遺伝子の異常が免疫機能に影響を及ぼす原発性免疫不全症や自己炎症性疾患は、遺伝子解析技術の進歩によってさまざまな新しい病気が見つかるようになっており、それらの多くは患者数が少ない稀少疾患だ。対象とする疾患は、かつては治療法が見つからず若くして亡くなる患者も多かったというが、遺伝子の解析によって原因と治療法が見つかることで成人になり社会活動をできる人も増えている。これらの病気の研究・治療を支える日本免疫不全・自己炎症学会の金兼弘和理事長(東京科学大学大学院医歯学総合研究科 寄付講座 小児地域成育医療学講座教授)に、学問領域の課題や魅力などについて聞いた。
私たちが対象とするのは、原発性免疫不全症ならびに自己炎症性疾患です。易感染性(免疫能が低下して感染症にかかりやすくなる状態)や自己炎症(細菌やウイルス感染などの外的要因によらず免疫系の異常によって起こる炎症)だけでなく、悪性腫瘍(がん)やアレルギーなどさまざまな疾患を包括します。疾患の概念が大きく広がったことから、より正確に表すために2017年以降は「先天性免疫異常症(Inborn Errors of Immunity: IEI)」と称されることが多くなっています。
遺伝子診断の進歩によって新しい疾患が次々と分かるようになり、国際免疫学会連合(IUIS)の2024年の分類では555の疾患が包括されています。毎月のように新しい疾患が報告されているような状況で、2年ごとの会議で認定されています。
遺伝子変異によってあるタンパクの機能が消失して症状が現れることがある一方、同じ遺伝子でも変異の場所が異なると逆に機能が亢進して別の病気になってしまうこともあるのがこの病気の複雑なところです。変異した遺伝子と病気が1対1で結びつくわけではなく、変異を見つけたら機能の解析をしなければなりません。また、新しく見つかった遺伝子変異のカタログ作りも必要だと思っています。
かつては、病気の原因となる遺伝子の異常は「生まれつき」あるものと考えられていましたが、最近は「体細胞変異」といって、生まれた後に遺伝子の変異が起こり、モザイク(変異のある細胞とない細胞が混ざった状態)でありながら症状が出るケースが分かってきました。IEIの多くは子どものときに発症しますが、大人になってから、あるいは高齢になってから発症するものも「先天性」の免疫異常症として捉えられてきています。遺伝子解析の技術が進んで血液中にわずか数パーセントしかない変異も見つけられるようになったためにそうした病気が分かってきたという面もあります。
免疫機能の異常で、自分の組織を攻撃する「自己抗体」ができることによってあるタンパクの機能が抑制された結果、遺伝子の変異で起こるのと同じような病気を発症してしまうことがあります。こうした人はIEIではないのですがIEIと似た表現型(症状の特徴や形質)を有することが分かっています。ですから、遺伝子の解析に加えて、そのような自己抗体を見つけ出す検出系や診断系(対象を検出したり診断したりするための仕組みや装置)がどんどん進歩したら、もっとこの病気のことが分かってくるのではないかと思っています。
治療法も進歩しています。
この病気は遺伝子の異常が原因で免疫系の問題が起こります。ですから、遺伝子を“修復”すれば治すことができ、実際に行われているのが「造血幹細胞移植」です。免疫系では血液中の白血球が主要な役割を担っているため、血液のもとになる細胞(造血幹細胞)を、たとえば骨髄移植によって正常なものと置き換えれば治療できます。ただし、遺伝子の異常が体のさまざまな細胞で症状として現れる場合は、移植ではよくなりません。
日本ではほとんど行われていませんが、遺伝子を修復して体に戻す「遺伝子治療」も進歩しています。
移植にはリスクも伴いますので、それを避けて対症的に治療する方法もあります。たとえば、免疫グロブリンという血液成分が生まれつき作れない人であれば、血液製剤のグロブリンを定期的に補充することによって、普通の人と変わらない生活が送れるようになります。アデノシンデアミナーゼ欠損症(ADA欠損症)という病気は、重症の免疫不全になりますが、アデノシンデアミナーゼという酵素を注射することでリンパ球の機能が高まり、免疫能が改善します。
当学会が対象とするIEIは希少疾患で、医師や患者さんに知られていなかったり、きちんと診断されていなかったり、治療を受けていなかったりすることもあります。IEIの患者さんは4000~5000人とされていますが、実際にはその数倍、1万人に1人ほどいるのではないかと想定されます。
