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連載特集

「診断」を求める長い旅を終わらせるプロジェクト「IRUD」―中心の国立精神・神経医療研究センターの役割

公開日

2020年10月08日

更新日

2020年10月08日

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2020年10月08日

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何らかの症状があって病院に行けば、病名が分かり治療ができる――。それは決して当たり前のことではない。医療の進歩によって診断と治療が可能な病気は増えているとはいえ、いまだに診断がなかなかつかない病気がある。そうした苦しみを抱えた人を1人でも減らすためのプロジェクトが進められ、これまでに30を超える疾患遺伝子を発見するなど、着々と成果が上がっている。中心となっている国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の水澤英洋理事長にプロジェクトの意義や進め方、NCNPの果たす役割などについて聞いた。

全国に3万7000人の「未診断」患者

症状があって病院に行き、いろいろな検査をしても原因が分からない。それでも症状があるので違う医療機関に行く……それを繰り返しても診断がつかないこともある。「そうした行動は『diagnostic odyssey(診断をつけるための終わりのない旅)』と呼ばれ、患者さんや家族は暗闇をさまようような苦労をします」。水澤さんは、その苦しみを解説する。

診断がつかない理由は2つある。1つは「疾患そのものが知られていなかった」ため、もう1つは「名前はついているけれど、まれすぎて診断がつかない」ためだ。

日本医療研究開発機構(AMED)が全国のかかりつけ医と大学病院にアンケートを実施した結果、日本には3万7000人を超える「未診断」の患者がいると推定される。そうした終わりなき旅の途上にある人が、1人でも多く“終着駅”に到達できるよう、AMEDは2015年から、遺伝子を調べることで診断の手がかりを見つけ治療法の開発につなげる「未診断疾患イニシアチブ(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases:IRUD)」を進めている。

「2019年9月までに1万5000件以上、約5000家系の検体が集まりました。そのうち4000ほどが解析済みで、約43%で診断がつきました。ほとんどはまれな病気であることが未診断の原因でしたが、これまで知られていなかったまったく新しい疾患も24みつかりました。また、遺伝子疾患として知られてはいたもののフェノタイプ(表現型)が異なるものを含めると、35の疾患遺伝子がこのプロジェクトで発見されました」と、水澤さんが成果を説明する。

診断がつくことの大きな意味

既知の疾患であっても、診断がつくことの意味は大きい。昨年12月に行われたAMED設立5周年のシンポジウムで水澤さんが発表した、ある希少疾患の事例を紹介してくれた。

「新生児期から5歳になるまで、クローン病などさまざまな診断名でいくつもの病院に行って治療を受けていたものの、それがうまくいっていないお子さんがIRUDにたどりつき、『X染色体に連鎖する炎症性腸疾患』という診断がついたのです。これは既知の病気で、骨髄移植で治療ができることも分かっています。この子は完治して今では元気に小学校に通っているそうです。お母さんは『こんな日が来るとは信じられない』と話しているそうです」

未診断の人は「ネットワーク」にアクセスを

自分や家族が診断のつかない症状に悩んでいるとき、どうすればいいだろうか。

厚生労働省は2018年から、新たな難病医療提供体制の構築を進めている。各都道府県に1カ所以上の難病診療連携拠点病院、より身近な難病医療協力病院、かかりつけ医などの一般病院・診療所からなる診療体制が構築され、そこにIRUD、難病研究班、学会なども加わった「難病医療支援ネットワーク」が整備されている。

「例えば、かかりつけ医で『これは普通の病気じゃない、難病かもしれない』と思ったら協力病院や拠点病院に紹介する。そのような形でこの診療体制に乗ってくれれば、最も優れた診断技術にアクセスすることができます。そういう体制が整ってきて、これからは効率よく運用していく時代になりました」と水澤さん。

