連載難病・希少疾患患者に勇気を

治療法は増えたけれど…希少疾患「先天性代謝異常症」を取り巻く現状と課題

公開日

2023年03月28日

更新日

2023年03月28日

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2023年03月28日

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先天性代謝異常症は遺伝子の異常により発症する病気で、1疾患当たりの患者数が少なく、その多くが難病指定されていますが、長年にわたる地道な研究により診断や治療の方法は進歩しています。一方でそうした進歩は新たな問題を生み出してもいます。「治療は保険でできるのに診断には保険が効かない」「大人になっても診てくれるのが小児科の医師」「難病指定の変更でデータが集めにくくなった」――。30年以上にわたり先天性代謝異常症の中の疾患群「ライソゾーム病」の研究と治療に携わってきた慈恵大学理事の井田博幸先生に、現状と課題をお聞きしました。

先天性代謝異常症を疑う“ヒント”

先天性代謝異常症とは、遺伝子の異常で生まれつき酵素のはたらきが悪くなり、その結果、代謝に異常が生じたためにさまざまな症状が出てくる疾患群です。

「代謝」とは、食べたものが髪の毛になったり爪になったり、あるいはエネルギーに変わるといったように、生物の体の中で物質がA→B→Cと変わっていく過程のことです。そうした変化をさせる化学反応には必ず酵素が介在します。酵素がうまくはたらかなくなるとAからBへの変化が起こらなくなり、Aが分解されずに必要以上にたまったり、Bが不足したりします。

酵素はタンパク質からできており、タンパク質は遺伝子の“設計図”に従って作られます。その設計図の一部が間違っていたり欠失していたりすると酵素がうまくはたらかなくなり、それがさまざまな症状として現れます。遺伝子の異常なので「先天性」ですが、成人になってから発症する場合もあります。

生命活動は数えきれないほどの化学反応の連鎖によって成り立ち、その反応は酵素によって起こります。どの酵素がはたらかなくなり、どのような化学反応が障害されるかによって、現れる症状は異なります。たとえば、脂肪の代謝がうまくいかなくなると、脂肪がもっとも多い脳の症状、けいれんや発達の遅れなどが起こります。細胞の中でエネルギーを生産するミトコンドリアの代謝に不具合があると、低血糖などが起こります。

逆に言うと、心臓、筋肉、脳など個別の症状から「代謝異常ではないか」と疑うのは非常に難しいのです。さらに、先天性代謝異常症の多くは希少疾患なので、診断がつきにくく見逃されてしまうこともあります。

先天性代謝異常症全体として、

  • 親戚にも同じような症状の人がいるなどの「家族歴」
  • 中枢神経と筋肉の症状といった「マルチな症状」
  • 治療をしても改善しないという「治療抵抗性」
  • 有害物質がたまっていくことによる「進行性」

――このような患者さんを診たら、先天性代謝異常症を疑ってみてほしいのです。患者さんだけでなく、プライマリー(かかりつけ医のように、日常的に受診する総合的な診療医)の先生方が気付くことが非常に重要です。一般の患者さんに紛れて一般診療科で「様子をみましょう」と診断も治療もされないケースがあるのは問題です。

診断に保険が効かない

新生児期に18種類の先天性代謝異常症が公費でスクリーニングされています。地域によって自費でスクリーニングされている先天性代謝異常症もあります。

スクリーニングで見つかる病気は、基本的に治療法があるものです。先天性代謝異常症は先ほど説明したとおり、多くの病気が存在しますが、現段階では治療法がない病気もあります。ですから、スクリーニングで治療が有効でない病気を見つけてしまうことには、倫理面などさまざまな問題が伴います。

先天性代謝異常症の診断には酵素測定や遺伝子検査といった特殊な検査が必要で、通常の検査をするだけでは診断がつきません。指定難病の中には遺伝子を調べないと診断ができないものがありますが、遺伝子検査に保険の適用がない病気があります。遺伝子検査には特別なテクニックが必要であり、さらに実施数が極めて限られるため、1件当たりを非常に高額にする必要があります。そのため、一般の施設で保険診療で行うことが困難です。この結果、指定難病の診断を一般診療において行うことができないという不都合が生じています。

