連載難病・希少疾患患者に勇気を

診断誤れば両眼失明も 難病「視神経脊髄炎」を正しく治療するために知っておくべきこと

公開日

2020年06月16日

更新日

2020年06月16日

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2020年06月16日

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中枢神経系が侵され視力や運動能力などが障害される難病「視神経脊髄炎」は、近年、診断や治療方法が進歩し、正しく診断され、治療を受ければ「普通の暮らし」ができるようになりました。ただ、こうした変化は10年ほどの間に急激に進んだため、専門外の医師にはまだ情報が行き渡っていないのが現状です。長年にわたり、この病気の研究と治療に携わってきた国立精神・神経医療研究センター神経研究所特任研究部長、病院多発性硬化症センター長の山村隆先生に、治療の進歩と診断で気を付けるべきことなどについて聞きました。

人の運命を変えてしまう病

視神経脊髄炎は本当に悲惨な病気です。患者さんと実際に会えばそれが分かります。

かつて、20代で両眼失明してしまった患者さんがいらっしゃいました。なんとか治療しようとご両親が必死で医療機関を回っていたのですが、そのうちお母さんが看病疲れも重なって亡くなり、お父さんも倒れてしまいました。ご本人は親戚に世話になりながら、視力障害がある状況でトレーニングを受けて寂しく生きていました。ですが、もともとは裕福な家のお生まれで、そうなる人ではありませんでした。視神経脊髄炎は、人間の運命を変えてしまう、極めて恐ろしい病気です。

かつて同じ病気とされていた「多発性硬化症」

視神経脊髄炎は脳~脊髄に及ぶ中枢神経系の障害によって視力や運動、感覚などにさまざまな機能低下症状が現れる神経難病です。症状が高度な場合が少なくなく、両眼の失明や強い四肢・体幹の痛みやまひなどが生じることがあります。

視神経脊髄炎と症状が似ている「多発性硬化症」という神経難病があります。かつては視神経脊髄炎という病気の概念がなく、すべて多発性硬化症と診断されていました。

そのような状況だった2000年に、インターフェロンβが多発性硬化症の再発予防薬として承認されました。当時の診療ガイドライン(欧米での知見をもとに作成)には、「インターフェロン投与で症状が悪化しても一時的なものである可能性が高いので使い続けなさい」とありました。また、ステロイド剤については「使ってはいけない」と書かれていたのです。

ところが、視神経脊髄炎の患者さんは、ステロイドが有効で、インターフェロンでは逆に悪化してしまいます。多発性硬化症と診断が区別されておらず、そうしたことが分からないまま治療を受けて、両眼失明してしまったり完全なまひになってしまったりした方もいらっしゃいました。

そこからある発見がきっかけとなり、一気にパラダイムシフトが起こって視神経脊髄炎は多発性硬化症とは別の病気とされ、診断もできるようになったのです。両者は完全に分けなければならず、治療法も全く違うということになりました。

その発見とは2005年、「多発性硬化症」とされた患者さんの一部の血中に自己抗体の一種の「抗アクアポリン(AQP)4抗体」というたんぱく分子が検出されることでした。抗体は通常、体内に侵入した細菌やウイルスなどに結びつき、免疫の攻撃の“目印”になります。ところが、抗AQP4抗体は自分の細胞や組織に引っついて細胞や組織を壊してしまうのです。

この抗AQP4抗体の発見によって、多発性硬化症の中でも視神経と脊髄の炎症の強い患者さんは視神経脊髄炎という別の病気として区別されるようになりました。当時、専門家の間では大きなトピックになったのですが、そうした知識が一般の神経内科医に届くまでに10年、それ以外のドクターに伝わるにはさらに時間がかかって、今やっとその段階に差し掛かったというのが現状です。

眼科医は神経内科と連携を

眼科の診療の様子
写真:Pixta


視神経脊髄炎は最初、目の症状が現れることが多いため、初発の患者さんは眼科を受診することが少なくありません。それから、60~70歳で発症することもあり、老人医療も診断の盲点です。ですから、これら診療科の医師に視神経脊髄炎の正しい知識を持ってもらうことが、患者さんを悲劇から救うために大変重要だと感じています。

