注射をされるとき、笑顔またはしかめっ面で痛みを軽減できるという研究が2020年12月26日のMEDICAL NEWS TODAYに「Can a smile reduce the pain of an injection?(笑顔は注射の痛みを軽減できる?)」として掲載された。国内では医療従事者に続いて高齢者の新型コロナワクチン接種も始まった。「新型コロナを予防したいが注射は苦手」という方は参考にするとよいかもしれない。
人間は激しい痛みに直面すると、目をしっかりと閉じ、頬を上げ、歯をむき出しにする傾向がある。特定の動物も同様に、専門家がしばしば「しかめっ面反応」と呼ぶ表情を示す。これらの顔の筋肉組織の変化は、従来考えられてきたものとは異なる解釈をすることができる可能性がある。「笑顔」との共通性である。
カリフォルニア大学アーバイン校社会生態学部の研究者たちは、これらの顔の動きがストレスや痛みの状況下でどのように働くのかのテストに着手した。彼らは特に、注射の最中に研究協力者の表情を変化させることが、痛みや注射に関連するストレスに影響を与える可能性があるかどうかを調査した。この研究結果は、Emotion誌に掲載されている。
科学者たちは長年、顔の表情が痛みの知覚や気分に与える影響に関心を持っていた。通常は、感情が元になって表情が現れると考えられる。その逆の「顔面フィードバック仮説」では、例えば、顔の筋肉を活性化することによって、感情的な経験を強化したり、あるいは減らしたりできると述べている。研究者が協力者の顔の筋肉を操作して表情を変えると、感情への影響が発生する可能性がある。この研究の著者は、「被験者が意識しているかどうかにかかわらず、笑顔を作ることが感情を前向きに変えるかもしない」と述べている。
顔の表情と痛みの感覚との関連を調査するために、研究者たちは231人の協力者を募集している。協力者全員が、インフルエンザワクチンの接種に使用されるものと同じ針を使用して生理食塩水の注射を受けた。
研究者たちは協力者を4つのグループに分け、注射の前と注射中に箸をくわえることによって、協力者の顔を次のような表情に操作した(表情のサンプルは学部ウェブサイトに掲載)。
注射の前に、協力者は針についてどれほど心配しているかを尋ねる質問票に記入している。
協力者が表情を保っている間、医師が生理食塩水の注射を行った。注射の後に包帯を巻いてから、協力者は箸を口から外し、どのくらいの痛みを感じているかについて、質問票に記入した。6分間の休息の後、協力者は再び自分の痛みのレベルを報告している。研究者たちはまた、この注射がどれほどのストレスであったかも尋ねた。
さらに、注射前、注射中、注射後に心電図をとっている。また、協力者の皮膚の電気抵抗、または皮膚電気活動(EDA)の変化も測定した。EDAは、心理的または生理学的覚醒の尺度として用いられる。
研究者によると、操作された表情の効果は注射直後に最も強かったとのことである。「Duchenne smileとしかめっ面のグループは、ニュートラルな表情のグループと比較して、針の痛みが約40%少なかったと述べている」と説明している。
心拍数は、Duchenne smileのグループは中立のグループよりも大幅に低いことが判明している。他のグループ間には有意の差はなかったとのことである。EDAに関しては、Duchenne smileグループで若干数値がよい程度であった。
全体としては「これらの調査結果は、笑顔としかめっ面の両方が針の主観的な痛みを改善できることを示しているが、Duchenne smileは、他の表情よりも体のストレス誘発性の生理学的反応を鈍らせるのに適している可能性がある」と結論付けている。また、しかめっ面と笑顔という異なる表情が同じように機能した理由については「両方の表情で同様に筋肉群が活性化されるという事実によって説明できる」と研究者は報告している。
ただし、この研究にはいくつかの限界がある。まず、4つの実験グループの中で最大のDuchenne smileでも66人の協力者しかいなかった。また、協力者の83.5%は白人であった。すなわち、この結果は他の人種には当てはまらない可能性がある。また研究者が指摘しているように、協力者は比較的若くて健康であった。
さらに、箸を口にくわえるため不自然な表情であり、自然な表情を再現しているわけではない。そして著者は、「この研究での表情は、真の感情的経験の強度を満たしていなかった」とも述べている。
しかし、主任研究者であるSarah Pressman教授は、調査結果について前向きな見解を述べている。「我々の研究は、注射の恐怖を軽減するための方法として、簡単で無料、かつ臨床的に意味のある方法を示している。笑顔や顔をゆがめることがどのように役立つかを理解することによって、医療現場で見られる多くの痛みやストレスが効果的に軽減されることを願っている」とのことである。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。
公益社団法人 地域医療振興協会 会長、日本医学会 前会長
公益社団法人地域医療振興協会 会長 / 日本医学会 前会長。1954年東京大学医学部卒業後、シカゴ大学留学などを経て、自治医科大学内科教授に就任、同大学の設立に尽力する。また、1982年には東京大学医学部第三内科教授に就任し、選挙制度の見直しや分子生物学の導入などに力を注ぐ。1971年には論文「血色素合成の調節、その病態生理学的意義」でベルツ賞第1位を受賞、1994年に紫綬褒章、2012年には瑞宝大綬章を受賞する。