「子どもの医療費無償化」でデータ収集が困難

薬物療法、食事療法、不足している酵素を補う酵素補充療法など、先天性代謝異常症の治療法自体はどんどん進歩しています。中でも酵素補充療法は、かなり進歩しました。ただ、酵素は脳に取り込まれないので、中枢神経症状がある患者さんには効果がありません。また、2週間に1度など定期的に通院する必要があり、患者さんの生活の質(QOL)が低下するという問題があったのですが、一部では飲み薬が開発されるなど、いろいろな選択肢も出てきました。

そうして治療ができるようになったことで、潜在していた患者さんが見つかるようになるということもあります。たとえば、ゴーシェ病の治療薬が日本で発売された1996年ごろ、全国調査をしても患者さんは4、5人しかいないとされていました。ところが、治療法があると分かると、診断される患者数が増え、現在では150人ほどが確認されています。

「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)が2015年に施行され、指定難病の疾患数が増加しました。しかし、医療費助成は重症者に限定されたため、軽症の難病患者さんが登録しなくなってしまいました。登録にはお金を払って診断書をもらう必要がありますが、軽症者にはそれで得られるメリットがないのです。

このような状況だと重症患者のみが登録され、病気の全体像が見えなくなってしまいます。治療に結びつけるためには軽症を含む全ての患者さんのデータを見る必要があるのですが、それができなくなってしまいます。そうした状況を踏まえ、厚生労働省は軽症の患者さんに医療費助成とは異なるインセンティブを提供する法案が2022年末に国会で成立しました。

一方、小児の難病患者に医療費助成や自立支援事業をする「小児慢性特定疾病対策(小慢)」には問題が残っています。多くの自治体で子どもの医療費の無償化を進めたため、登録しなくても無料で医療が受けられるようになっています。そのため、かつては毎年1万人前後の小慢の新規登録があったものが、2013年ごろを最後に小慢の患者さんがどれぐらいいるのかというデータが出せなくなってしまいました。

“先天性の成人”をだれが診るか

治療方法の進歩で、代謝異常症だけでなく心疾患など先天性の病気があっても、成人まで生存できる患者さんが増えてきました。それによって、小児期発症の成人患者さんを誰が診るかという新たな問題が生じています。

小慢の対象疾患は約800で、指定難病は約340と小慢のほうが圧倒的に多いです。新生児マススクリーニングが1977年に始まって40年ほどたち、最初のころに先天性代謝異常症が見つかった人はすでに40歳を超えているのですが、今でも小児科医が診ているケースも少なくないのです。

私の専門のゴーシェ病だと2018年のデータで約120人の患者さんがいて、うち60人ほどは小児期に発症しています。1996年に酵素補充療法が日本で許可されてから26年ほど経過していますが、小児期に発症した患者さんのうちの約70%はずっと小児科で診療を受け続けています。やっと「移行期医療」の問題が注目され、2年ほど前から厚労省の小慢と指定難病の委員会が合同開催されるようになりましたが、小児期発症の成人患者さんの診療体制をどのようにするかという課題の解決には時間がかかりそうです。

難病医療をサスティナブルにするには治療効果の検証必要

これまでお話ししたように、治療は進歩しましたが、先天性代謝異常症は原因も症状の現れ方も複雑です。それらをきちんと見極め、適切に治療を進める必要があります。

まず大切なことは、患者さんを漏らさず診断し、治療に結びつけることです。そして、治療が有効か、患者さんの日常生活動作(ADL)が変わっているかなどの治療効果を、たとえば1年ごとに検証しながらデータを集積し、治療を進めるべきです。

治療法が進歩しましたが、治療薬は高価なものが多いです。治療適応をよく考えずに治療を開始し、治療効果を検証しないまま治療を継続していくことは医療資源、財源が限られている中では問題です。治療についてもある程度のレギュレーションを加えていかないと、現在の国民皆保険システムが破綻する可能性があります。現在の医療システムをサスティナブルにするためには、患者さんも医師もリテラシーが必要です。加えて行政もデータを国民に開示し、丁寧に説明し現実的で抜本的な医療政策を実施しないと、医療システムが破綻するのではないかと危惧しています。
 

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