視神経脊髄炎の初期症状としては、視神経炎により急に片目が見えなくなることが挙げられます。初回は何もしなくても1週間ほどで治ってしまうことがありますが、この病気は再発を繰り返します。初回は完全に治ったとしても、2回目、3回目で失明する例が少なくありません。眼科医、そして一般の方々は、視神経炎が疑われる場合には、できるだけ早くに神経内科に相談してください。

眼科医の中には内科的治療に対して消極的な方もいらっしゃいます。ステロイドには糖尿病骨粗しょう症などの副作用リスクがあり、そういう経験のある医師はステロイド治療に消極的です。また、眼科の診療所は一般的には内科的合併症を考えた診療は難しく、ステロイド治療も短期間でやめてしまわれる傾向があります。そうすると患者さんは高頻度に再発を繰り返してしまいます。

視神経脊髄炎は単に視力が低下するだけでなく、さまざまな後遺症を残します。ひどいのが「痛み」で、胸が締め付けられるような、眠れないほどの痛みが出ることもあります。患者さんはありとあらゆる鎮痛剤を飲み、モルヒネまで使わなくてはいけない人もいます。外来治療は、痛みの対処だけでもかなり大変です。視神経脊髄炎と診断がついたら、すみやかに神経内科と連携することが重要です。

新薬開発で注目

視神経脊髄炎は神経系の自己免疫疾患です。これは、本来であれば「非自己」であるウイルスや細菌などの外敵を攻撃する免疫システムが、「自己」すなわち自らの組織を傷つけてしまうために発症する病気です。患者さんの血中に抗AQP4抗体が検出されるという話をしました。その後の研究で、この抗AQP4抗体の存在には、炎症性サイトカインの一種「インターロイキン6(IL-6)」が重要な役割を果たしていることを突き止めたのです。サイトカインというのは細胞から分泌される小さなたんぱく質で、細胞同士の情報伝達を担っています。

私たちは、IL-6の働きを制御することで視神経脊髄炎を治療できるのではないかと考え、当時、関節リウマチなどの薬として認可されていたIL-6阻害薬を使用する臨床研究を立案しました。そして、従来の治療では効果があまり見られなかった患者さんを対象に実施したところ、神経障害が改善し再発も激減。結果は2014年3月、米国の学術誌に掲載されました。

この臨床研究の第1号の患者さんは当時30歳代で、海外旅行後に激しい下痢をして、その後四肢まひの状態になってしまったという方でした。最初は多発性硬化症と診断されてインターフェロンを投与されていたのですが、どんどん悪くなっていました。ステロイドや免疫抑制剤など当時のあらゆる治療を受けたにもかかわらず、日常生活がほとんどできていませんでした。生活の質(QOL)は極めて悪く、病院に来た後2、3日は疲れて起き上がれなくなるような状態で、限界に達していたといっていい患者さんです。

その患者さんが、治療開始から3カ月で痛みがなくなり、4カ月目にはフル活動が可能になって、約8年たった現在も問題なく生活しています。

こうした研究から、視神経脊髄炎の治療を目的としたIL-6阻害薬が開発されています。他にも作用機序の異なる薬の開発が進んでいて、昨年5月に開かれた「アメリカ神経学アカデミー年次総会」では、IL-6阻害薬を含む3つの新薬が同時に発表され、議長が「今年は視神経脊髄炎の年だ」と述べるほど注目を集めました。

適切な治療 全国に普及を

山村隆先生

視神経脊髄炎は、かつては不治の病とされてきましたが、現在ではさまざまな治療法が開発されています。ただ、治療を誤れば両眼の視力を失うこともあり、個人にとっても社会にとってもその損失は計り知れないものがあります。きちんと診断し、適切な治療を受ければコントロール可能で再発もほぼ抑えられるようになっています。そういう医療を全国に普及したいと願っています。

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