連載難病・希少疾患患者に勇気を

希少難病「PAH(肺動脈性肺高血圧症)」を知り理解してほしい―市民公開講座「60 minutes together –PAHバーチャルキャンプ–」レポート

公開日

2021年06月04日

更新日

2021年06月04日

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2021年06月04日

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日本に患者数が3700人ほどいる希少難病「PAH(肺動脈性肺高血圧症)」。肺の血管に異常が生じることで心臓に大きな負荷がかかり、進行すると体を動かすだけで息苦しさやだるさを感じ、失神する場合もあります。1人でも多くの方にPAHを知ってもらうために2021年5月27日に市民公開講座「PAHバーチャルキャンプ」が行われました。重藤啓子さん(NPO法人肺高血圧症研究会 代表理事)の講演をレポートします。

【プログラム】主催:ヤンセンファーマ株式会社

・PAHについて:田村雄一先生(国際医療福祉大学医学部循環器内科 教授)

・PAH患者さんのアンケート結果発表:土屋美寿々さん(ヤンセンファーマ広報)

・PAHとともに:重藤啓子さん(NPO法人肺高血圧症研究会 代表理事/声楽家)

・6 minutes togetherプロジェクト紹介:土屋美寿々さん(ヤンセンファーマ広報)

・歌に込めた想い:一青窈さん(歌手)

PAH診断までの経緯

重藤啓子さん

田村雄一先生のお話でPAHがどのような病気かご理解いただけたかと思いますが、PAHは発症頻度が100万人に1〜2人という希少難病です。その希少さから病気への理解が進んでいない現状があります。

私自身はイタリアのケルビーニ音楽院声楽科を卒業後、現地で音楽を教えていた2000年頃に体に変化が現れました。初めに気付いたのは、スムーズに階段を上ることができなくなったことです。階段を上ると苦しくてゼーゼーという音が出ました。ただ、当時は病気とは考えず、「運動不足かな」と思っていました。

ある暑い日、食後に友人と坂道を歩いていたのですが、坂道を上り切ったところで失神してしまいました。さすがに友人も心配して「何かおかしいから調べたら」とすすめられたのです。しかし、イタリアの病院で調べてもPAHという診断は出ませんでした。

フィレンツェの街並み 写真:PIXTA

フィレンツェの街並み 写真:PIXTA

元々私は慢性甲状腺炎(橋本病)を持っていたため、それで心臓に影響が出ているのかもしれないと思い、仕事で日本に帰国している間に病院へ行きました。そこで初めて「特発性(原因の分からない)PAH」と診断されたのです。症状が出てから確定診断を受けるまでに、4年ほど要しました。

最初に診てくれた医師には「持って2年だよ」と言われ、大きな衝撃を受けたことを覚えています。最終的にその医師とは喧嘩別れのような形になってしまいましたが、その後、友人の紹介で現在の主治医にめぐり合い、命を救っていただくことができました。治療の選択の際は主治医も一緒に悩んでくださいました。そして今では診断から17年がたち、こうして日常生活を送ることができています。

患者会設立し「ヘルプカード」普及に注力

NPO法人肺高血圧症研究会についてご紹介します。当研究会は、患者本人が“楽しむ”ためにスタートしたものです。その始まりは2004年、私がPAHと診断された年です。主治医の診療を受けるための待合室で、同じような立場の方々と出会い、「患者会をつくろう」という話になったのです。

研究会の活動としては、PAHの啓発や、患者さん・看護師向けの研究会や講演会、あるいは治療薬の保険収載の推進、患者同士の情報交換や交流会などがあります。

活動のなかで注力したものの1つが「ヘルプカードの普及推進」です。当時ヘルプカードの認知が広がっていなかった状況を危惧し、日本肺高血圧・肺循環学会の協力を得て、普及を進めるプロジェクトを行いました。現在、ヘルプカードの存在は全国で知られるようになり、電車内の表示にも加えられ、さらに空港内でヘルプマーク入りストラップが配布されています。私たちの活動を理解し、ご協力いただく皆さんに心から感謝しています。

写真:PIXTA

写真:PIXTA

「助けて」と伝えることの大切さ

PAHは希少難病で情報が少なく、患者さんは自分が何をしたらよいか分からなくなってしまうことがあると思います。私は活動のなかで「小さなことからコツコツと」と伝えています。では何をしたらよいかというと、楽しいことではないでしょうか。ご自身の好きなこと・挑戦したいことを1つずつやってみてください。たとえば急に「ピッツァが食べたい」と思ったら出掛けてみる、そういうことでよいと思います。気持ちが落ち込むと、体も弱ります。病気に負けず元気でいるためには、好きなことをして毎日を楽しむことがとても重要です。

それから、私が一番気を付けているのは「助けてください」と周りに頼ることです。たとえば電車の中で立っているのがつらいとき、家族のサポートが必要なとき、「助けて」と伝えられるとよいですね。これまでの傾向を見ていると、自分から助けてと言える方は、1人で外を歩けるようになります。すると、より長生きできるかもしれません。

決して無理はしないでほしいのですが、日々を楽しみ、周りを頼ること、これらはとても大切なポイントだと考えています。また、今はインターネットで情報を調べることができますから、生活のことや治療薬のことを積極的に調べることも重要ですね。

重藤さん

主治医とのコミュニケーション

主治医と出会った頃は、病院に行くのがいやで仕方ありませんでした。というのも、病気そのものを受け入れられず、結果として病院も主治医も苦手になっていたのです。

特に私が主治医とのコミュニケーションで困ったのは、治療の方法を選択するときです。私の思いや価値観を伝え、主治医はそれらを一生懸命受け止めてくださいました。初めの頃、主治医は不器用な感じでしたが、今ではたくさんの患者さんから頼られ、尊敬されています。看護師によると、主治医は忙しい合間を縫って看護医療学部で講習を受けていたといいます。患者の気持ちを理解しようと努力してくださったのですね。本当に驚きました。おかげさまで、このように長生きさせてもらっています。

あらゆる病気の治療において、よい主治医に出会えるかはとても重要なポイントだと思います。皆さんもぜひ主治医に思いを伝えてみてください。そして、本当につらいと思ったらほかの医師を探すのもよいと思います。自分の気持ちや苦しみを打ち明けられる主治医に出会えることを祈っています。

重藤啓子さんからのメッセージ

最後に、PAHと診断された患者さんがどのような状態になるのかの一例をお伝えします。

初めは自分の病気のことがよく分からず、周囲が病気のことを聞いても曖昧なことを言うかもしれません。その病気を受け入れるまで、本人には時間が必要なのです。少しの間、周りの人には我慢していただく必要があるかもしれません。そして次に、患者さんは人を攻撃しようとするでしょう。傷ついて落ち込んで、余裕のない状態に陥る可能性があります。そして、次から次へと医師を変える“ドクターショッピング”を始め、最終的にうつ状態になる患者さんもいます。

皆さんには、PAHという病気をよく知っていただきたいです。そして、PAHの患者さんをどのようにして手助けできるか、見守るかを考えていただけたらうれしいです。当研究会は患者団体ですから、悩んでいる方は電話などでお知らせください。PAHの患者さんにはあらためて周囲に「助けて」と伝えること、ほかの方を頼ることの大切さを今一度お伝えしたいと思います。ありがとうございました。

※レポートの続きはこちらのページをご覧ください。

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