日本癌(がん)学会は2022年9月29日から横浜市で開催する第81回学術総会に合わせ、10月1日にウェブと現地のハイブリッドで行われる市民公開講座「みんなで取り組む、がん克服への挑戦」の参加者を募集している。がん治療の最新情報に加え、がんサバイバーの体験談なども披露され、基礎研究者、臨床の医師、患者が一体となってがん克服への道筋を探る。
学術総会の村上善則・学術会長(東京大学医科学研究所人癌病因遺伝子分野教授)は、今回の市民公開講座のテーマについて「近年、基礎研究が長足の進歩を遂げた。全てではないにしてもがんは確実に治る、あるいは長期にコントロールできる病気として、完全に撲滅することはできなくとも克服することは可能になってきた。それを全面的に応援したいという思いを込めた」と説明する。
日本癌学会は、本来“基礎研究”の学会だ。しかし、かつてはかなり離れていた基礎研究の領域と、診断・治療が徐々に近づき、現在は一体化するまでに距離がなくなっているという。
市民公開講座はまず、がんサバイバーの虫明洋一・毎日放送社長とクラウドファンディング事業を手がけるREADYFORの米良はるかCEOが登壇。虫明氏は「どうして生きたいのか」の演題で体験などを語る。
米良氏は自身の経験を基に「がん研究への期待」をテーマに講演する。
第2部は「がん研究の最前線」として、第一線で活躍する研究者が最新の研究成果について一般にも分かりやすく説明する。
最初に登壇する東京大学医科学研究所癌防御シグナル分野教授、中西真氏の演題は「老化とがん」。加齢はがんを含めたほとんどの病気の大きなリスクファクターだが、年を取ることで病気になりやすくなるのはなぜなのかは分かっていなかった。最近になり、老化細胞などの炎症誘発細胞が臓器や組織に蓄積して微小環境に悪影響を及ぼすことが機能低下やがんなどの病気の原因になることが分かってきた。マウスによる実験では、老化細胞を除去すると加齢に伴う機能低下や老年病が改善することが示された。中西氏の講演では、老化細胞除去や高齢者の老化細胞蓄積に関する知見を紹介し、老化細胞を標的としたがんの治療薬や予防薬の可能性について議論する。
続いては、東京大学医科学研究所先端医療研究センター先端癌治療分野教授、藤堂具紀氏が「ウイルスでがんを治す」と題して、実用レベルに達した「がんウイルス療法」について解説する。ウイルスは感染した細胞内に入り込み、最終的に細胞を破壊する。ウイルス療法は、がん細胞のみで増えるウイルスを感染させることでがん細胞を破壊して治癒を図るというもの。治療に用いるウイルスは、がん細胞では増殖するが正常細胞ではまったく増えないウイルスを「設計」し、遺伝子工学的に作られる。藤堂氏はこの方法で日本初のウイルス療法薬を作成、脳腫瘍の一種「悪性神経膠腫(こうしゅ)」の治療薬として2021年保険収載された。「設計」次第でさまざまながんへの応用が可能と考えられ、「がん医療に革命をもたらす」と期待されている。
最後の演者は国立がん研究センター先端医療開発センター・センター長、土井俊彦氏。「最新がん医療 がん克服に向けて」として、バイオテクノロジー技術による新しい治療の創出について解説する。その1つとして注目されているのが「武装化抗体技術」。抗体と薬物を結合した「抗体―薬物複合体(ADC)」や「近赤外光免疫療法(NIR-PIT)」もこの技術によるものだ。もう1つの注目すべき技術は、遺伝子治療や再生細胞医薬品。iPS細胞医薬品やCAR-T細胞による治療は、がんの治癒を目指せる治療として期待されている。講演では実用化されている治療を含め、最新の技術を概観する。
最後に会場、ウェブ参加者から寄せられた質問に演者が回答するパネルディスカッションの時間も設けられる。
参加無料。横浜市西区みなとみらいのパシフィコ横浜で15時半開会。定員は220人で、9月23日(ファクスの場合は16日)までに申し込む(定員を超えた場合は先着順)。ウェブ参加は定員なしで、申し込み締め切りは9月30日正午。いずれも
を記入し、電子メール(jca2022shimin@convention.co.jp)もしくはファクス(03-3508-1302)で。メールの場合は件名を「第40回市民公開講座参加希望」とする。詳細は同学会のウェブサイト。
市民公開講座に先立ち学術総会の一環として開かれる公開シンポジウム「患者と医療者が協創するがん医療を目指して」にも一般の参加が可能。同シンポジウムは日本学術会議臨床医学委員会腫瘍分科会との合同開催で、人文科学系の研究者からみたがん医療などについてもディスカッションする。市民公開講座と合わせて、がん医療の現状についてより理解を深めてもらう狙いがあるという。
学術総会では、がん免疫療法の開発で2018年にノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑・京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センター・センター長が初日のプレナリーレクチャーで講演する。また、がん研究の異分野融合についての特別企画には、ソフトレーザーによる質量分析技術の開発で2002年にノーベル化学賞を受賞した島津製作所田中耕一記念質量分析研究所長、田中耕一氏が講演。全体を通じて、がんが治る病気になりつつある現状までの道のりと、“本当の治療”に至るこれからの道筋を考える場とする。
総会では、若手・女性研究者の育成強化にも力を注ぐ。ヤングサイエンティストアワード受賞講演、日本癌学会女性科学者受賞講演を設けるほか、通常のシンポジウムを1枠削り、「カッティングエッジセッション」としてこの1年の間に出された注目すべき論文の第1著者に講演の場を作った。さらには、クラウドファンディングで募った資金をもとに、若手研究者を表彰する。
村上学術会長は「若手研究者、中堅も含めて力をつけてもらうとともに、頑張っている姿を発信してもらいたい。こういった活動が10年、20年後にがん治療の開発につながればいいと思っている」とその意義を強調する。
新型コロナウイルス感染症の影響で過去2回の総会は主にオンライン開催となり、今回は3年ぶりの現地開催となる。「医療が逼迫している職場もあることからオンラインでの参加もできるよう工夫はしている。しかし、原則は現地に集まり、エネルギーを結集して研究の全体を見通し、新たな出会いから新たな研究を芽吹かせるのが総会の本来の姿。多くの研究者に参加してほしい」と村上学術会長は呼びかけている。
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