日本口腔外科学会は2024年11月22~24日、横浜市のパシフィコ横浜で第69回総会・学術大会を開催する。「AI時代の口腔外科とは何か」を考え、口腔外科医療が進化し続けるためのプログラムが用意されているという。また、口腔外科は、歯が原因で顎のまわりが化膿したり、歯肉に埋まった親知らずの難しい抜歯をしたりといった誰にでも起こり得る症状の治療にも対応する。期間中、同会場内で一般向けに口腔外科とはどのような診療科かを知ってもらうための市民公開講座も予定されている。大会長を務める池邉哲郎先生(同学会理事長/福岡歯科大学口腔・顎顔面外科学講座口腔外科学分野教授)に市民公開講座の狙いや学術大会の見どころなどについて聞いた。
今大会のテーマは「『口腔外科学の創造的進化へ向けて』Creative Evolution toward New Oral and Maxillofacial Surgeryとしました。「創造的進化」はフランスの哲学者、アンリ・ベルクソンの著書のタイトルから引用したもので、ダーウィン的な遺伝子変異による有機的な進化ではなく、生命の躍動による我々の内面の進化を指すものと理解しています。次代の口腔外科とは何かということを問いかけるような学術大会にしたいという思いから、この言葉を選びました。
AIをはじめ新しい技術が台頭するなかで、口腔外科医療が生き残るためには私たち口腔外科医の意識や発想を進化させる必要があります。AIによって、我々の発想や医療の在り方も変わってくるでしょう。そこで、AI時代の口腔外科とは何かを会員の方々に考えてもらい、自分たちの内的な進化を刺激するようなプログラムが考えられないかと、このようなテーマにしました。また、若手の創造的進化を促す大会になることへの期待も込めています。
学術大会では、一般向けの啓発活動として11月24日14時45分から、パシフィコ横浜の第3会場で市民公開講座*を開催します。今年は「あなたに身近な口腔外科~口腔外科専門医が語る~」と題して「誰でも明日かかるかもしれない病気」の治療をテーマに選びました。
口腔外科というと、口腔がんや顎変形症の治療など、全身麻酔を伴う大きな手術を連想する方も多いと思います。しかし、たとえば歯肉に埋まっている親知らずの抜歯や虫歯からの細菌感染による炎症、「顎が外れた」と表現される顎関節脱臼の治療なども口腔外科医の役割です。私は、このような誰でもなってしまうかもしれない症状の治療を「エッセンシャルな口腔外科医療」、大がかりな治療を必要とするものは「アドバンスな口腔外科医療」と個人的に名付けています。今回の市民公開講座は「エッセンシャルな口腔外科」の紹介となります。
テーマに「専門医が語る」とあります。専門医とは(一社)日本歯科専門医機構という第三者機関から「知識と技能がある」と認定されたことを示す資格で、広告することも認められています。認定された口腔外科専門医を受診していただければ、エッセンシャルな治療もアドバンスな治療も安心して受けていただけるということを、この公開講座を通じて多くの方に認識していただきたいと思っています。
*市民公開講座は事前申し込み不要、参加費無料。詳細はウェブサイト参照
大会のプログラムについて、いくつかピックアップして詳細をお話します。
最初にご紹介したいのは満屋裕明・国立国際医療研究センター研究所長の特別講演「新興・再興感染症との戦いの過去・現在・未来と日本のサイエンス」です。満屋先生は米国立衛生研究所(NIH)傘下のがん研究所(NCI)に留学し、世界初のエイズ治療薬「AZT」を開発し、ノーベル賞の候補者として名前が挙がる高名な方です。新型コロナウイルス感染症がやや落ち着いた今、あらためて感染症について考える機会を持ちたいと、特別講演をお願いしました。ウイルス性疾患の治療薬開発の最前線で闘ってきた先生から、医療人、科学者としての貴重なお話が聞けると期待しています。
次にご紹介するのは、認定NPO法人ロシナンテス理事長、川原尚行さんの教育講演「究極の医療は戦争をしないこと、させないこと~スーダン内戦を経験して~」です。ロシナンテスは、アフリカに医療や水を届ける活動を続けている団体です。昨年、福岡歯科大学が独自に開いている学会で講演をお願いしたところ大変すばらしいお話だったため、もっと多くの方に聞いていただきたいと考え、口腔外科学会にもお呼びすることにしました。
特別報告として公立能登総合病院の長谷剛志・歯科口腔外科部長に「備えよ! 能登半島地震と病院歯科の役割 ~口腔被害の意外な理由とは~」と題してお話しいただきます。長谷先生は元日の能登半島地震発生後、口腔外科医として医療援助活動をされました。口腔外科医は、大きな災害発生時に歯や顎の骨が折れた人など負傷者を治療する立場にあります。いつ来るか分からない大災害への心構えをするためにも、まだ記憶も生々しい能登半島地震で実働した長谷先生に、当時の状況や活動などお聞きしたいと思います。
オランダ・ラドバウド大学のトマス・マール教授による「Advancing Oral and Maxillofacial Surgery through Artificial Intelligence(人工知能による口腔顎顔面外科の進歩)」と題した海外招聘講演は、オランダでデジタル技術を取り入れた口腔外科医療を早くから行っていたマール教授に、AIを応用したヨーロッパの口腔外科についてお話しいただきます。
最後に「薬剤関連顎骨壊死(MRONJ=Medication-Related Osteonecrosis of the Jaw)」に関連する2つのプログラムを紹介します。1つはシンポジウム「MRONJポジションペーパー2023 before / after」です。MRONJは、骨粗鬆症の治療や予防に使う一部の薬の影響で顎の骨が壊死する病気です。原因となる薬を使った患者さん全てで起こることはないのですが、口腔外科にとっては非常に患者さんが多く、治療がしにくい病気です。当学会は診療に際しての指針となるよう2023年にMRONJの病態と管理に関するポジションペーパーを発表しました。発表後の治療動向や予後などその診療の実態について議論します。
また、MRONJは海外でも問題となっていることから国際シンポジウム「MRONJ~各国の現状と対策~」を企画しました。韓国、台湾、ドイツ、インドから専門の先生をお招きし各国の状況についてお話しいただきます。
MRONJのプログラムには毎年多くの会員が集まります。それだけ関心が高く、また治療に困っている病気といえます。
近年、歯科医師の数が減少傾向にあります。特に地方での減少幅が大きく、歯科医師の地域偏在が起こる恐れがあります。また全国的な傾向として、歯学部卒業後に口腔外科に進む学生が減少しています。その影響で、地方では歯科医師の減少以上に口腔外科医の減少が深刻化する可能性があると考えています。
難しい抜歯や歯肉の細菌感染、歯が折れるなどの外傷、顎骨の骨折などエッセンシャルな口腔外科治療はどの地域にも必要です。また、プログラムの紹介で能登半島地震に触れましたが、災害が起こったときにも口腔外科は重要な役割を果たします。
外科医のなり手不足も話題になるように、外科系は急患や呼び出しがあったり手術が長時間に及んだりすることに加え、診療にはリスクもあることなどから若手から敬遠されがちですが、やはり後継者をしっかり育成していくことが我々の課題です。口腔外科医は一定数、日本の社会に必要なのだということを、学術大会や市民公開講座を通じて社会に伝えられたらよいと思っています。
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