スマートウオッチなどのウエアラブルデバイスは、心電計として不整脈の発見に寄与するなどさまざまな生体情報も取得できるよう進化を続けている。新たな機能の1つとして血糖値測定の研究も進められている。実用化に向けたハードルや可能性について、国立国際医療研究センター研究所糖尿病研究センター長/日本糖尿病学会理事長、植木浩二郎先生に聞いた。
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現在実用化されている持続血糖測定器(CGM:Continuous Glucose Monitoring)は装着時に微細な針を刺して間質液(細胞と細胞の間に存在する液体)を測定する仕組みだが、スマートウオッチは針を刺さない「非侵襲型」として開発が進む。2022年2月、科学誌「Nature」に、「時計バンドに固定されたセンサーによって手首で経皮的に間質液を取得し、血糖を測定した結果84.34%の精度を示した」とする研究結果が掲載された。専門家の目から見て実用化は見通せるのだろうか。
「非侵襲型の血糖値測定法は過去30年ほどさまざまな方法が試されていて、それができれば素晴らしいことだと思います。しかし、これまではことごとくうまくいっていません。何年かおきに『もうすぐ完成する』というニュースが流れましたが、実用レベルのものを見たことがありません。私を含め多くの人が悲観的に思っているのではないでしょうか」と、植木先生は話す。
糖尿病患者にとって、特に低血糖は直接、命に関わる。たとえば血糖値が下がりすぎてしまったときに、不正確な表示によって低血糖であることが明示されずに放置すると、最悪の場合は意識障害や昏睡に陥ることもある。ゆえに医療機器としては高い正確性が要求され、誤差が10%でも大きいとされる。正確に血糖値をモニターしながらインスリンの注射量を調節するといった使い方ができるまでにはまだ距離がありそうだ。
Natureの論文で研究者は「近い将来、このプロトタイプに基づき商品が開発される可能性がある」としているが、植木先生は「医療機器の精度をもって実現するには、まだ相当なブレイクスルーが必要でしょう」と予測する。
一方、健康な人や、素因があるものの糖尿病との診断を受けていない人が、どんなものを食べるとどのように血糖値が上がるか、どの程度の運動をすると血糖値がどう変動するかといったことを知り、ある種の食物を控えたり運動をしたりといった「行動変容」を促す、歩数計のような健康デバイスとして登場する可能性はある。そのような商品であっても「あまり正確ではないもの、あるいは規格が統一されていないものが広がるのは好ましくない」と植木先生は懸念する。医療機器としても使えるレベルまで精度を高めていけるか、研究のさらなる進展を注視したい。
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