連載こんな時は要注意!脳が発するSOS

脳に血液を送る太い血管にできる大きなこぶで現れる目の異常

公開日

2020年01月20日

更新日

2020年01月20日

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2020年01月20日

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東京都立多摩総合医療センター 脳神経外科 部長

太田 貴裕 先生

目が教えてくれる脳の病気【2】

物の見え方に異常があるとき、まずは目の病気を疑い眼科を受診するかと思います。しかし目に限らず、症状が表れた器官とは別の場所に根本的な原因があることも少なくありません。前回は物が二重に見える原因の1つとして動眼神経麻痺を起こす脳動脈瘤(どうみゃくりゅう)の切迫破裂について説明しました。今回は、物が二重に見えるなどの症状が現れる危険な病気の1つ「外転神経麻痺(まひ)」の原因と治療について説明します。

右側は普通に見えるが左はずれが大きく

2カ月ほど前からなんとなく見えにくさを感じていた65歳の女性のケースです。目の前の物が二重に見えて目の焦点が合わない感じがします。右側を見るときちんと見えるのですが、左側を見ようとすると両眼の見え方のずれ幅が大きくなるといいます。この2週間ほどは頭痛があるとのことで、詳しくお話を伺うと左眼の奥のあたりが痛むということでした。

眼科を受診し、左瞳孔が内側を向いている状態で「左側の外転神経麻痺」と診断、「脳神経外科で診てもらってください」と言われました。

頭痛を起こした女性

「外転神経麻痺」とは

前回のおさらいになりますが、物が二重に(2つに)見えることを「複視」といい、さまざまな原因があります。そのうち、ご自分の手で片目を隠した時、片目では左右どちらでも1つに見えるのに両目では2つに見えるならば脳神経外科で診察や検査が必要です。目が2つあるのに、物が1つに見えるのは、両目が同時にうまく調節して動いてくれるからです。そうした調節に関わるのは第3脳神経(動眼神経)、第4脳神経(滑車神経)、第6脳神経(外転神経)の3つで、どれか1つでも障害されると「複視」が出現します。

今回のテーマに関わる外転神経は、眼球を外側に動かす神経で、まひすると眼球が外側へ向かなくなり、正面を見ているつもりでもまひした側の眼球が内側を向いてしまいます。両眼で同じ方向をみることができなくなりますので患者さんは複視を自覚します。複視は、まひ側を見ようとすると悪化します。

通常、片眼に起こることが多いですが、脳腫瘍などで頭蓋(とうがい)内圧が上昇した際は、両眼で起こることがあります。

脳の動脈にできたこぶが神経を圧迫

外転神経がまひする原因としては、脳血管障害糖尿病、頭部外傷、脳腫瘍、炎症などが考えられます。このうち脳血管障害の1つとして、脳動脈瘤が外転神経を圧迫していることが原因である可能性もあります。その場合は今回の患者さんのように頭痛を伴うことも少なくありません。

大脳へ血流を送る太い動脈を内頸動脈と言います。内頸動脈は首の側面で拍動を触れることができますが、頸部から上は目の奥で頭蓋骨の中のトンネルを通って脳に至ります。その途中に通る眼球の後ろ側には目を動かす神経も通っており、特に外転神経は内頸動脈に接して走行しています。その外転神経と内頸動脈が接して走行する部位に動脈瘤ができることがあります。

この部位の動脈瘤は脳の底部、脳を包んでいる膜(硬膜)の外側かつ頭蓋骨に囲まれているため、破裂を起こす危険は低いものです。しかし自覚症状が出にくいため、症状が現れたときには動脈瘤が大きくなっていることが多いのです。動脈瘤の最大径が15mm以上だと「大型」、25mm以上だと「巨大動脈瘤」と言います。破裂する可能性は低いのですが動脈瘤の周りの眼球運動に関わる神経を圧迫すると複視が出現します。またもう少し脳に近い部位にできた大型・巨大脳動脈瘤は視力・視野(見える範囲)に関わる視神経を圧迫することがあります。その場合には視力が悪化する、視野が狭くなる、ということがあります。

大きな脳動脈瘤が疑われたら早めに検査を

内頸動脈の動脈瘤が疑われる症状があれば、まずは検査です。核磁気共鳴画像法(MRI)や磁気共鳴血管画像(MRA)、造影剤を使ったCT検査などで脳動脈瘤がないかを調べます。もし外転神経麻痺を引き起こしている大型・巨大な脳動脈瘤がある場合には治療を行うことを考えます。前回説明した動眼神経麻痺のような「一刻を争う」緊急ではありませんが、こうした症状が出るほど大きくなった動脈瘤には症状が改善する見込みが少ないこと、また破裂の危険が伴うため検査は早めに受けていただくことをお勧めします。

脳の画像検査結果

通常は、開頭して脳動脈瘤の根元をクリップで挟み、こぶの中に血流が入らないようにする「脳動脈瘤クリッピング術」、あるいは足の付け根の血管からカテーテルという細い管を脳の血管まで到達させ、脳動脈瘤の中に細い金属のコイルを詰めてこぶをふさぐ「脳動脈瘤コイル塞栓(そくせん)術」といった方法で治療します。しかし、大型・巨大脳動脈瘤ではこうした治療が難しい場合が多くあります。

通常の治療が困難であれば、頸部を切開して内頸動脈の血流を止めるとともに脳の血管へのバイパスをつくるといった治療が考えられます。ただ、頭と頸部を切開する必要がありますし、手術のリスクも高くなります。

一方、カテーテル治療ではここ数年で新しい治療が行えるようになりました。「フローダイバーターステント」といって網目の非常に細かいステント(金属でできた筒状の機器)を動脈瘤の根元の動脈内に留め置くことで動脈瘤を閉塞させることができるものです。フローダイバーターとは、日本語でいうと「血流改変」となります。網目の細かいステントが、動脈瘤ができてしまった内頸動脈の新たな“壁”としての役割を果たすことと、網目が細かいので動脈瘤内への血流を減らし動脈瘤内の血液の流れが遅くなり血栓(血の塊)ができて動脈瘤が閉塞することを促進するという2つの効果があります。この治療は体への負担が少なく、治療自体の危険性も低いものです。ただこの治療を行うにはきちんとトレーニングを受けることが必要で、限られた治療医・施設でしか行えないことになっています。また、留置した後はステントそのものに血栓がつかないようにするため、血液を“サラサラ”にする抗血小板薬の内服をしばらく続けていただく必要があります。

 

一般的に脳動脈瘤は破裂するとくも膜下出血を起こすことがあります。ただし今回説明したように、脳を包む膜の外側にできるためくも膜下出血を起こさない脳動脈瘤もあります。その場合は、大型あるいは巨大動脈瘤に接した脳神経麻痺によって気づかれることがあります。多い症状は複視ですので、急に物が2重に見えることがあれば脳動脈瘤のサインであることも疑い、眼科あるいは脳神経外科を受診してください。

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東京都立多摩総合医療センター 脳神経外科 部長

太田 貴裕 先生

脳神経外科のエキスパート。脳動脈瘤・頚動脈狭窄症・脳動静脈奇形・もやもや病に対する血行再建術などの脳血管障害全般における開頭手術と血管内治療のハイブリッド治療を行っている。血管内治療による急性主幹動脈閉塞症に対しての経験が豊富であり、また髄膜腫・神経鞘腫など良性脳腫瘍の外科治療も手掛けている。