低温にさらされることで手指や足先に感覚障害を起こしたり、重度の貧血になったりする希少疾患「寒冷凝集素症(cold agglutinin disease:CAD)」に対する初めての治療薬が、日本で6月に製造販売承認された。開発したサノフィが、大阪大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学、西村純一・招聘(しょうへい)教授を招いて開催したメディアラウンドテーブルから、寒冷凝集素症の症状や治療、展望などをまとめた。
CADは「寒冷凝集素」という自己抗体によって起こる希少疾患の1つ。「温式AIHA」「発作性寒冷ヘモグロビン尿症」と合わせて「自己免疫性溶血性貧血(AIHA)」と呼ばれ、難病指定されている。寒冷凝集素がなぜ生じるかはいまだ分かっていない。
CADの原因となる寒冷凝集素は「冷式抗体」とも呼ばれ、多くの場合は抗体の一種IgM(免疫グロブリンM)だ。寒冷凝集素は低温(29℃付近)の末梢部で活性化し、赤血球にとりついて凝集させると同時に、免疫系を構成するタンパク質の一種「補体」が寒冷凝集素に結合、活性化する。血流によって体幹部に移動すると、寒冷凝集素は温度が高いため赤血球から遊離する一方で、補体の活性化は継続する。補体の3つの活性化経路のうち「古典経路」と呼ばれる作用により、赤血球は最終的に肝臓でマクロファージの「クッパー細胞」に貪食(異物などを取り込み消化・分解)されるか、血管内で細胞溶解を起こす。
CAD患者は▽寒冷暴露による手足の指などの皮膚が濃い青紫色になる「先端チアノーゼ」や白くなってしびれる「レイノー現象」、末梢の感覚障害、皮膚の網状皮斑などの末梢循環障害に伴う症状▽貧血、疲労感、虚弱、労作時の呼吸困難などの養血による慢性貧血▽黄疸▽ヘモグロビン尿――といった症状が現れる。また、患者は慢性的な貧血や消耗性疲労、溶血性発作や生活の質(QOL)の低下がみられる。血栓(血の塊)が血管で詰まる血栓塞栓や若年死のリスクが高まることも知られている。
診断されている患者数は非常に少ない。1998年の疫学調査(特定疾患治療研究事業未対象疾患の疫学像を把握するための調査研究班「溶血性貧血.平成11年度報告書」)によると、溶血性貧血全体で国内の患者数は約2600人、うちAIHAは合計で1500人と推定。CADは溶血性貧血の4%(約100人)とされる。また、北欧での調査によると有病率は100万人あたり16人、年間発症率は100万人あたり1人と報告されているがいずれも過小評価の可能性があるとみられている。
寒冷凝集素は1903年に初めて報告されて以降、100年以上にわたって安全で効果的な治療法がなかった。
承認された新薬は、活性化した寒冷凝集素に結合した補体の「C1sサブコンポーネント」を阻害することで反応経路を遮断し、溶血を抑制する(図)。第3相臨床試験では、26週間で効果がみられた患者(レスポンダー:ヘモグロビン濃度がベースラインから2g/dL以上増加もしくは12g/dL以上まで増加し、かつ第5週から第26週まで輸血が不要で、ほかのCAD関連治療を受けない患者と定義)の割合が54.2%で、有効性が認められたとしている。
これまで、CADの適応で承認されている治療法はなく、以下のような治療が行われてきたがいずれも限界が指摘されている。
薬物療法としては副腎皮質ステロイド、分子標的薬「リツキシマブ(抗がん剤・免疫抑制剤)」、リツキシマブ+ベンダムスチン(抗がん剤)併用療法が行われてきた。ただし、ステロイドは有効性を得るには高容量が必要なため長期間にわたって用いることができない▽リツキシマブは保険適用外で、完全寛解率は3.7~5%▽リツキシマブ+ベンダムスチンも保険適用外であることに加え、グレード3~4の血液毒性発現率が33%――など限界があった。
一方、非薬物治療としては▽頭・顔・四肢への寒冷刺激を避ける、暖かい地域への移住、冷たい飲料の摂取を避けるなどの寒冷ばく露回避と保温▽輸血▽血漿交換――などが行われてきた。しかし、寒冷ばく露の回避・保温の有効性を検証した試験は実施されておらず、亜熱帯地域にも重症患者が存在する▽輸血は免役的・感染性の副作用を伴ううえ、輸血した赤血球も溶血する▽血漿交換の効果は一時的――といった限界があった。
最後に西村氏は「日本の血液内科医の中でも、寒冷凝集素症の患者さんを診たことのある医師は少ないでしょう。新薬の登場でこの病気に対する認知度が上がり、これまで診断されないまま苦しい思いをしてきた患者さんの治療につながる可能性があります。新薬により患者さんのQOL改善が期待されます」とまとめた。
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