連載髙久史麿先生厳選 世界の医療情報

新型コロナウイルスをめぐる世界の学術研究

公開日

2020年05月21日

更新日

2020年05月21日

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2020年05月21日

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公益社団法人 地域医療振興協会 会長、日本医学会 前会長

髙久 史麿 先生

この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2020年05月21日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

周知のごとく、現在の最大の話題は新型コロナウイルス感染が世界中に広がっていることである。そこで、この主題についてのニュースを「世界の医療情報」の第2報として報告したい。

ワクチン開発をめぐる競争激化

新型コロナウイルス感染の制圧には、有効な薬剤と発症を抑えるワクチンの開発が必須である。

2020年4月6日のHealth Day「Why will it take Long for a COVID-19 Vaccine?(COVID-19ワクチンはなぜ長い時間がかかるのか)」では、中国の研究者は2019年の終わりにはコロナウイルスの遺伝子の解析を終了しており、中国とアメリカで臨床試験が始まっていると報道されている。Health Dayではアメリカの情報が詳しく載せられており、アメリカのNational Institute of Allergy and Infectious Diseases(国立アレルギー・感染症研究所)の研究者とバイオテクノロジー企業のModerna社との共同研究によって、数カ月で開発したCOVID-19ワクチンの臨床試験を始めているとのことである。彼らはコロナウイルスワクチンの開発に、インフルエンザやジカウイルスのワクチン作成に使った方法をそのまま応用し、コロナウイルスの遺伝子を導入してワクチンを作り、シアトル市で45人の健常者を対象にして6週間の第一相試験を行ったとのことである。

現在開発中のCOVID-19に対するワクチンは世界中で40種類もあり、上述のModerna社以外にも同じアメリカのInovio Pharmaceuticals社が最大40人の健康人に対して自社の開発したCOVID-19ワクチンに対する第一相試験をフィラデルフィアとカンザス市で行っていることが4月5日に発表されているとのことである。

新型コロナウイルスの感染が私どもの行動を強く制限している現状を考えると、上の報告で紹介されたワクチンの1日も早い実用化を強く望む次第である。

血清抗体療法は有効か

新型コロナウイルス感染症に関するもう1つの話題として、同じく2020年3月20日のHealth Dayで紹介された、新型コロナウイルスに感染して良くなった人の血液を重症の患者に使う「Could COVID-19 Survivor’s Blood Help Save Very Ill Patients?(COVID-19から回復した人の血液は重篤な患者の治療に役立つか)」という報告を紹介したい。

新型コロナウイルス病の生存者の血中には当然のことながらコロナウイルスに対する抗体が存在しているので、その血清抗体を重症コロナウイルス病の患者の治療に使うという考えである。このような考えは20世紀の初頭からあり、麻疹、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、インフルエンザの患者で行われた。1918年にはスペイン風邪の世界的流行でも回復患者の血清の輸注が行われている。

さらに最近では2003年のSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)や2012年のMERS(Middle East Respiratory Syndrome)の際にも回復患者の血清が使われ、いずれも症状の改善、生存率の向上をもたらしたと報告されている。なお、新型コロナウイルス感染者に対する回復患者の血清の輸注は既に中国で245人の患者に対して行われた。結果の詳細は明らかにされていないが、この方法が安全で患者の血中のウィルス量が減少したとのことである。「血中に注入された抗体がどれくらいの期間有効なのか、どれくらいの抗体量が必要なのか、などの問題が未解決」とあるが、わが国でも試みるだけの価値があると考えられる。しかしこの血清抗体療法が上述のワクチン療法に取って代わることはないであろう。

コロナウイルスに関するその他の情報として、2020年4月10日のHealth Dayでは、アメリカでは18歳以下の人は感染率が低く感染しても症状は軽度、重症になるのはぜんそく、心臓疾患、がん治療薬による免疫抑制の状態にある子供と報告されている。しかし日本では若い人の感染の増加が問題になっており、海外では乳幼児の死亡も報告されているので油断は大敵であろう。

同じ日のHealth Dayに体温、呼吸や心臓の状態を測定する指輪が紹介されている。このような装備は、医療従事者にとって有用な器具と言えるであろう。

重篤患者の3分の1に脳神経症状

脳神経症状が現れた患者さん

最後に、患者の症状についての新しい情報に、簡単に触れたい。コロナウイルス感染症では発熱、せき、肺炎と呼吸器系の症状が主になっている。しかし2020年4月10日のHealth Dayでは、脳や神経系に新型コロナウイルスが感染しているのではないかと報道している「Brain, Nervous System Affected in 1 in 3 Cases of Severe COVID-19(COVID-19重篤症例の3分の1で脳神経系に影響)」のでご紹介したい。

その報告によると、中国の新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大する前に、武漢市で患者の36.4%に神経症状がみられたとのことである。しかも新型コロナウイルス感染症の典型的な症状である発熱、せき、下痢などの症状が出現する前に脳・神経症状が表れたという。この報告はJAMA Neurologyの4月10日号に報告されている。COVID-19感染の初期から臭覚や味覚が失われることが以前から報告されていたが、中枢神経の症状も表れるということである。この研究は、214人の患者を対象に、2020年1月16日から2月19日まで観察した結果である。中枢神経症状は特に重症患者に表れ、しかも他のCOVID-19の症状はない場合が多いとのことである。214人中6人に脳梗塞(こうそく)や脳出血がみられ、しかもそれが死因となっていた。その他多くの患者で意識障害、目まい、頭痛、けいれんなどの症状が、味覚や臭覚の低下とともに認められたと報告されている。

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公益社団法人 地域医療振興協会 会長、日本医学会 前会長

髙久 史麿 先生

公益社団法人地域医療振興協会 会長 / 日本医学会 前会長。1954年東京大学医学部卒業後、シカゴ大学留学などを経て、自治医科大学内科教授に就任、同大学の設立に尽力する。また、1982年には東京大学医学部第三内科教授に就任し、選挙制度の見直しや分子生物学の導入などに力を注ぐ。1971年には論文「血色素合成の調節、その病態生理学的意義」でベルツ賞第1位を受賞、1994年に紫綬褒章、2012年には瑞宝大綬章を受賞する。