「アジアと欧米の違い Bridging across the Pacific」をテーマに、第33回日本乳癌学会学術総会が7月10~12日、東京都新宿区の京王プラザホテルと工学院大学 新宿キャンパスを会場に開催される。本大会に合わせて、乳がん患者・家族や市民を対象にした患者・市民参画プログラム「BC-PAP(Breast Cancer Patients and Advocates Program)」も企画されている。会長の石川孝先生(東京医科大学 乳腺科 主任教授)に、テーマに込めた思いや今回の総会の特徴、乳がん治療の現状などについて聞いた。
今回の学術総会のテーマは「アジアと欧米の違い Bridging across the Pacific」としました。海外の臨床試験の結果が日本の治療にも反映されていますが、乳腺外科医になってからずっと「海外で創出されたエビデンスが、医療体制も体質も違う日本人の患者さんに当てはまるのだろうか」という思いがありました。
臨床試験からエビデンスが導き出されるまでには時間がかかります。メタ解析*では時に10年前のデータも使われ、それが結果として公表された時点では最新の治療は変わってきていることもあります。エビデンス・ベースド・メディスン(EBM:科学的根拠に基づく医療)は非常に重要なコンセプトですが、エビデンスをそれぞれの患者さんにそのまま当てはめるのではなく、私たちが考えながら参考にすべきものだと思っています。
そうした思いをテーマに込めました。「違い」には場所的なもの、時間的なものに加え、エビデンスが創出される背景も含まれ、乳がんの治療ではそうしたものも考えなければいけないということを意味しています。
*メタ解析:複数の臨床試験結果をまとめて解析することで、より総合的な評価をすること
前々回の第31回、前回の第32回総会に引き続き、今回の学術総会でも患者さん・ご家族のためのプログラム「BC-PAP」を、ウェブ参加を含めたハイブリッド形式で企画しています。BC-PAPとは、乳がんの体験者(患者さんおよびサバイバー)やご家族など一般の方を対象に、乳がん治療の基本から最新情報まで分かりやすく提供し、医療者と共に乳がん診療の課題について議論し交流する場として立ち上がりました。ご自身の学びだけでなく、ほかの患者さんへの支援活動に役立てることや、よりよい乳がん治療の実現につなげていくことを目的としたプログラムです。
日本乳癌学会には3年ほど前に患者・市民参画委員会が設置されて患者会の代表者も参加しています。3年目になって委員会が成熟してきたこともあり、BC-PAPのプログラムも時間をかけて検討され充実したものになってきました。
乳がんの患者会はまとまりがよく学会との有機的な連携も進んでいます。一方で、学会から社会に向けた情報発信では後れを取っているかと思います。日本ではPAP(Patient Advocate Program:患者・家族が参加するプログラム)に関しては日本癌治療学会の取り組みが先行していて、私たちはそこから学んでいる状況ではありますが、今後はもっと市民参加の活動が広がっていくのではないかと思っています。
今回は、メイン会場(京王プラザホテル)隣の工学院大学の大教室(アーバンテックホール)をBC-PAPの会場にしています。会場に来られなくてもライブ配信で参加したり、後日オンデマンドで視聴したりすることも可能です。現地参加の方も後日、オンデマンド配信でプログラムの視聴が可能です。いずれの参加方法でもBC-PAPのみであれば参加費は1000円(本大会にも参加可能なコースはいずれも5000円)と、気軽に参加いただけます。
今回、第1会場(京王プラザホテル南館5F エミネンス)では、初日から最終日まで3日間にわたって、私たちがこれまで3年かけて実施してきた日本国内のコホート調査やアンケート調査、加えて、韓国、台湾、領域によってはスウェーデンやアメリカでの調査の発表と総括が行われます。
日本とアジアの他国、欧米とで乳がんの診断・治療・研究に違いはあるのか、あるいは同じなのかを比較します。結論は最終日の総括まで分かりません。現時点での最新情報をまとめた実態調査の結果を示すことに意味があると思っています。
総会には、国際学会としての情報発信の役割も持たせたいと思っています。提携覚書(MOU)を結んでいる台湾、韓国の乳癌学会は、それぞれ国際学会を開催しています。日本乳癌学会は国際会議を開催しておらず日本国内を向いていますが、やはり海外に向けても情報を発信すべきです。そこで、今回のメインプログラムには全て、日本人に加えて台湾もしくは韓国の先生方にも司会として参加していただき、全て同時通訳を入れることにしました。また、発表者にも台湾、韓国の先生たちをかなり入れています。海外からの参加者は英語で発言していただきますが、日本人参加者は日本語での発言が可能になります。
海外からの参加者がいる場では英語で話さなければならないとすると、ディスカッションが盛り上がらなくなりがちです。医師にとって英語の勉強は大切ですが、将来的にはAIの進歩で言葉のハードルはなくなっていくのではないかと思っています。英語への苦手意識で発言をためらい、活発な議論にならなければ本末転倒です。学術集会には看護師など多職種の参加者もいるので、できるだけ言葉のハードルは下げたほうがよいと思っています。
もう1つ、最近注目されている「医療経済」の問題も取り上げます。がんの新しい治療薬が次々と開発され、それらが治療に上乗せされるようになっています。科学が進歩し、新薬によって患者さんの寿命が延びていくのは喜ばしいことです。しかし、医療費は右肩上がりに増加しているのが現状で、増加分に見合うだけのものが得られるのか、科学の進歩とは別に考えなければいけません。それを忘れないようにとの思いから、このようなセッションを設けました。
乳がんは治療が急速に進歩し、ダイナミックに変化しつつあります。私自身は消化器外科を10年以上経験したのちに乳腺外科に転じました。同世代には同じように他の専門領域から乳がん治療に携わるようになった人も多いのですが、最近は最初から入る人がほとんどです。そうでないと、急速な進歩についていけない状況になっています。
固形がんの薬物治療に関しては、個人的には乳がんがほかのがん種の治療を牽引しているというイメージを持っています。乳がんは薬物治療だけで治療できる方向に進んでいますが、それでも薬が効きにくいタイプもまだ多くありますので、手術の重要性は変わりません。
ただし、手術に対する考え方は変わっています。かつてはがんを取りきることが重視され、片方の胸がなくなることも当たり前とされましたが、現在は「きれいに治す」ことが重視されます。乳腺外科は形成外科と連携して乳房再建手術を行っており、手術前に近い状態に戻す「整容性」を求める患者さんに対してすべきことは多方面、多分野にわたってあると思っています。「手術をしたのか分からないぐらいの手術」を提供できるのも大事なことなので、そういう技術を磨きたい外科医にとっても魅力的な分野だと思います。
乳がんの治療では、外科医だけでなく放射線科医、病理医、形成外科医などさまざまな科の医師ともダイナミックに連携する必要があり、コメディカルの皆さんも非常に熱心に取り組んでいます。その中でチームリーダーとなるのが外科医の役割だと思っていますので、その面でも外科医にとって乳がん領域はとてもやりがいがあると感じます。
現状では、多くの医療施設で乳がんの診断から治療まで、放射線治療を除いて外科医が中心的に担っています。この方法は外科医が乳がんという病気を全体としてとらえることができるメリットがありますが、デメリットもあります。乳がんの患者さんが増加するなか、日進月歩で進化する薬物治療をアップデートしていくためには、今後どのような体制で乳がんの治療を行っていくのが最もよいのか、考えていかなければいけません。
学術集会は、そうした全体像についての最新情報が得られ、将来を見据えてディスカッションができる場です。多くの方に、参加して活発な議論を繰り広げていただきたいと願っています。
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