第30回日本緩和医療学会学術大会が2025年7月4~5日、福岡国際会議場・マリンメッセ(福岡市)で開催されます。大会長を務める田村恵子先生(大阪歯科大学 教授)は「緩和ケアは生活を豊かに紡いでいくための知とこころの実践」と語ります。最初は「まだ緩和ケアは早いかな」と感じていた患者さんが、亡くなる前に「本当によかった」と語ったのはなぜなのでしょうか。田村先生に、学術大会の見どころや同時開催される市民公開講座、現在の緩和医療の課題や今後に向けた思いを伺いました。
本学術大会のテーマは「緩和医療-生老病死を慈しむ」としました。仏教において深い意味を持つ“生老病死”という言葉は、人が生まれ、年を取り、病気になり、そして亡くなるという、生きることそのものを表しています。病気に伴って生じる心と体の痛みを和らげる“緩和ケア”は、“生老病死”全ての時期に提供されるものです。近年、体の痛みやつらさに対する医学的なアプローチとしての緩和ケアは著しく進歩してきました。しかし、病気や死に直面した方が抱く「なぜ私なのだろう」「生きるとはなんだろう」といった苦悩や感情、心のつらさを和らげるには、医学的なアプローチだけでは十分ではありません。日本緩和医療学会の学術大会は今年で30回目の開催を迎えますが、看護師が大会長を務めるのは4回目です。今回の学術大会では、これまでの歩みを礎にし、慈しみの心とまなざしを持って“生老病死”の4つの苦しみを理解することで、“癒やし”を目指す次世代の緩和ケアについて議論したいと思っています。
私はこれまで長く緩和ケアに携わってきましたが、緩和ケアをご提案すると「まだ早い」「まだその時期ではない」とおっしゃる患者さんやご家族は多くいます。先日亡くなられた患者さんも最初は同じようにおっしゃっていました。
初めてお会いしたときは「(緩和ケアは)ちょっと早いかな」と、少しの安心感に不安と緊張が入り交ざった複雑な表情をされていたことを覚えています。私は数か月に一度お会いして体調や気持ちの変化をお聞きしながら、緩和ケアを受けつつ安心して日々を過ごせる環境を少しずつ整えていきました。「できるだけ自宅で過ごしたいけれど、動けなくなったら入院したい」というご希望があったからです。急に体調が悪くなったときに入院できる施設をあらかじめ探しておくと、いざというときの安心感は全然違うものになります。
ある日「冬物を片付けておきたいんだけど自分でできるかな」と相談があったので、病状から今後予測される体調の変化を踏まえて「今なら自分でできると思う。2週間後だと誰かの手を借りないと難しいかな」とお伝えしました。すると「分かった。じゃあ今やるわ」と洋服などを片付け、ちょうど全てが終わったころに体調が悪化され、ご自身で決めていた緩和ケア病棟に入院されました。その1週間後に亡くなられたのですが、「緩和ケアを受けていたからすごく不安なことも怖いこともなかった。本当によかった」とおっしゃっていました。
緩和ケアとは、患者さんとご家族が安心して日々を過ごし、生活を豊かに紡いでいくための知とこころの実践だと思います。
学会終了翌日の7月6日には、One Fukuoka BLDG.で市民公開講座「生老病死をともに歩む 〜地域とつながる緩和医療の力〜」を開催します(現地開催・Web配信ありのハイブリッド開催)。緩和ケアとはどのようなものなのか、国の施策としてはどのような提供体制が整備されつつあるのか、福岡県では具体的にどのような取り組みがされているのかお話しいただきます。
市民公開講座には日本緩和医療学会理事の山本亮先生(JA長野厚生連佐久総合病院佐久医療センター 副院長)と福岡県を中心にご活躍されているさまざまな職種の方に登壇いただきます。医師の内藤明美先生(公益社団法人宮崎市郡医師会宮崎市郡医師会病院 緩和ケア科 部長)、看護師の西出芙美先生(株式会社リビングスケイプ 訪問看護ステーションひおり 管理者)、そして薬剤師の濱寛先生(有限会社 スマイル薬局 代表取締役)にご講演いただく予定です。参加人数把握のためのアンケートは7月5日まで受け付けていますので、多くの方のご参加をお待ちしています。
提供:日本緩和医療学会
今回の学術大会では、特別講演、シンポジウム、教育講演、パネルディスカッション、ワークショップ、交流集会など、2日間にわたって多彩なプログラムを177セッション用意しました。
これまでは医療を提供する際はその対象である患者さんと少し距離を取りながら関わることが、医学的にも心理学的にも正しいとされてきました。しかし、ケアをする側・される側の境界が揺らぐことで見えてくる、新たなケアの方向性もあるのではないかと考えています。そのような視点から、特別講演ではヤングケアラーとしてお母さまをケアした経験を持つ中村佑子さん(株式会社テレビマンユニオン、立教大学映像身体学科・現代心理学部 兼任講師)に「ケアが成就する身体 〜自他が揺らぐことを肯定する」と題してお話しいただく予定です。
緩和ケアはさまざまな状態の患者さんに提供されるため、エビデンス(科学的根拠)が十分ではない分野です。しかし、よりよい医療を提供していくためには、学会として緩和ケアに関するエビデンスを生み出し、一定の指針を示していくことも大切だと考えています。委員会企画「専門的緩和ケアの質の評価と質の維持・向上に向けて」では、活発な議論が交わされることを期待しています。
また近年、緩和ケアの対象となる疾患が拡大しています。日本では主にがん患者さんを対象に緩和ケアが提供されてきましたが、最近では心不全の方、腎不全で透析療法を受けている方などにも適切な緩和ケアが必要だといわれています。合同シンポジウムでは日本心不全学会と共に「心不全緩和ケアのこれまでとこれからを考える」を行います。学会としては、今後これらの疾患一つひとつに対しても、丁寧に向き合っていく必要があると考えています。
今回は日本緩和医療学会として、福岡で初めての学術集会開催となります。たくさんのプログラムを用意していますので、ぜひ現地に足を運んでいただければうれしいです。福岡で皆さんの笑顔にお会いできることを楽しみにしています。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。