連載希少がん 診断と治療の“現在地”

希少がん患者さんにこそゲノム医療の恩恵を―個々人のがんを狙い撃つ新たな治療の“武器”

公開日

2022年03月28日

更新日

2022年03月28日

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2022年03月28日

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がんの解明が進み、より精密な薬物療法ができるようになってきました。「患者さんごとに異なるがん」をターゲットとする「がんゲノム医療」に大きな期待が寄せられ、治療に悩む希少がん患者さんにも多大な恩恵をもたらすと考えられています。本記事では、がんゲノム医療の現状や課題、希少がんとの関わりについて、谷口浩也先生(愛知県がんセンター 薬物療法部 医長)のお話をまとめました。

※「希少がん対策ホームページ」はこちらをご覧ください。

※本記事は、厚生労働省「希少がん診療ガイドラインの作成を通した医療提供体制の質向上班」研究による企画を転載したものです(研究代表者:名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学 教授 小寺泰弘先生)。

がんゲノム医療とは?

がんの薬物療法には、主に化学療法、内分泌療法、分子標的療法があります。従来からある化学療法は「殺細胞性抗がん剤」と呼ばれ、がんのある場所を根こそぎ叩くような治療です。

全身に効くという特徴とともに、食欲不振や便秘、下痢、だるさ、手足のしびれなどの副作用が問題となります。

長らく殺細胞性抗がん剤による薬物療法が主流の時代が続きましたが、1990年代になり、特定の分子のはたらきを抑える「分子標的療法」が登場しました。殺細胞性抗がん剤は、正常細胞にもダメージを与えるものでしたが、分子標的療法で用いる分子標的薬はがん細胞に特徴的な増殖因子だけを狙い撃つことができます。

がんの薬物療法が脈々と進展してきたなかで、ここ数年で広まりつつあるのが「がんゲノム医療」。がん患者さん一人ひとりにどのような遺伝子変化が起きているのかをゲノム解析で明らかにしたうえで、その方に合わせた薬を投与する医療です。“個人個人のがんを狙い撃ちする治療”とイメージいただくと分かりやすいでしょう。

がんゲノム医療の登場によって、従来の化学療法が必要なくなるわけではありません。いずれも抗がん剤治療の重要な選択肢であり、「がんと闘う武器が増えた」と考えることができるでしょう。

がんゲノム診療の「診断」

ここからは、がんゲノム診療がどのように行われるのかについて、具体的なお話をしていきます。がんゲノム診療は「診断」と「治療」の大きく2つのステップに分かれます。

がんの遺伝子変化を調べる検査―血液採取でも検出可能

2019年に「がん遺伝子パネル検査」が保険適用となったことで、がんゲノム診療が大きく前進しました。ヒトには2万を超える遺伝子がありますが、そのうちがんの治療標的となる重要な遺伝子は数百程度といわれています。それらの遺伝子に異常がないかを調べるのが、がん遺伝子パネル検査です。

最近では、がんの遺伝子変化を血液や体液から調べることができる「リキッドバイオプシー」という技術も登場。これを応用した新しいがん遺伝子パネル検査も、2021年3月に日本で承認されています。従来は体の奥深くに隠れているがんの性質を調べるために、体の外から針を刺してがん細胞の一部を採取する必要がありました。しかし、リキッドバイオプシーを応用した検査ならば、血液を採取するだけでがんの遺伝子変化を調べることができます。

がん遺伝子パネル検査を受けるには? 対象や費用

がん遺伝子パネル検査は、がんゲノム医療中核拠点病院(全国12カ所)・がんゲノム医療拠点病院(全国33カ所)・がんゲノム医療連携病院(全国185カ所)で受けることができます(2022年2月1日現在)。2019年の開始から実施件数は着々と増えており、2021年10月までに2万4000人弱の方が検査を受けています。

保険診療の対象者は、希少がんなどで標準治療がない固形がん、または標準治療の終了が見込まれる場合とされています。結果説明を受けた際に、全身状態が良好であり薬物療法の適応となることも条件です。

