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内科出身は初 日本癌治療学会・吉野理事長に聞く 学会の役割と目指すあり方

公開日

2024年08月05日

更新日

2024年08月05日

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2024年08月05日

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日本癌(がん)治療学会の第8代理事長に、吉野孝之・国立がん研究センター東病院副院長が就任した。初代から7人続いた外科出身者の後を受け、初めての内科出身理事長となる。組織の革新を望む声に押されたという吉野理事長に、学会の役割と目指すべき方向性、学問としてのがん治療の魅力などについて聞いた。

さまざまな職種が集う大きな学会

日本癌治療学会(JSCO)は1963年に設立された歴史ある団体です。2023年10月の学術集会で、第8代理事長に就任しました。

当学会は、約1万6300人(2023年7月)の医療従事者・研究者が集う大きな学会です。会員は医師がもっとも多いのですが、看護師や薬剤師など多様な職種の方がいます。全会員の中では外科医が約45%で一番多いのですが、内科や泌尿器科、産婦人科などさまざまな診療科にまたがって会員がいます。

前任の7人はいずれももっとも会員数が多い外科の先生でしたが、時代の流れで「内科の医師をトップにおき、組織の革新を望む」という声があり、そのなかで私が初めての内科出身理事長に就任することになりました。

多岐にわたる活動

学会としての活動も多岐にわたります。

学術集会は毎年10月ごろに開催し、2024年の会場は福岡市です。セクショナリズムを超えて毎回多くの人がそろい、横断的に「患者さんに対するベストの治療はなにか」という議論が展開されます。

海外の団体との関係構築も重要な取り組みです。カウンターパートとしてはアメリカのASCO(American Society of Clinical Oncology:アメリカ臨床腫瘍学会)と非常に強いコネクションがあります。ヨーロッパのESMO(European Society for Medical Oncology:欧州臨床腫瘍学会)とも関係があります。さらに、AOS(Asian Oncology Society:アジア腫瘍学会)は、岐阜大学の吉田和弘学長が理事長、私が副理事長の1人を務め、本部は当学会事務局の中にあります。このように欧米、アジアに開かれた学会になっています。

学会が学術団体であるという基本的なしるしは、きちんとした学術機関誌(ジャーナル)を持っていることです。当学会はInternational Journal of Clinical Oncology(IJCO)、International Cancer Conference Journal(ICCJ)という2つの機関誌を運用しています。

患者さんに近いところでは、PAL(Patient Advocate Leadership)があります。これは「患者さんとそのご家族を支援する活動の中心となる人」という意味で、そうした人材を育成する学会事業がPALプログラムです。▽がん患者・家族を支援する団体運営者または個人が、内外のがん医療に関する知識と最新の情報を得ていただく▽学術集会で得た知識や最新の情報をもとに、ご自身の活動地域や領域において、日本のがん医療やがん患者・家族の支援の質を向上させるための活動を行っていただく――の2つを目的に、2009年の第47回学術集会から継続して実施してきました。

さらに「がんnavi(認定がん医療ネットワークナビゲーター)制度」を通じてナビゲーターの育成を行っています。ナビゲーターの資格を得た人は、地域におけるがん診療情報や医療サービス情報などを収集し、がんの患者さんやその家族に適切に提供する役割を担います。国の「第4期がん対策推進基本計画」でも、患者さんと病院をつなぐ人の重要性について記載され、我々のがんnavi制度が評価されていると思っています。

誰も取り残さない医療環境構築を目指して

私の理事長としての任期は最大で4年あります。この間に▽会員2万人達成▽ジャーナルの国際的地位向上▽がんnaviと認定CRC(臨床研究コーディネーター)を倍増させる――などを通じて、誰も取り残さない医療環境構築に尽力したいと思っています。

若手が積極的に海外に行けるような制度の充実も重要です。最近若い先生が海外に行かないことが気になっています。海外の学会に参加する際、現地でもオンラインでも変わりがないと思っている先生が多いのですが、実はまったく違います。現地参加すると、発表した先生とじかに話をし、今何をしているか教えてもらえます。オンラインでは輝かしい発表をするのですが、それは完成した研究です。現地に行って完成までの苦労や、今どんな研究をしているかなどを聞くことで、5年後はどうなっているかといった未来を見ることができます。ただ発表を聞くだけでなく一流の人と触れ合ってほしいという思いから、より多くの人が海外に行けるよう支援計画を立てていこうと思っています。人材を人財とも書きます。人は財産です。人財の育成に全力をつぎ込み、国際人財にまで飛躍する若者の姿を夢見ています。