ただ、診断はついても、根本的な原因が不明なため根治薬がない病気が多いのも現実だ。

「飲んだら根治か寛解(根治ではないが病状が治まって穏やかな状態)につながるような治療薬を開発しなければ解決にはならないとはいえ、その前のところまでは来ています」

水澤英洋理事長

治療薬開発には10年単位の歳月が

プロジェクトの中心となっているNCNPは、全国に6つある国立高度専門医療研究センター(ナショナルセンター)の1つだ(他は、国立がん研究センター▽国立循環器病研究センター▽国立国際医療研究センター▽国立成育医療研究センター▽国立長寿医療研究センター)。その名の通り、小児から老年に至るまでの精神疾患と神経疾患、すなわち「脳とこころ」「神経と筋」の病気の“克服”を目指して研究を重ねている。

「扱っている疾患は、数が非常に多いという特徴があります。数というのは、疾患の種類と、患者さんの規模の両方です。そして、残念ながら根治することの難しいものがほとんどなのです。そうした疾患を完璧に治療する方法を開発すること、それに加えて現在なしうる最適な治療を標準化して全国で等しく受けられるようにする『均てん化』という両面の意味を持った“克服”が当センターの使命です」

その使命を果たすため、1つの病院と精神、神経の研究所が1つずつあり、病院と研究所が一体となって活動している。

例えば、研究所である疾患の治療法や診断法のシーズ(種)を見つけたら、実際に患者に使われるものにするための研究をし、治験(治療の臨床試験)を経て効果と安全性が確認されて初めて世に出る――という経過をたどる。「その全過程を1つの施設でできるのが当センターの強みです」と水澤さんは言う。

ただ、種から実際の治療薬という“花”が咲くまでには、長い時間を要する。

「デュシェンヌ型筋ジストロフィーという難病の治療薬『ビルトラルセン(一般名)』が、今年5月に発売になりました。筋ジストロフィーは、体の筋肉が壊れやすく、再生されにくいという症状の全身性疾患で、さまざまな病型があります。その中でもデュシェンヌ型はおそらく1番その名が知られ、患者数も多い病型です。国内に約5000人の患者さんがいます。原因遺伝子が性(X)染色体上にあるため男性だけに発現し、4~5歳ごろに発症してどんどん進行し20~30歳で亡くなる、難しい病気です。ビルトラルセンで根本的な治療まではいきませんが、遺伝子のエラーを『エクソンスキップ』という方法でカバーして、患者さんに作れなかった筋肉に関わるたんぱく質が作れるようになります。遺伝子治療の1つで、世界で最も効率がよく、臨床的に筋力改善の可能性が認められています。この薬はシーズから創薬まで、提携企業と共に一貫して当センターで研究してできた成果です」

ここに至るまでに10年以上かかったという。それだけの時間と努力の末に生み出された薬だが、効果は本症の多くの遺伝子変異のいくつかに限られる。ほかにも論文発表から「医師主導治験(前期第2相試験)」という“つぼみ”に育つまでに20年かかり、治療薬の発売という開花までにはまだ時間を要しそうな薬もあるという。

「希少疾患にかかっている多くの方が、こうした薬を待っています。しかし、疾患の種類が多く、1つ1つがレアな病気なので、一気に長足の進歩というのは難しい面もあります」と、その困難さを語る。

治療にたどり着くには専門家にアクセスを

日本では難病法で現在、333の指定難病が定められている。もし、そうした難病にかかってしまった、あるいは疑いがある人は、どうすれば治療にたどり着けるだろうか。

1つは難病情報センターのウェブサイトで、1つ1つの疾患をカバーする研究組織が掲載されている。あるいは、厚労省にも連絡できるようになっている。いずれかのルートで専門家にアクセスすることが第1歩になる。

「そのアクセスをスムーズにしていくことが大事です。まったく新しい病気の場合にはすぐに治療に結びつくことは少ないかもしれません。しかし、免疫性疾患に関しては、いまや治療法はたくさんあります。先ほど紹介した炎症性腸疾患のお子さんの例のように、診断が確定すればすぐに既存の治療ができることもあります。ですから、治療が難しい病気では、まずはこうしたルートでアクセスすることがとても重要です」

「odyssey」はギリシャの叙事詩「オデュッセイア」に由来する。その主人公は、長い苦難の旅の果てに故国に帰還する。「diagnostic odyssey」の途上にある人は、その旅を終わらせるためにも、専門家にアクセスするルートを探してほしい。

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