定が高血圧のコントロールに重要であることはよく知られている。小原氏らは認知症のない1674人の日本人(平均年齢70歳、女性56%)に1カ月間、家庭血圧を毎日朝食前に3回測ってもらっている。その中には高血圧の人だけでなく、服薬によって血圧が正常範囲に入っている人も含まれている。

5年間の経過観察中に134人がアルツハイマー病になり、47人が血管性認知症(脳梗塞<のうこうそく>や脳出血などによって発症する認知症)になっている。その結果から、血圧が安定している人に比べて血圧の日差変動(日によってのばらつき)がもっとも高いグループの人は認知症になる割合が2.27倍であると報告されている。血圧変動が激しい患者の中でも収縮期血圧がより高い人は、血管性認知症になる割合が高いが、アルツハイマー病になる危険性は特に高くなかったとのことである。

血圧変動大きい人は認知症悪化速度が速まる

同様の結果が、2019年9月26日発行のMEDICAL NEWS TODAYにも報告されている。その結果は欧州のいくつかの研究所の共同研究によって得られたものであるが、上述の結果と同様に血圧の変動の激しいアルツハイマー病の患者は認知機能の低下速度が速いことを報告している。これは対照群を置いた二重盲検試験(NILVAD study)で、アメリカ心臓協会のHyper tension誌に「Blood Pressure Variability and Progression of Clinical Alzheimer Disease(血圧変動と臨床アルツハイマー病の進行)」として報告されている。

対象となったのは平均年齢約72歳の460人で、いずれも軽度から中程度のアルツハイマー病に罹患(りかん)している。彼らは1日3回臨床試験センターで血圧を測定している。この研究を開始して1年および1.5年後に結果を解析したところ、血圧の変動のもっとも激しい人は変動のもっとも小さい人に比べて、明らかにアルツハイマー病の進行が速いとのことである。

私自身のことを述べて申し訳ないが、私も血圧が高めで毎日夕食後に降圧剤の「アムロジピン」を服用している。毎朝起床時に血圧を測定し、最高血圧が120~140の間にあってあまり変動がないので、まだアルツハイマー病にはならないのではないかと安心している。

認知症ワクチンの可能性は?

次の話題は、アルツハイマー病の原因と考えられているアミロイドβとタウタンパクの両方に対するワクチン療法についてである。2020年1月4日のMEDICAL NEWS TODAYで「Scientists draw closer to dementia vaccine(科学者は認知症ワクチンに近づく)」として紹介されている。またその結果はAlzheimer’s Research & Therapy誌に報告されている。

これはカリフォルニア大学アーバイン校と分子医学研究所の共同研究である。研究者は、アミロイドβとタウタンパクの両方の蓄積を抑える2つのワクチンの同時投与が有効ではないかと考えた。そこで、アミロイドβとタウタンパクの病的蓄積を起こす実験マウスに、アミロイドβに対するワクチン「AV-1959R」と、タウタンパクに対するワクチン「AV-1980R」を同時に投与した。すると両方に対する抗体が産生され、マウスの脳中の不溶性のアミロイドβとタウタンパクの減少を認めたとのことである。

上述のワクチンのアジュバント(ワクチンの効果を高める成分)は人間に対して害のないことはすでに証明されている。上述の研究者たちは、2年以内にヒトのアルツハイマー病に対する2ワクチン療法の臨床研究を始めるとのことである。

発症前に検出できる家族性アルツハイマー病の指標

このワクチン療法で問題になるのは、アミロイドβとタウタンパクの蓄積をいかに早く見つけてワクチンを投与するかである。この点に関して2019年1月23日のMEDICAL NEWS TODAYに「Alzheimer’s blood test detects brain damage years before symptoms(アルツハイマーの血液検査は発症何年も前に脳のダメージを検出)」の題で紹介されている。

研究を行ったのはワシントン大学医学部セントルイス校とドイツ神経変性疾患センター・チュービンゲンキャンパスの研究者たちで、研究論文はネイチャーメディシン誌に掲載された。

対象となったのは家族性のアルツハイマー病である。彼らは脳内の細胞に存在する「ニューロフィラメント軽鎖(NfL)タンパク」を研究の対象にしている。このNfLタンパクは、脳神経が傷を受けたり死滅したりすると脊髄液中に流れ出し、さらに血中に流出してくる。上述の研究者たちは、脊髄液中のNfLと血中のNfLの値とは相関しており、家族性のアルツハイマー病の患者では症状が現れる前、場合によっては16年前にはすでに、血中のNfL値が上昇していることを報告している。

家族性のアルツハイマー病は30~50歳代で発症しており、この結果が65歳前に発症する若年性アルツハイマーや、通常のアルツハイマーに当てはまるかについては言及されていない。軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)の患者の血液中でNfLが上昇しているかどうかは、今後追求すべき興味ある課題であろう。

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公益社団法人 地域医療振興協会 会長、日本医学会 前会長

髙久 史麿 先生

公益社団法人地域医療振興協会 会長 / 日本医学会 前会長。1954年東京大学医学部卒業後、シカゴ大学留学などを経て、自治医科大学内科教授に就任、同大学の設立に尽力する。また、1982年には東京大学医学部第三内科教授に就任し、選挙制度の見直しや分子生物学の導入などに力を注ぐ。1971年には論文「血色素合成の調節、その病態生理学的意義」でベルツ賞第1位を受賞、1994年に紫綬褒章、2012年には瑞宝大綬章を受賞する。