先に述べた学術誌IJCOは現在、インパクトファクター(学術雑誌の影響度を評価する指数)が2点台です。世界で“一流”と認められるには10点を超える必要があり、それに向けた方策も打っています。具体的には、25人の理事の先生に毎月1人ずつ、それぞれの得意分野で論文を執筆してもらい「JSCO Board of Directors Series」として掲載します。また、PMDA(医薬品医療機器総合機構)とコラボして新薬承認や副作用情報を英語で発信します。学会には製薬企業の人も会員として参加しているので、画期的な治療薬を出した企業の人に開発の過程などを書いていただき「インダストリービュー」というタイトルで掲載しようと、企業にアンケートをしているところです。

学術集会は現在、毎回6000~7000人が参加していますが、これを海外の人も増やしながら1万人ほどにしたいと思っています。海外からの演題も増えつつあり、今年は500を超えて国際的な色彩が強くなっています。

学術集会で重要な変更として、これまで禁止してきた録音、撮影を許可する方向にかじを切ることにしています。欧米の学会はすでに録音、撮影、SNSでの発信も許可しています。社会に自分たちの活動を広く発信する仕組みを取り入れて、医療従事者のものだった学会をよりパブリックにしていくという活動を目指していきます。

“奇跡のコラボレーション”でヘルスケア改革実現を

新薬の日本での承認に時間がかかるドラッグラグ、日本に入ってこないドラッグロスの問題は、がん領域でも増えています。たとえば、アメリカのベンチャー企業が新薬を開発しても、企業としての体力がないことに加え、日本の規制の厳しさなどもあって日本での展開を躊躇してしまいます。

ではどうするか。日本の資本で海外の製薬企業とのジョイントベンチャーを作って動かすことが必要だと考えています。今まで医師がやってきた領域とは違いますが、海外のスタートアップ企業と我々がコミュニケーションをとって投資会社とつなげる。それによって日本で薬の開発が行われ、日本の患者さんにも新薬が届く――実際にそうした動きも始まりつつあります。

我々は今まで、医療機器、製薬企業だけを見てきました。しかし、これまで考えたこともなかったような企業と組むことが、革命的な治療を生み出す原動力になるのではないでしょうか。“奇跡のコラボレーション”が日本の医療を変え、医療が日本経済を支える“医療創生”を起こし、それによってヘルスケア革命(治す医療から治し支える医療への転換)を実現したいと思っています。

がん治療の魅力

現在国民の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなっており、この病気を克服できれば国民は幸福になります。そのためにはがんを予防する多角的な活動が必要です。それでもがんになってしまう人はいますから、患者さんに高い水準の医療を提供できる人がいなければ、「1人も取りこぼさない医療」は実現できません。ですから、まず第一にがん専門医が増えてほしいと願っています。

がんの治療は3~4年に一度、教科書がほとんど書き換えられ、「そんなことはあり得ない」と言われていたことがある日現実になるなど変化が非常に速くなっています。これまでとはまったく発想の異なる効き方の薬が新しく出たり、目の前の患者さんがよくなったりということを自分で体験できることが多い領域です。「明日死ぬかもしれない」と言われた人が、治療が奏効して「先生ありがとうございました」と元気に自宅に帰るのは素晴らしい経験ですし、医師としてのやりがいもあると思います。

がん治療の中で腫瘍外科、内科のなり手が少ないのは我々の努力不足もあるかもしれません。その反省もあって、医学生や高校生を対象に、若いうちから「がんの治療って素敵なんだ」ということを話す機会を作っていこうと思っています。もう1つ、若手にどんどん海外に行って生涯の記憶に残るような体験をしてもらう、といったことなどを通じてがん治療に興味を持つ人を増やし、自分が患者さんを診る立場になったら非常にやりがいのある仕事であることを実感してもらう。そのようなことを積み重ねていくことが、若手をこの領域に引き込むために必要だと思っています。

私は防衛医科大学校で災害医療を学び、初期研修を終えたときに内科に進むことを決めました。内科で一流になりたければ、がんか炎症を極めなければいけないと考え、たまたま知り合いが国立がん研究センターに移ったことで、自分もがんを極めようとがん治療の道に入りました。この領域は、奥が深くて終わりがない、実に魅力的な世界が広がっていました。とはいえ、私の理想は「いつか“終焉”が来る」ことです。学問としての終わりは同時にがんの患者さんが全員治る時代の到来であり、それは先ほどお話した「国民の幸福」の実現を意味するのです。
 

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