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生存率が飛躍的に改善した肺高血圧症―学会理事長に聞く、治療の進歩と未来への挑戦

公開日

2025年11月10日

更新日

2025年11月10日

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2025年11月10日

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肺高血圧症は、心臓から肺へつながる血管である肺動脈の血流が低下することで肺動脈圧が高くなる病気です。かつて肺高血圧症は、数年以内に亡くなってしまうことも多い予後不良の疾患でしたが、治療法の進歩により生存率が劇的に改善しています。また、呼吸器・膠原病・循環器・肝臓などさまざまな領域の疾患が肺高血圧症の原因となるため、小児科から内科・外科まで幅広い分野の医療関係者がその診療に携わっています。この分野横断的な疾患の診療を牽引してきた日本肺高血圧・肺循環学会の理事長である福本 義弘(ふくもと よしひろ)先生(久留米大学医学部 内科学講座心臓・血管内科部門 主任教授)に、肺高血圧症の現状と課題、そして学会の取り組みと今後の展望についてお話を伺いました。

新薬登場への期待―依然として治療が難航している分野も

肺高血圧症の大きなトピックスは、肺動脈性肺高血圧(以下、PAH)に対する新薬である「ソタテルセプト」が登場したことです。肺高血圧症は原因の違いにより第1群〜5群の5つのグループに分かれており、PAHは第1群に分類されます。PAHは肺の小さな血管が異常に狭くなるために肺動脈の血流が低下して肺動脈圧が高くなる病気で、要因の1つとして肺血管の細胞が増殖することによる血管壁の肥厚が挙げられます。ソタテルセプトは、肺血管の細胞増殖を抑制するというこれまでの治療薬にはない新しい作用機序を持ち、高い有効性が期待されています。ただし出血などの副作用が報告されていることから、長期的な使用による影響の確認は今後の課題だと考えています。

また、肺高血圧症のうち最も患者数が多いのは、第2群の「左心疾患に伴う肺高血圧症」です。これは左心の機能低下による心不全が原因で起こるもので、心不全治療の進歩によって生命予後は改善傾向にはあるものの、まだまだ十分とは言えません。患者さんの生活の質(QOL)の低下も大きな問題となっていることから、治療法の開発が求められています。

肺高血圧症の中でも特に治療に苦戦しているのは、第3群の「慢性肺疾患および/または低酸素に伴う肺高血圧症」です。間質性肺炎など、肺そのものの病気によって起こる肺高血圧症で、肺の状態がよくならないと改善させることができません。肺の血管を広げる吸入薬などが開発されていますが、まだまだ改善の余地が残されている状況です。

若手医師への海外留学支援

肺高血圧症は診断率の向上により昔に比べて患者数が増加しており、それに伴い肺高血圧症を診療する医師の数も増えてきています。そのため、当学会の大きな役割の1つは肺高血圧症を適切に診療できる若手の教育と育成だと考えています。具体的な取り組みとして、当学会では「坂の上の星プログラム」と銘打った海外留学支援制度を2025年度から開始しています。これは、肺高血圧症に関連する臨床研究を行う若手研究者を支援し、次世代リーダーを育成するためのプログラムです。

また、「PH-48の会」という学会公認の若手の会も立ち上げました。48歳以下の医療従事者が、専門や職種を超えて自由に交流し知識や経験を共有できる場となっています。48歳という年齢は、医学教育、初期研修を経て、研究・博士課程を修了し、海外留学をして帰国するとすでに40歳前後になってしまう、今の医師のキャリア形成の実情を踏まえたものです。

飛躍的な進歩を遂げてきた肺高血圧治療

かつて肺高血圧症は、有効な治療法がほとんどない深刻な病気でした。特に肺高血圧症のうちPAHは若年女性に多く、こうした方々がだんだんと日常生活を送ることができなくなり、数年のうちに亡くなってしまう非常につらい状況を多く目の当たりにしてきました。

この難治性の病気を何とかするべく、多くの医師たちによる精力的な基礎研究、臨床研究、実地診療が進められ、新たな治療法の開発が進められてきました。その結果、患者さんの治療成績は昔に比べて大きく改善してきています。PAHに関しては、治療がない時代の平均生存期間は2年半ほどでしたが、今では5年生存率が約9割と飛躍的に改善しています。

また、肺高血圧症の第4群にあたる「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」に対して行われているバルーン肺動脈形成術(BPA)は、米国で登場したものの合併症などの問題で普及しなかったのですが、その後日本で手技が確立され良好な成績が得られています。日本が世界をリードしている分野といえるでしょう。

このように、これまでの成果をもとに開発された治療法により患者さんの状態がよくなり、長生きして社会生活が送れるようになっている分野に携われることは、医師として非常に魅力的でやりがいがあることだと感じています。これから先、多くの若手医師に研究の跡を継いでいってもらえることを願っています。

未来に向けて

上述のとおり、肺高血圧症の予後は大きく改善しています。しかし、中には治療が奏効しない患者さんも一定数いらっしゃるのが現状です。それは、今行われている治療が肺高血圧症のコントロールに留まっており、肺高血圧症の根本治療には至っていないためです。日本肺高血圧・肺循環学会として、肺高血圧症の原因解明、治療法の開発と確立に向けた取り組みを今後も進めていきたいと思います。

また、肺高血圧症治療の中で不十分な領域として、リハビリテーションが挙げられます。肺高血圧症のリハビリテーションは、保険診療下では心不全のリハビリテーションと同じように扱われていますが、実際には異なるアプローチが必要だと感じています。私は現在、日本心臓リハビリテーション学会の理事長も務めているため、この立場を生かして、肺高血圧症の患者さんのためのリハビリテーションのガイドブック作成に取り組んでいるところです。肺高血圧症の患者さんが健やかに暮らせる未来をつくるために、これからも尽力していきます。

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