IEIは前述のとおり大人になってから発症するケースもありますが、内科の医師などはこの病気になじみがないため見逃されている可能性があります。きちんとした治療法があるにもかかわらず、たとえば抗菌薬の投与でその都度症状が改善するので繰り返しそうした“治療”を続けることで、正しい診断がついたときには手の施しようがないほど組織が傷ついているといったことが、20~30年前はたくさんありました。
ですから、学会としては「こういう病気があり、治療法もきちんとある」と認知してもらうことが必要だと考えています。治療を受けるためには、まずは正しく診断されることが必要ですから、医師に対する診断のサポート、社会に対する病気の周知、患者団体への協力を行っていく必要があると考えています。
理事長として、従来以上に力を入れたいと思うことがいくつかあります。
1つは疫学的な調査です。国内に対象疾患の患者さんがどれぐらいいるかという、きちんとしたデータがありません。日本にはPIDJ2(Primary Immunodeficiency Database in Japan ver.2)という免疫不全症データベースがありますが、私たちが臨床の現場で感覚的に考えるよりも登録数が少ないのです。
かつてはほとんどの患者さんが専門家の診療を受けていたのですが、今は遺伝子診断が保険でできるようになったことで必ずしも専門知識がなくても診断ができるようになりました。そうして見つかった患者さんがきちんと登録されていなければ、どこにどのような患者さんがいるかまったく分からなくなってしまいます。データベースを充実させることにより、新たな疾患の発見や治療法の開発につなげたいと思っています。
次に、研究と教育、特に教育に力を入れたいと思っています。これまで多くの日本人が、この領域の新しい疾患の発見に貢献してきました。研究において、そうした発見があったときによりエビデンスレベルの高い全国調査や国際共同研究につなげられる人材が必要です。教育に関しては、学会としてさまざまなコンテンツを作ってウェブサイトに掲載するなどしています。さらにそれを広げて、ウェビナーやサマースクールのような形で展開し、若い人に興味を持ってもらえるようにしていきたいと考えています。当学会には小児科の医師が多いのですが、それ以外の診療科の医師も含めた若手教育が必要だと考えます。
3つ目は「移行期医療」体制の整備です。IEIの診療は小児科医が中心になっていますが、疫学調査をすると実際には患者さんの半分は大人です。子どものときに病気が見つかり、昔は成人前に亡くなることも多かったのですが、治療ができるようになって成人し、社会生活を送っている人も数多くいます。本来であれば成長の段階で内科に移ることが望ましいのですが、さまざまな要因でこの病気を診療できる内科医は限られます。居住地の近くに診てくれる医師がいないといったことで“治療難民”になるようなことは避けねばなりません。特に、都市部と地方でギャップが生じないような医療体制を構築することが学会の使命だと思っています。
また、私は現在アジア太平洋免疫不全症学会(APSID)の理事長でもあり、海外で診療や研究をしている人とのネットワークを生かし、アジア・世界の患者さんに目を向けた活動をしていく必要があります。日本は基礎研究のレベルが高く、特にアジアの中でリーダーシップをとらなければいけないと思っています。
日本でも世界でも、この病気を診療したり研究したりする医師は相対的に少数です。それもあって、研究面では少し頑張れば世界トップレベルに近づける可能性がある分野です。
神経や臓器などの疾患は体内で起こっていることを調べなければなりませんが、免疫を担当する分子は血液を解析するだけで何が起こっているのか、どうしてその病気になるのかということが見やすいのです。さらに、そうしたことが分かれば新しい治療法も開発しやすく、研究の結果を直接臨床にフィードバックできます。それぞれの病気の患者さんは少ないのですが、確実に数人の患者さんを救ったりQOLを高めたりすることができるという意味では、非常にやりがいがありますし、若い医師が研究・臨床で興味を持ってくれるような学会にしていきたいと思っています。
患者さんが“路頭に迷わない”ようにする力が学会にはあると思っています。数が少ないのでなかなか大きな声にはなりにくいのですが、学会として患者さんをサポートし、力を付けてもらいたいと願っています。
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