年間約100万人の方が診断され、約37万人の方が命を落とすといわれるがん。肺がん、胃がんなどよく耳にするがんもあれば、目のがんである眼腫瘍、筋肉や脂肪に生じる軟部肉腫など、あまり聞き慣れないがんもあります。このように発生率が少ない、まれながんのことを「希少がん」といいます。近年この希少がんに対する考え方が変わってきたと話す国立がん研究センター希少がんセンターのセンター長を務める川井章先生に、希少がんの定義や考え方の変化、医療現場における現状、現在の取り組みなどについてお話を伺いました。
※「希少がん対策ホームページ」はこちらをご覧ください。
※本記事は、厚生労働省「希少がん診療ガイドラインの作成を通した医療提供体制の質向上班」研究による企画を転載したものです(研究代表者:名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学教授、小寺泰弘先生)。
希少がんとは一般的ながんと比較して発生率が低い、まれながんのことをいいます。具体的な発生率の基準は国によって異なりますが、日本の場合2015年に行われた希少がん医療・支援のあり方に関する検討会での議論の結果、「10万人あたり6例未満のがんで、数が少ないために診療・受療上の課題がほかのがんよりも大きいもの」に対し、この名称が使われるよう定義されました。
日本では約190種類の希少がんがあるといわれており、代表例としては、眼腫瘍、軟部肉腫、消化管間質腫瘍(GIST)などが挙げられます。1つ1つのがんの割合は1%未満ですが、全てを合わせるとがん全体の15%を占めると考えられています。
希少がんについて考える際、いわゆる希少サブタイプ(フラクション)の問題は避けて通れません。希少サブタイプとは、近年の分子生物学の進歩によって、従来、1つの病気として認識されていたがんの中から、共通した分子異常によって括られる希少な疾患群のことで、代表的なものにはALK肺がんやROS1肺がんが挙げられます。
このような希少サブタイプは次々と見出されており、その成り立ちから、分子標的治療の最適のターゲットと考えられ、がん研究・診療の最先端でもあります。一方、臨床病理学的に従来から1つの病気として認識されているまれながん、いわゆる“狭義の”希少がんは、希少でありながらさまざまな分子異常を背景とした腫瘍であることが明らかにされつつありますが、希少ながんであるがゆえなかなか一発逆転とはゆかない地道な対応が必要な腫瘍群と考えられています。
希少がんの診療においては、まれな病気であるためにデータの蓄積が難しく、個々の医療機関の経験値が不十分で診療のレベルが向上しないことや、科学的根拠の高い治療ガイドラインの作成が難しいことなどの課題があります。
そこでこれらの課題を解決するために、国立がん研究センターでは2014年に希少がんセンターを発足し、希少がんに対する診療をなるべく集約化して一部の医療機関に患者さんを集めるよう取り組んできました。
実際に診療の集約化を始めてみると、同じ「狭義の希少がん」でも一部の医療機関に診療を集約化できる希少がんと、集約化の難しい希少がんがあることが分かってきました。私たちはこの分類を希少がんの「タイプ1」「タイプ2」と分類し、それぞれの種類に合わせた適切な診療方法を検討しています。
タイプ1は眼腫瘍や肉腫など、通常がんを診ないような診療科の対象となるがんが含まれます。
これらの希少がんは一般の医療機関では診療が難しいため、多くががんを専門的に診られる医療機関に紹介されます。そのため診療の集約化が行いやすく、一部の医療機関に症例が集まるため、次第に診療のレベルが向上することが期待できます。ただし、これらの希少がんを診られる医療機関はかなり限られるため、地方に住む患者さんの通院の負担が重くなるなどの課題が残されています。
タイプ2は消化管間質腫瘍(GIST)や悪性胸膜中皮腫など、日頃からがんを診る頻度の高い診療科の対象となるがんが含まれます。
