身近な症状の1つである腰や関節の痛み。若い方の中にも、腰痛や関節痛の経験がある方はいらっしゃるのではないでしょうか。ところが、そんなありふれた痛みに予想外の病気が隠れているかもしれません。指定難病の1つである強直性脊椎炎(きょうちょくせいせきついえん=ankylosing spondylitis:AS)は、若い時期に発症することが多いといわれ、その症状には腰痛や関節痛も含まれます。
早期発見による治療で症状のコントロールが期待できるとされるこの病気には、どのような特徴があるのでしょうか。長年、患者さんの診療に携わってきた岡山済生会総合病院 リウマチ・膠原病センター長の山村昌弘先生に、病気の特徴や早期発見の手がかりとなる症状についてお伺いしました。
強直性脊椎炎は10~20歳代で発症することが多く、腰やお尻、胸さらには股や膝の関節などに痛みや腫れが生じます。重症化すると、しだいに脊椎や関節の動きが悪くなり、脊椎が固まって動かなくなることもあります。私が診た中で、最初に受診した時にはまだ中学生だった患者さんがいます。炎症反応が強く、関節の痛みとともに37度を超える発熱が認められました。ちょうど高校受験を控えた時期で、本人はつらかったと思います。
関節の痛みなどの症状から、関節リウマチに似た病気と思われる方もいるかもしれません。しかし、この2つの病気は発症の原因や進行などさまざまな点で異なります。たとえば、手足の関節など末梢の関節が障害されることが多い関節リウマチと異なり、強直性脊椎炎では主に体重を支える脊椎や骨盤が障害されます。また、より遺伝的な要素が発症に影響すると考えられています。進行も関節リウマチよりも緩やかであることが多いでしょう。
さらに、1人の患者さんとの出会いをきっかけに「体を動かすことで症状が改善する」という強直性脊椎炎の大きな特徴を再認識しました。
強直性脊椎炎は希少疾患であるため、私自身、医師になってしばらくは診療に携わる機会があまりありませんでした。そんな中、偶然にもある大学生の患者さんの診療を担当することになりました。
その患者さんから聞いて非常に興味深かったのは「運動すると楽になる」というお話です。体を動かすと症状が楽になることを経験的に発見し、授業の間の休憩時間などにストレッチを行っているというのです。それによって体の柔軟性が保たれ、痛みもコントロールされていることが分かりました。さらに、夜間に痛みで起きることがあっても、体を動かすと楽になり眠れるということを教えてくれました。
これは、それまでに聞いたことがないような訴えだったので、非常に印象的であったことを覚えています。患者さんの状態によって程度に差はありますが、強直性脊椎炎ではこのような運動が症状の改善につながることが分かっています。
運動以外に強直性脊椎炎の症状を改善する有効な方法はないのでしょうか。2020年11月現在、強直性脊椎炎の根治的治療法は確立されていませんが、薬による治療である程度症状の改善が期待できるといわれています。
私の患者さんの中にも、薬物治療によって症状が大きく改善された方がいました。先にお話しした、当時中学生だった患者さんです。関節リウマチなどの治療に使われる「生物学的製剤」で治療しました。定期的に受診・治療を続けることで症状が大きく改善し、元気になりました。その患者さんが大学生になるまで継続的にフォローしましたが、成長しても病気の進行は抑えられ炎症反応もなくなりました。大学ではテニスのクラブにも入り、健康な方たちとほぼ同じように日常生活を送っていたと伺いました。
この患者さんの場合、もともと炎症反応がかなり強かったことと、発症早期の治療であったことが功を奏し、薬物治療の効果があったのだと考えています。
こうした例からも分かるように、発症早期に診断を受け治療をスタートすることで、症状をコントロールできるケースが多いでしょう。さらに、病気の進行も抑えることができると思います。
ただし、強直性脊椎炎は「発見が難しい」病気です。強直性脊椎炎で現れる腰やお尻、関節の痛みは、ヘルニアなどのほかの病気や運動後など、一般的によく見られる症状の1つであるからです。放っておけばよくなるだろうと思い、放置されるケースも少なくないでしょう。また、日本では発症する患者さんが少ないことが影響し、診断時に医師がこの病気を疑っていない場合もあります。もしも疑わしい症状がある場合には、専門医への受診が早期発見につながるでしょう。
目安として、睡眠中に腰やお尻、股関節や膝関節などの痛みで目が覚めることがある、朝方に痛みが強くなり夕方になると軽くなる傾向がある、体を動かすことで症状が和らいだりする――などがあります。これらの症状があるからといって必ずしも強直性脊椎炎とは限りませんが、同じ症状が続く場合には一度は専門医の受診を検討することをおすすめします。
強直性脊椎炎は、進行とともに全身にさまざまな合併症が起こる可能性があります。そのため、単純に強直性脊椎炎=関節の病気とはいえないのです。私自身、発疹などの症状が現れる乾癬(かんせん)と呼ばれる皮膚の病気を合併した患者さんの治療に携わった経験があります。
ほかにも、病気の進行に伴い肺の一部が線維化して硬くなったり、肋骨(ろっこつ)の動きが悪くなったりすることがあります。また、目の痛みや視力に障害が現れ、緑内障や白内障の原因となりうる虹彩炎を合併する場合もあります。このように、全身に影響を与える可能性のある病気ということも覚えておいてほしいと思います。
強直性脊椎炎は、正確に診断してなるべく早く適切な治療を受けることができれば、症状の改善が期待できます。これは、全身に起こりうるさまざまな合併症の予防にもつながるでしょう。
現状では、必ずしも早期診断によって発症早期に治療をスタートすることができる患者さんばかりではありません。中には、病気を発見されないままADL(日常生活動作)を保つために何かしらの手術を受けた後に診断されるケースもあります。
このようなことを可能な限り防ぐため、今後もできるだけたくさんの方の診断に携わりたいと思っています。早期診断のためには医療者同士のネットワークも大切です。ほかの病院やクリニックの医師には、安静時に痛みが強くなり運動によって痛みが治まるなど強直性脊椎炎で現れるような症状があれば、患者さんを紹介してほしいとお伝えしています。このようなはたらきかけによって患者さんを発見できるケースもあるからです。
もしもこの病気の診断を受けたとしても、治療は進歩しているので希望を捨てないでいただきたいと思います。また、たとえ治療によって症状が改善したとしても、治療を継続し症状をコントロールし続けることも大切です。
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