連載希少がん 診断と治療の“現在地”

目にできる珍しい「ほくろのがん」の診断から治療まで―患者さんのお話

公開日

2021年04月28日

更新日

2021年04月28日

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2021年04月28日

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日本人の死因1位を占めるがん(悪性腫瘍)の中に、「希少がん」という領域があります。希少がんとは人口10万人あたり6例未満の珍しいがんの総称で、その種類は200近くあり全て合わせるとがん全体のおよそ15%です。しかし1つ1つがまれであることから、診断や治療が難しい・患者さんが情報を探しにくいという課題があります。今回は希少がんの中でも特に珍しい、目にできるほくろのがん「脈絡膜悪性黒色腫*」と診断され治療を受けた患者さん(女性、70歳代、岐阜県在住)のお話を基に、治療までの経緯やその過程で感じたことなどをまとめました。

*脈絡膜悪性黒色腫:成人の眼球内に生じる悪性腫瘍で、ぶどう膜(脈絡膜、毛様体、虹彩)悪性黒色腫に含まれる。国内の発症は年間50人ほどと非常に珍しいがん。初期の段階ではあまり症状がなく、進行に伴い視界が欠ける・ぼやける・歪むなどを自覚するようになる。

※本記事の内容はあくまで1つの例です。同じ病名であっても、病気の性質や体の状態などにより経過や治療選択は異なります。

※「希少がん対策ホームページ」はこちらをご覧ください。

※本記事は、厚生労働省「希少がん診療ガイドラインの作成を通した医療提供体制の質向上班」研究による企画を転載したものです(研究代表者:名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学 教授 小寺泰弘先生)。

Q 「脈絡膜悪性黒色腫」と診断されるまでの経緯

60歳代から両目に飛蚊症(ひぶんしょう)(視界にごみや虫のようなものが飛んでいるように見える症状)がありました。ただ、飛蚊症は年のせいだと思っていたし、自分で調べたときに「飛蚊症は治らない」という情報を目にしたので、特に治療などは検討していませんでした。

最初に異変を感じたのは2010年12月頃で、道を歩いているときに右目の飛蚊症が急にひどくなりました。黒い斑点や線が飛ぶように見えるのですが、その数が急激に増えたのです。さすがに心配になって、自宅近くのクリニックに駆け込み、診てもらいました。一通りの検査をした後、担当医から「すぐに大きな病院で診てもらってください」と言われ、岐阜県内の総合病院への紹介状を書いてもらいました。その時点でははっきりと病名は分かりませんでしたね。

実は、その少し前に子宮頸(しきゅうけい)がんの疑いがあると分かったのですが、進行していない初期の状態でした。そこで、まずは目の治療を優先したほうがよいと担当医が判断し、総合病院では目の精密検査を先に行うことにしたのです。

その結果、どうやら目の中にがんがあることが分かり、複数の検査を実施。その中で、全身を調べるためのPET検査(放射性薬剤を体内に投与し、特殊なカメラでとらえて分析・画像化する検査)を行うことに。年内は混んでいたので年明け1月頃にPET検査を行うための予約を放射線科で取りました。その際、名前に見覚えのある医師が偶然にもその放射線科にいることを知り、「目のがんがあるようで心配しています」というメモを残しました。すると驚くことにその日の夕方に先生からお電話があり、「カルテを拝見しました。年明けなど悠長なことは言っていられないので、今年中に診断できるよう調整します」と言ってくれたのです。

2週間ほどして同じ放射線科を訪ねたところ、「脈絡膜悪性黒色腫」との診断。病名が初めて分かったのがこのときです。担当医からは「このまま放置すると余命は半年ほどです」と言われてしまいました。それを聞いたときには実感がなかったのですが、病院からの帰り道はあまりのショックに心が沈んでいた記憶があります。

しかし、なるべく早く治療を始められるようにという放射線科の先生の取り計らいのおかげもあり、年明け早々には新しい病院を訪ねることができました。今思えば、あのタイミングで先生に出会えていなかったら、私は今頃生きていないかもしれません。もしくは右目を失っていたかもしれない。「放っておけないから」と親身になり迅速に対応をしてくださった方々に心から感謝しています。