たとえばGISTの場合、それ自体はまれながんですが、胃や大腸に生じるため、日頃から胃がん・大腸がんを診る消化器科の先生であれば、それらのがんに準じた診療が可能です。そのため希少がんであっても各医療機関で治療が完結してしまい、集約化されにくい傾向にあります。ただし、GISTが通常の胃がん・大腸がんとは異なる特徴を持つがんであることには違いないため、個々の医療機関がGISTに対する適切な治療を実施できているとは限らず、治療の標準化が課題となっています。
このように同じ希少がんであってもタイプ1とタイプ2では抱えている課題が異なり、それぞれの解決に向けた取り組みが必要です。
私たちは厚生労働省の協力のもと、希少がんに対して適切な医療を提供できるよう、さまざまな取り組みを行っています。その1つが、地域の希少がんセンターの発足です。
前述のとおりタイプ1のような集約化が必要な希少がんでは、患者さんが地元で治療を受けることが難しく、通院に負担がかかるという課題があります。また、診断を受けた患者さんがどの医療機関を受診すればよいか分からず迷ってしまうため、実際の診療に結びつくまでに時間がかかってしまう場合も少なくありません。このような課題を解消するためには、各地域に希少がんの適切な診療ができる医療機関を確立させ、地域の必要な医療情報を提供できるような体制づくりが必要です。
そこで現在、関西・九州の2エリアをモデルケースとして、地域の希少がんセンターづくりを行っています。関西地方では大阪国際がんセンターに、九州地方では九州大学にその役割を担ってもらい、希少がんの診療だけでなく、周辺地域でどのような医療が受けられるのかなど地域に根ざした情報の収集・提供ができる体制を構築中です。各地域の医療機関の実績や症例数などの正しい情報を入手できる体制を築くことで、患者さんが治療先に迷わず受診できるようになることを期待しています。
また、タイプ2のような集約化しにくい希少がんに対しては、一般的ながんと同様にそれぞれのがんに対する診療ガイドラインを作成し、各医療機関の診療レベルの均一化を目指す取り組みを行っています。
希少がんはその珍しさもあって、患者さんやご家族など一般の方が知りたい情報を入手しにくい側面があります。また医療機関に勤務する医療従事者にとっても、初めて見る症例が多く、対応に迷ってしまうことがあります。
そこで、私たちは2014年より「希少がんホットライン」を開設し、希少がんの患者さんや医療従事者の方に対する情報提供を行っています。実際のお問合わせとして、患者さんからは「これからどのような医療機関を受診すればよいのか分からない」「病気に関する説明が医師によって異なる」などの悩みが寄せられます。一方、医療従事者からは「初めて見る症例で自信を持って対応できない」「どんな医療機関に紹介すればよいか分からない」といった悩みが寄せられます。私たちはこれらの問い合わせに対応しながら、希少がんに対する課題を吸い上げ、解決に向けて動いています。
また、希少がんと診断された患者さんが病院選びで困ってしまうことがないよう、2017年からは「希少がんにおける情報公開専門病院におけるリスト」を作成・公開しています。こちらのページでは症例数、病理診断の正確性、論文の数、施設共同研究の参加数などいくつかの基準を満たした医療機関をリストアップしており、希少がんを専門的に診ている医療機関を調べることができます。「地元で治療を受けたい」「症例数の多い病院で治療を受けたい」など、患者さんのニーズに合わせて活用していただきたいと思っています。
「希少がん」という言葉は、数年前まで医療従事者でも知らない方がいるような、認知度の低い言葉でした。しかし、国や医療機関、患者さんやそのご家族などの取り組みによって徐々に認知度が高まり、その課題や重要性についても理解されるようになってきました。
希少がんに限らずがん治療においては、患者さんやご家族が正しい情報を知り、自ら治療方針を選択していくことがとても大切です。希少がんの分野においても新しい治療薬が承認されるなど、情報が日々変わっていきますので、私たちは正しい情報を広く発信していけるよう、今後も努力していきます。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。