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連載難病・希少疾患患者に勇気を

アルツハイマー病など神経疾患の解明の鍵となるか——進むプリオン病の研究

公開日

2020年11月19日

更新日

2020年11月19日

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2020年11月19日

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かつて食人文化があったニューギニア島で発見されたクールー病や、1990〜2000年代にかけて、牛から人へ感染するとして世界的な問題に発展した牛海綿状脳症(BSE)。これらの原因はプリオンという特殊なたんぱく質で、正常なたんぱく質がこのように異常化することを「プリオン化」と呼びます。「プリオン病の研究は、アルツハイマー病パーキンソン病などの神経疾患を解明する鍵になる」と水澤英洋先生(国立精神・神経医療研究センター 理事長/総長)は言います。これまでに2人のノーベル賞受賞者が生まれ、近年また徐々に熱を帯びるプリオン病の研究が世界と日本でどのような状況にあるのかを聞きました。

(「人類が経験したもっとも悲惨な病気の1つ『プリオン病』の実態」から続く)

プリオン病研究の起点「クールー病」

1950年代、ニューギニア島に住むフォアという種族の中に、それまで知られていなかった新たな病が発見されました。発作的な震えから始まり、徐々に立つことや歩くこと、話すこと、食べることも難しくなり、ちょっとした刺激で笑い声が出るように。最後は飢えや肺炎、床ずれなどの合併症で命を落とします。この病気はフォア語で震えや恐れを表す「クールー」という名前が付けられ、また、その特徴から「笑い病」とも呼ばれていました。

当時フォア族の中で、クールー病は人の呪い(呪術)によって起こるものと考えられていました。呪いをかけたと疑われた者が犠牲者の家族によって告発され、殺されてしまうこともあったといいます。しかしアメリカの医学研究者ガジュセック博士が研究を進めていくうちに、感染性を持つ脳の病気であると分かっていきました。フォア族には死者を弔うためにその脳を食べる儀式が行われており、その儀式を通じて感染が広がったと考えられたのです。

写真:PIXTA

 

アルツハイマーもプリオン病の1種

脳に異常たんぱく質「プリオン」が発生し、神経細胞が正常に機能しなくなる病気のことをプリオン病といいます。これまでの研究によりアルツハイマー病やパーキンソン病も、特定の異常たんぱく質が原因でそれが感染性を持つことが分かってきました。つまり、アルツハイマー病やパーキンソン病もプリオン病の一種とも言えるのです。いまだプリオン病の発症メカニズムは謎に包まれていますが、このような病気との関連性を解明すべく数々の研究が行われています。プリオンは最初クールーやヤコブ病の原因として同定・命名されましたが、多くのたんぱく質に共通することが分かってきたためプルシナー博士は、それぞれTSE(伝達性海綿状脳症)プリオン、アミロイドβ(Aβ)プリオンなどと区別して呼ぶことを提唱しています。

たとえば、アルツハイマー病に見られるAβたんぱく質 が注射によって人から人へ伝播(感染)し、数十年という長い年月をかけて蓄積することを証明した研究があります。低身長の治療に使われるヒト成長ホルモンは1985年まで、人工合成ではなく死体の下垂体から抽出されていました。その中にTSEプリオンで汚染された成長ホルモンが紛れ込み、治療によってプリオン病の1つ医原性ヤコブ病を発症したケースが確認されました。そのうち死亡した8例(36〜51歳)の脳を調べたところ、4例に強いAβの蓄積が見られたのです。このようなAβの蓄積は「老人斑」といってアルツハイマー病に特徴的なもので、その名のとおり高齢の方に見られます。ところがこの研究では、老人斑が30歳代から50歳代の若い人の脳に発生していたことが確認されました。

この研究から、Aβも注射によって人から人へ感染し、脳内で正常なたんぱく質の構造を変えて増殖・蓄積することが分かったのです。アルツハイマー病に特徴的なAβの蓄積が感染によって起こることを示した研究は世界に衝撃を与え、各国で報道されました。

前に述べたように、日本では脳の硬膜(頭蓋骨の下にあり脳を覆う丈夫な膜)移植を原因としたプリオン病が問題になりました。硬膜移植後、潜伏期間が1〜30年(平均12年)あり、発症年齢は50歳代が多いです。先にお話しした成長ホルモンの治療によるものと合わせて、医療行為によって感染した「医原性プリオン病」とも呼ばれます。

写真:PIXTA

 

硬膜移植の場合も、脳手術をしてからプリオン病とともにAβの蓄積が孤発性ヤコブ病と比べて有意に多く、若い人にもみられることが確認されています。

これらはプリオン病で亡くなった後でたまたま脳内にAβが確認されたわけですが、最近、脳アミロイドアンギオパチー(脳血管へのAβ沈着により脳出血を起こす病気)を発症し死亡するなど重篤な症例が報告されています。脳アミロイドアンギオパチーは高齢の方やアルツハイマー病の方にしばしば見られますが若い人には通常起こりません。しかし近年、若い人に脳アミロイドアンギオパチー発生の報告が複数あり、脳外科手術や硬膜移植の履歴もありました。そこで脳外科手術や移植硬膜を介してAβが感染した可能性があると考えられています。なお、原因となった硬膜は1973年から日本に輸入されていましたが、1987年に処理方法が変わり、さらに1997年からは使用が禁止されています。

パーキンソン病などの原因たんぱく質も感染する?

さらに、パーキンソン病や多系統萎縮症などの原因とされている「αシヌクレイン」というたんぱく質も、多くの動物実験で同種間・異種間での感染が確認されています。たとえば異常化αシヌクレインを、培養細胞やマウス、マーモセット(小型の猿)の脳内に接種すると、数カ月かけて脳内に広がることがわかっています。また、人のαシヌクレインをマウスの脳に接種したところ、そのαシヌクレインは1週間ほどで分解されましたが、その後マウスの脳内でαシヌクレインがどんどん蓄積しました。この結果から、接種したαシヌクレインが鋳型となり、マウスの脳内で異常化したたんぱく質が蓄積したと推測できます。

ただ、誤解してほしくないのですが、Aβもαシヌクレインも手術や脳にじかに接種をしなければ基本的にはうつりません。ですから、過度に感染を恐れる必要はありません。

あらゆる病気の解明につながる可能性も

プリオン病の領域ではこれまでにノーベル賞を2回受賞していますが、発症や伝達のメカニズムなどプリオン病には解明すべき謎がまだ多く残されています。すなわち、この病気の研究には大きな可能性が秘められているということです。そのメカニズムが解明されれば、プリオン機序を有するさまざまな病気に治療の可能性が生まれ、ひいてはアルツハイマー病やパーキンソン病など患者数の多い神経難病の治療の鍵となるでしょう。

ただ、残念ながら今のところ日本では、欧米に比べてプリオン病研究は非常に遅れています。研究拠点がほとんどなく、研究者の数も非常に少ないのです。しかし最近では、アルツハイマー病やパーキンソン病の研究者たちが、たんぱく質のプリオン化に着目した研究を進めています。これはプリオン病の研究を発展させたい私にとって非常にうれしいことです。

プリオン病は患者数のきわめて少ない病気ですから、1つの研究所や国だけで研究を進めることは難しいでしょう。ですから世界が一丸となって研究を進める必要があります。今後の目標は、日本のナショナルセンターが中心となりプリオン病の研究を進めていくこと、そして日本が率先して世界に呼びかけ、プリオン病研究をリードしていくことです。プリオン病の研究は、多くの病気の解明につながる可能性がある。その研究を日本、そして世界が1つになって行うことが、未来の医療の発展につながると信じています。