費用はゲノム検査料とゲノム検査診断・説明料を合わせて約56万円で、3割負担の場合は17万円ほどです。ただし高額療養費制度を利用する場合には、年齢および所得状況などにより設定される限度額分の負担となります。

初回診療から結果が分かるまで

初回診療では、検査の説明や検体準備を行います。そして2回目の外来で、検体状況の説明と検査実施意思の確認を行ったうえで、検査を実施します。また検査によって、がんになりやすい体質が下の世代に受け継がれるものかが判明することもあるため、その結果を知りたいか、知りたくないかの意思も確認します。

そして、検査から約2カ月後に結果説明を行います。結果自体は2〜4週間くらいで出るのですが、結果の解釈が非常に難しいことが2カ月を要する理由です。1人の医師の知識だけでは判断することができないため、病理医、遺伝医療の専門家、がんゲノムの専門家などの有識者を集めた「エキスパートパネル」という会議の中で、検査結果をどう解釈するか、適した治療法は何か、適応となる治験・試験はあるかなどが話し合われます。

治療に結びつくのは8.1%

がん遺伝子パネル検査は、患者さんに合う薬を見つけることが目的ですが、検査を受けても患者さんに役立つ情報が得られない可能性もあるのが現状です。がんについて未解明なことが多い、解析がうまくいかない、遺伝子変化が見つからない、治験・試験の参加条件に合わない、薬剤を投与する基準に当てはまらない――など理由はさまざまです。実際に、がん遺伝子パネル検査を受けて新しい治療が見つかった患者さんの割合は、8.1%といわれています。

しかし裏を返せば、100人中8人は非常に大きな恩恵を受けられたことになり、決して低い割合ではないでしょう。体に大きな負担のかかる検査ではないため、新たな治療法を探るための選択肢の1つとして有用だと考えます。

がんゲノム診療の「治療」

高額な治療薬―費用負担の問題

がんゲノム医療の「診断」は進んできたものの、「治療」についてはまだまだ課題が残ります。まず費用に関する制度の問題があります。

がん遺伝子パネル検査は保険診療で受けることができますが、検査の結果、患者さんに合う薬が保険適用外であることが多々あります。日本の医療制度では、保険診療と自由診療を同時に受ける「混合診療」が原則禁止されているため、こうしたケースでは、本来なら保険診療でできることも全額自己負担(自費)となります。

ただし、治療が「治験・先進医療・患者申出療法」のいずれかに該当する場合には、混合診療が認められ、保険診療と自由診療を切り離して考えることができます。治験の場合には、患者さんの費用負担は基本的にありません。しかし、患者さんに合う治療薬が先進医療の対象だった場合には、費用が非常に高額となることも多く、患者さんが全額負担する必要があります。

全国から参加可能 リモート治験の実施

検査の結果、治療標的が見つかり、適した条件の治験があっても受けられない患者さんが多数いることも大きな課題です。治験は国の承認を得るために、薬の候補を用いて効果・安全性・治療法を検討する試験ですが、実施している施設は限られています。そのため、実施病院が遠方の場合、現実的に通うのが難しく、参加を諦める患者さんも少なくありません。

こうした現状を改善するために、愛知県がんセンターでは2022年2月から「リモート治験」を開始しました。オンライン診療を行って患者さんに治療薬を送付し、かかりつけ病院で血液検査や画像検査を受けられる体制を整備中です。この方法では、同センターに直接来院せずとも、日本全国の患者さんが治験に参加できます。

希少がん患者さんにこそ、がんゲノム医療を

希少がんは、患者数の非常に少ないまれながんの総称です。最近では、大腸がんなどの一般的ながんであっても、非常にまれな遺伝子変化を持つ「希少サブタイプ」というがんも増えてきています。こうしたがんは、患者数が非常に少ないために、治験・臨床試験の実施が困難であり、そのために治療開発が遅れていることが大きな問題となっています。

一方で、がんゲノム医療を受ける機会は、希少がんであってもほかのがん患者さんと平等に与えられています。むしろ、標準治療が十分に確立していない希少がん・希少サブタイプの患者さんこそ、がんゲノム医療の恩恵を受けられるのではないかと考えています。ぜひ、がん遺伝子パネル検査を検討してみてください。

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