現在の肺がん外科領域の国際的な基本術式を大きく変えうる研究結果が2022年4月22日、世界でもっとも権威ある医学誌の1つ「The Lancet」電子版に掲載されました。13年という長い年月をかけて行われたその研究で、日本のがん死亡数1位(2019年データ)となっている肺がんに対する手術は、今後どのように変わるのでしょうか。JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)肺がん外科グループの主任研究者を務める岡田守人先生(広島大学病院 呼吸器外科 科長/教授)にお話を伺いました。
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The Lancetに掲載されたのは、日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group:JCOG)肺がん外科グループ、および西日本がん研究機構(West Japan Oncology Group:WJOG)呼吸器グループ(外科)が主導した「JCOG0802研究」です。
この研究は、肺野末梢小型非小細胞肺がん(肺がんの中でもっとも多い非小細胞肺がんのうち2cm以下かつ肺の外側部分に発生したもの)に対して、国際的に標準治療とされていた肺葉切除(5つに分かれる肺の「葉」の1つを全て切除する術式※下図参照)と、限られた範囲を切除する「区域切除」のどちらが適しているのかが検証されました(試験対象は国内多施設の患者約1100人)。
肺の構造 素材:PIXTA
その結果、非劣性試験(有効性が一定以上劣らないことを示す試験)のみならず、優越性試験(対照群に比して有効性が優ることを示す試験)でも、区域切除が全生存期間で有意に優ったのです。これは、従来の肺葉を1つ丸々切除する術式よりも、がんがある狭い区域だけを切除したほうが、全生存期間を比較した場合に劣らないどころか優っているということです。
この報告により、これまで臨床病期1Aの2cm以下の小型肺がんに対する基本的な標準術式だった「肺葉切除」に代わり「区域切除」が推奨されるようになると予想されます。
本研究の根底にあるのは「切除範囲を小さくすることで肺機能を温存すべし」という考え方です。手術で一部を切除しても再生する肝臓などとは異なり、肺という臓器は基本的に再生しません。とすれば、がんが治ることを前提にするならできるだけ肺を残すべきです。なぜなら、手術で組織を切り取るのはある意味で“簡単”ですが、切り取る部分が大きければ大きいほど術後の肺活量は下がり、結果としてQOL(生活の質)や予後に悪影響を及ぼすことは自明です。
このような点から、肺がん手術において追求するべきは「いかに肺機能を温存しながら的確に病変を取り除くか」という点ではないでしょうか。今回の研究報告により肺がん外科領域の基本ポリシーが大きく変容し、「がんを根治する」という一辺倒な考えが変わり、患者さんにとってより負担の少ない手術をする未来が見えてきたと思います。
写真:PIXTA
これまでは、臨床病期1Aの小型肺がんに対する基本的な標準術式は肺葉切除であり、それが国際的標準治療でした。しかし、世界的に検診や診断機器の精度は向上し続けており、たとえばCT検査やPET検査を行うことで従来は発見できなかったような非常に小さな肺がんが見つかるようになったのです。そして、その件数は爆発的に増加しています。このような流れのなかで、従来どおりに肺葉を丸ごと切除する術式が果たして適切であるのか疑問視されるようになったというわけです。
現在の標準治療の根拠となっているのは、1995年に発表された論文です。この論文では、肺葉切除を行ったグループは肺区域切除または肺部分切除群よりも5年生存率が良好で、かつ肺区域切除または肺部分切除群のほうが、局所再発率が肺葉切除群よりも有意に高いという結果が示されました。しかし、この研究は1982~1988年の症例が対象でデータとしては古く、しかも当時はまだCT検査もない時代でした。このような点を踏まえ、日本を中心に積極的に区域切除を行う施設が増加し、関連する論文も発表されるようになったのです。
そのなかで、JCOG0802研究は2008年から始まり、13年という長い年月をかけて今回の研究結果の発表に至りました。実は、当初は非劣性試験で非劣性を示す、すなわち「予後は変わらないが機能温存の面で勝る」との結果を想定してデザインされていました。ところが結果を見てみると、驚くべきことに非劣性試験のみならず優越性試験でも有意な差が出たのです。さらに、年代別や喫煙の有無など、手術後の経過や結末に影響する要因によるサブグループ(部分集団)ごとに解析をしても、解析された全てで区域切除が優っているという結果が示されました。これはまさに想定以上で“文句なし”の結果であり、私は結果を目にしたとき驚きと興奮で震えました。
研究の話とは離れますが、コロナ禍でがん全般の発見が遅れており、肺がん領域も例外ではありません。行動の自粛や感染リスクの懸念によりがん検診の件数が減少し、進行した状態の肺がんが見つかるケースが増えています。コロナ禍であっても潜在的な肺がん患者は減りません。しかし、医療機関の受診を控えるいわゆる“受診控え”の影響などによりがん検診を受ける方が減少し、その結果、早期に見つかるはずだった肺がんが遅れて発見されるケースが増加しているのです。
先にお伝えしたとおり、近年は検診・検査の精度が向上し続けており早期の小さな肺がんでも見つけられるようになってきました。早期に発見できれば、そのぶん「治せる」可能性が上がることはいうまでもありません。なるべく早期に異変を検知できるよう、必要ながん検診はきちんと受けていただくことが重要です。
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