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「患者に寄り添う」をテーマに日本神経免疫学会開催―8日から千葉で

公開日

2025年08月06日

更新日

2025年08月06日

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2025年08月06日

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「患者に寄り添う神経免疫学」をテーマに、第37回日本神経免疫学会学術集会が8月8~9日、千葉県千葉市の幕張メッセで開催されます。重症筋無力症や多発性硬化症などの神経免疫疾患に対する診断や治療は近年大きく進歩しており、新しい治療薬も登場しています。会長の村井弘之先生(国際医療福祉大学医学部 脳神経内科学 教授(代表))に、テーマに込めた思いや本学術集会の特徴、神経免疫疾患領域における現状と展望について伺いました。

村井弘之先生

分子標的薬で自力歩行可能に―神経免疫疾患治療の進歩

私が担当した患者さんの中に、大学在学中にクリーゼ(呼吸困難により人工呼吸器が必要になる状態)を発症し、寝たきりのようになっていた若い方がいました。難病の1つ「重症筋無力症」の患者さんです。当時、ほかの医師からは大学中退をすすめられたそうですが、ちょうど新しい分子標的薬が発売された頃でもあり、私はすぐにその薬を使って治療を開始しました。その患者さんは少しずつよくなって、自力で歩けるようになり、無事に大学を卒業することができました。一般企業に就職され、現在も歩いて職場に通うことができているそうです。新しい薬を使い始めるまでは1~2週間に一度の血漿交換*を続けており、大学卒業も就職もあきらめていらっしゃったのですが、そのような状況から病気と上手に付き合って過ごせるまでになったのは私にとっても驚きであり、大きな喜びでした。

このように、神経免疫疾患に対する治療は現在、大きな進歩を遂げています。重症筋無力症や、多発性硬化症、視神経脊髄炎関連疾患などに関しては、分子標的薬をはじめとした新しい治療薬が次々と開発されています。これら以外の神経免疫疾患においても治験が進行中であり、近い将来には末梢神経障害、脳炎、筋炎など、さらに多くの病気で新しい治療選択肢が登場してくることが見込まれます。

*血漿交換:体外に血液を取り出し、症状の原因となる物質を除去して体内に戻す治療法。

テーマは「患者に寄り添う神経免疫学」

今回の学術集会のテーマにある「患者に寄り添う」という言葉は、一般的によく使われますが、実践するのは決して簡単なことではありません。病気を診断して治療するだけではなく、患者さん一人ひとりが抱える多様な問題にも向き合っていくことが大切だと考えています。

たとえば、風邪なら治ればそれでよいといえるでしょう。しかし、神経免疫疾患のような慢性的にさまざまな症状や生活上の困難が現れる病気では、そう思いどおりにはいきません。メンタルの問題が重なっているケースも多く、なかなか診断がつかないまま医師から「精神疾患ではないか」と言われたり、「専門ではない」と突き放されてしまったりする患者さんが少なくありません。医療者側からすると、一人ひとりの訴えに耳を傾けるには長い時間を要しますし、接するなかで攻撃的な態度や言動が出る患者さんもいるため、体力的・精神的に大きな負担を感じるのです。だからといって関わりを避けていては、患者さんの抱える問題は解決しません。

私は、困っている患者さんに手を差し伸べなければならないと考えています。患者さんが口にする強い言葉の背景には、大変な状況があるのだと思います。患者さんにしっかりと向き合い、人生に伴走することが大事だという常日頃からの思いを今回のテーマに表しました。

注目のプログラムについて

今回の学術集会では、特別講演、教育委員会セミナー、シンポジウムなど、2日にわたってさまざまなプログラムを用意しました。一般演題も多数のご応募をいただき、138題(口演71題、ポスター67題)の発表が予定されています。

特別講演では、Nicholas J.Silvestri先生(University at Buffalo,The State University of New York)に「New generation of treatments for myasthenia gravis — Present and future」と題してお話しいただく予定です。

教育委員会セミナーは2つ用意しています。1つ目は籠谷勇紀先生(慶應義塾大学)、加藤 光次先生(九州大学)に新規治療法として注目を集めている「CAR-T」についてご講演いただきます。2つ目は藤田幸先生(島根大学)、和泉唯信先生(徳島大学)の「神経免疫からせまる神経変性」です。こちらもとても興味深いテーマです。

また、重症筋無力症や脱髄疾患の新規治療戦略、筋炎診療のパラダイムシフト、免疫老化、B細胞研究など9つのシンポジウムを企画しており、活発な議論が交わされることを期待しています。

展望と課題

長年にわたり、海外で承認された薬が日本で使用可能になるまでに大幅な遅れが生じる「ドラッグ・ラグ」が問題となっていました。しかし、最近の神経免疫領域では、日本が国際的な治験に早期から参加するようになり、ドラッグ・ラグは解消されてきています。つまり、新しい薬が開発されると、日本でもほとんど時間差なく迅速に治療が受けられる状況になってきているのです。これは、日本の神経免疫領域の進歩が国際的に認められてきていること、そして日本神経免疫学会がアクティブに活動してきた成果だと考えられます。分野によっては世界をリードしているといえるでしょう。

一方で、病気によってさまざまなアンメットメディカルニーズ(満たされていない医療ニーズ)があるのも事実です。たとえば多発性硬化症では、治療により再発を抑えることは期待できるようになっていますが、その後の神経変性の進行をいかに抑制するかが課題です。重症筋無力症においては、血液検査をしても自己抗体が検出されない「seronegative MG」というタイプの患者さんでは診断が難しいのみならず、治療反応性も悪い場合があります。このように、病気によって異なるアンメットメディカルニーズが存在しているのが現状です。研究は引き続き各領域で活発に進められていますので、神経免疫疾患のさらなる病態解明につながることを期待しています。

また、今後も多様な治療薬の登場が見込まれるため、いくつもの薬の中から患者さんに合った薬を選び、適切に使い分けることが重要になるでしょう。そのため、新しい治療薬や治療の進め方に関する情報を全国の脳神経内科医に伝え、理解を深めてもらうための教育活動も必要になります。学会や講演会、論文などさまざまな方法で情報を発信していくつもりです。

最後に―読者へのメッセージ

医療者に伝えたいのは、神経免疫疾患に対する治療選択肢が増えてきたとはいえ、日常生活に支障をきたしている患者さんは非常に多いということです。患者さんの調子がよいか悪いかは医療者が判断するのではなく、患者さん自身の感覚や考えを尊重することが重要だと考えます。患者さんの状況を深く理解し、その思いを汲み取りながら寄り添うことの大切さを、より多くの方に知っていただければと願っています。

そして、神経免疫疾患の患者さんの中には、診断がついて絶望的な気持ちになっている方もいらっしゃるかと思います。しかし近年、治療法は確実に進歩しており、選択できる治療が増えてきています。さまざまな治療の可能性が広がっていることをぜひお伝えしたいです。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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