年を取るにつれて、さまざまな病気にかかりやすくなりがちです。その中でも、認知症は高齢化と切っても切れない関係にあります。厚生労働省が2015年に策定(2017年に改訂)した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」によると、2025年には65歳以上の5人に1人、全国で約700万人が認知症になると推計され、認知症の人がより良く暮らしていける社会づくりが模索されています。その答えの1つとして、今回は訪問診療から見た認知症について考えます。
78歳の男性Aさんは若いころから病院嫌い。70歳を過ぎたころから少しずつ記憶力が低下し始め、それから年齢を重ねるごとに幻覚や徘徊(はいかい)といった症状も見られるようになりました。年齢的にも認知症を疑った家族が病院に連れて行こうとするのですが、なかなか聞き入れてもらえませんでした。家族が地域の介護センターに相談した際に紹介されたことがきっかけで、訪問診療を開始することになりました。
「認知症」というと「アルツハイマー病」を思い浮かべる人が多いでしょうが、ほかにも「血管性」「レビー小体型」「前頭側頭型」があり、症状もさまざまです。また、ほかの病気によって認知機能の低下を来すこともあり、 一見認知症のような症状がみられても、背景に別の病気が潜んでいることもあります。それらの鑑別のためにも、1度は頭部MRIなどの検査を実施することが望ましいです。特に急速に記憶力が低下したり今までできていたことができなくなったりしたなどがあれば、早めに精密検査を受けるようお勧めします。
前述のように、認知症の症状はさまざまで、Aさんのように幻覚や徘徊といった目立つ症状が出る方もいれば、逆に元気がなくなり家に閉じこもってしまうような方もいます。それぞれの症状に合わせて、薬や接し方、どのような介護サービスを使用していくかなどを考える必要があります。そのためには患者さんとしっかり話をして、どのように生活をしているかを把握する必要があるのです。
ところが、Aさんのように病院に行きたがらない方だと、今までは家族が病院に受診し、薬だけもらってくるという“治療”をすることもよくありました。そうすると、実は薬があまり合っていなくて、症状が悪化してしまうということもあり得ます。また、患者さんと接して病状や生活状況などを把握しないと、適切な治療や介護サービスの提案もできません。
そのような方にとって、医師がご自宅で患者さんを診る訪問診療は大きなメリットになることがあります。というのは「病院に行くのは嫌だけど家に来るなら診察を受けてもいい」と考える方がいらっしゃるからです。
さらに、病院に受診すると、頑張って行こうという気持ちが強くなり普段と違った状態になることもあります。また、患者さんがどのように生活しているか見えにくくなりがちです。これに対して、自宅で診察をすることにより、患者さんもリラックスできます。加えて自宅でどのように生活しているか、きちんと食事を取れているか、排泄(はいせつ)などを問題なく行えているか――などを観察し、把握することも可能になります。
もう1つ重要なこととして、薬を決められた通り飲めているかなども、訪問診療ならば確認できます。認知症の患者さんは薬を飲むのを嫌がったり飲み忘れたりして、自宅で大量の薬が発見されることも往々にしてあります。必要な薬が飲めていないなら、ヘルパーさんに手助けしてもらう必要も出てきます。
認知症は病院での治療だけで完結することは難しい病気で、治療だけでなくケアも大切です。また、家族だけでなく地域が全体となって支えていく必要もあります。そのために病院や介護センターに相談し、たくさんの人が関わっていく必要があります。
前述の薬の飲み忘れに限らず、家族の介護負担を減らすためにもデイサービスなどの介護サービスの利用を検討することもあります。 介護サービスについてのプランを作成するのはケアマネジャーですが、訪問診療を受けている場合には医師が病状や求められる医療的サービスについてアドバイスや提案をすることができます。昔と違ってさまざまな介護サービスがありますので、患者さんに適したものを利用することで本人はもちろん、家族の満足にもつながります。そうすることにより認知症があっても、より自分らしい生活を送ることが可能となります。訪問診療で認知症の患者さんを診ていくことは、その重要な一助になり得るのです。
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医療法人社団四季 理事長
初期臨床研修後に放射線科でICTの基礎を学び、プライマリーケアの現場DXを推進するため在宅医療法人へ参画。知見を医療・ヘルスケア領域でより広く活用し、患者体験の向上に寄与することをキャリアのミッションと考え、ルサンククリニック(医療法人社団四季)を設立した。