写真:PIXTA

写真:PIXTA

Q 診断後にはどのような治療を行ったのですか

放射線治療の1つである「重粒子線治療(ヘリウムイオンより重い粒子線を体に照射してがんを治療する方法)」を受けるため、千葉県にある病院を紹介していただきました。まずは大学病院で目の中に小さな金属を埋め込みマーカーを付ける手術を受け、1週間ほど入院して重粒子線治療を受けることに。担当医は治療について丁寧に説明してくれました。費用は数百万円と高額でしたが、民間の保険でカバーできたので自己負担額はそこまで大きくなかったです。

子宮頸がんについては、信頼する放射線科に相談し、放射線治療を行いました。

Q 治療による生活への影響などはありましたか

重粒子線治療による痛みなどはなく、体への負担が少ないことに驚きました。「今日で治療は終わりです」と言われたときは本当にほっとしましたね。仕事にも支障なく復帰することができて嬉しいです。治療後すぐにカンボジアの山奥に行ってボランティアに参加したいと言ったときには担当医からはさすがに驚かれましたけれど。

治療前には後遺症の可能性についても説明され、実際にいくつか後遺症が残っています。たとえば、白内障や緑内障になりやすいこと。私の場合は治療後1~2年後に白内障になり、手術をしました。そのほかには涙点(目頭にあり涙を吸収する穴)が塞がれているので涙があふれやすく、また目のまわりに皮膚炎が起こった際の跡が残りました。生活するうえで少し影響はありますが、こうして命があることを思えば大して気にはなりません。

後遺症の可能性を考慮して、現在は年に2回ほど総合病院で検査を受けています。

病気の診断と治療の流れ

Q 病気の情報や病院選びなどで参考にしたもの

脈絡膜悪性黒色腫は希少がんの中でも特に珍しく、本やインターネットで情報を調べても満足のいく答えは見つかりませんでした。そのようななかで親身になって話を聞いてくださる先生の存在は大きかったです。一方で難しい医療用語などは理解しにくかったのですが、一度聞いたことを再び尋ねることは申し訳ないと思い、分からない言葉をそのままにしてしまったことはありますね。当時は、医療者と一般生活者の間にものすごい知識量の差があるように感じていました。

Q 同じような状況の方へのメッセージ

私が発症したメラノーマ(悪性黒色腫:「ほくろのがん」とも言われる)のような場合、なるべく早く治療することが大事だと実感しました。というのも、私の知り合いが食道にメラノーマができたのですが治療できずに半年ほど経って結局亡くなってしまったからです。私の場合、よい先生に出会い診断から治療まで迅速に対応していただけたことは幸運だったと思います。もしメラノーマが疑われる場合、できるだけ早く病院を受診して治療を検討するとよいのではないでしょうか。

研究代表者 小寺泰弘先生からのコメント

希少がんにはその病気そのものの珍しさと、できた部位の珍しさの2つの側面があります。メラノーマは欧米では珍しくありませんが、わが国では希少がんに当てはまるのではないでしょうか。また、眼球も悪性腫瘍が発生する部位としては珍しく、その治療には眼科領域ならではの特殊な知識や手技が必要です。その意味で、脈絡膜悪性黒色腫は「二重の希少がん」といっても過言ではありません。

眼球の悪性腫瘍はこのような事情からもっとも集約化、つまり専門施設に患者さんを集めることが必要とされている領域です。このような病気について患者さんはためらわずに専門施設を受診すべきであることを知っていただきたいです。この点は国立がん研究センターの「希少がんホットライン」で調べることができますが、まずは患者さんがアクセスできるよう、より広く啓蒙する必要があると考えています。

重粒子線は放射線療法の中でも特殊なものです。適応も限られますし、わが国ではまだ限られた場所でしか受けることができません。しかし、よい適応であった場合には効果にも期待できます。

外科医など手術療法を仕事とする医師は、自分が実際に手術を行う臓器以外の病気にはあまり詳しくありませんが、放射線科の医師は放射線を当てることを仕事とされているので、放射線療法の対象となる病気については臓器を問わずよくご存じです。今回はそのような医師との出会いがよい結果に結びついたものと思います。

※希少がん患者さんの関連記事は以下をご覧ください。

1)「骨軟部腫瘍(肉腫)」の患者さん

2)悪性リンパ腫の1つ「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」の患者さん

※「希少がん対策ホームページ」はこちらをご覧ください。

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