連載こんな時は要注意!脳が発するSOS

肺と脳と遺伝の病気の“知られざる”関係

公開日

2019年06月03日

更新日

2019年06月03日

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2019年06月03日

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東京都立多摩総合医療センター 脳神経外科 部長

太田 貴裕 先生

「オスラー病」を知っていますか【2】

坂道を上るときに息切れがする、すぐに呼吸が苦しくなることがある、体全体がだるい。年のせい、あるいは太りすぎが原因と思って放置していると、ある日突然脳梗塞(こうそく)で倒れてしまうことも――。実は、肺の病気でこのような症状が出ることがあります。そしてその根本に、遺伝性の病気があるかもしれません。

呼吸が苦しい女性

何度も再発する脳梗塞 原因は肺に

ある患者さんは大きな血の塊(血栓)が脳の太い動脈に詰まってしまい、脳梗塞を起こして当院へ運ばれてきました。また別の患者さんは脳梗塞を起こして内科に入院しましたが、よくお話を聞くとこれまでに5回脳梗塞を起こしたことがあるそうです。脳梗塞は再発することがよくありますが、4回も5回も起こすことってあるのでしょうか?

血栓ができる原因を調べた結果、お2人とも肺の病気が見つかりました。この患者さんの問診と視診で、前回お話しした「鼻血」以外にも「手の指や唇に赤いポツポツがあること」を確認したうえで、「オスラー病」と診断しました。

オスラー病が原因で起こる肺動静脈瘻

オスラー病は「遺伝性毛細血管拡張症(Hereditary Hemorrhagic Telangiectasia: HHT)」のことで、指定難病に認定され、日本には1万人以上の患者さんがいると推定されています。

そして、前述の脳梗塞を起こしたお2人は、いずれもオスラー病患者によくみられる「肺動静脈瘻(ろう)」という病気を発症していました。これは、異常な血管が生じることで、心臓から肺に血液を送り出す動脈と、肺から心臓に血液を戻す静脈が毛細血管を介さずにつながって(短絡)しまう病気です。

こうした肺の病気がどうして、脳梗塞のような脳の病気と結びつくのでしょうか。それを知るためにはまず、肺の働きと役割を説明する必要があります。

脳の血管が詰まってしまうのは

肺の主な役割は空気中の酸素を血液に取り込んで全身へゆきわたらせることです。肺には毛細血管という非常に細い血管が無数にあり、そこで空気中の酸素を血液中の赤血球へ受け渡しています。全身を回った血液は肺に戻ってきて、酸素を取り込んで再び脳や全身へ流れていきます。ここまでは皆さんもご存じでしょうが、肺にはもう一つ、重要な役割があります。それは、血液に混じって流れてくる細菌や血栓などを毛細血管でこしとる「フィルター」の機能です。

肺動静脈瘻では、肺に戻ってきた血液がこのフィルターを通らずに再び全身へと流れていくことになります。そのため、脚などでできた血栓が脳に飛んでいくということが起こり、脳梗塞の原因になるのです。また、血中に入った細菌が脳へ運ばれると、そこで細菌が増えて膿(うみ)がたまり「脳膿瘍(のうのうよう)」を起こすこともあります。血栓や細菌は必ず脳へ運ばれるわけではなく、全身に飛散することがあります。

それとは別に、血液が肺の毛細血管を通らなくなってしまうと十分に酸素を取り込めず、全身へ十分な酸素を送ることができなくなります(低酸素血症)。肺動静脈瘻で息切れが起こったり呼吸が苦しくなったりするのはこのためです。

治療で合併症リスクを低減

肺動静脈瘻の患者さんがこうした合併症を避けるためには、日常生活で次のようなことに注意してください。

  • 歯の治療(抜歯など出血を伴うもの)をした▽動物や人にかまれたり引っかかれたりした▽屋外で転んでけがをした――といった時には、脳膿瘍予防のために抗菌薬の予防投与を受けてください
  • スキューバダイビングは空気による脳梗塞を起こす危険性があるためやめてください
  • 高い山に登ったり飛行機に長時間乗ったりすると、急に息切れが出現することがあるので主治医の先生とよく相談してください
  • たばこを吸っている場合は禁煙し、規則正しい生活をしてください

肺動静脈瘻は治療が可能な病気です。そして、治療することによって合併症のリスクを大きく低減させることができます。

かつては外科的に動静脈の奇形を切除する治療が一般的でしたが、最近は体への負担が少ない、カテーテル治療が広く行われています。柔らかい細い管を脚の付け根の静脈から差し込んで病変部分まですすめ、その先端からプラチナ製のコイルを出して短絡した血管をふさぐという治療法です。

オスラー病が疑われたら

肺動静脈瘻患者の30~40%はオスラー病です。逆に、オスラー病の患者さんの約30%に肺動静脈瘻が認められ、女性のほうが多いとされています。オスラー病と診断された患者さんは、肺動静脈瘻がないかどうか検査を受けた方がよいと考えます。もし、今はないと診断されても、オスラー病の患者さんは将来にわたって発症する可能性はあります。患者さんには「今は見つからないけれども、今後時間がたってから新しい病気として出てくるかもしれませんし、今は見つからないくらい小さいものがあるかもしれません。ですから、5年に1回は定期的に画像検査していきましょう」とお話ししています。

画像診断

前回の繰り返しになりますが、オスラー病には以下のような診断基準があります。

  1. 繰り返す「鼻血」
  2. 皮膚や粘膜の「毛細血管拡張」(口唇、口腔、指、鼻が特徴的で、他に眼球結膜や耳も)
  3. 肺、脳、肝臓、脊髄、消化管の動静脈瘻(どうじょうみゃくろう)や動静脈奇形(いずれも動脈と静脈が末梢<まっしょう>血管を経ずにつながる病気で、まとめて「シャント=短絡」と表現することもあります)
  4. 第1度近親者(両親、兄弟姉妹、子ども)にこの病気の患者さんがいる

この4項目のうち該当するものが3つ以上あると「確診(definite)」、2つで「疑診(probable)」、1つだけならば「可能性が低い(unlikely)」とされます。

もし該当する項目が2つ以上あると思われた方は、日本オスラー病患者会のウェブサイトに詳細な情報があります。

また、日本国内でオスラー病を診察できる病院については診療可能な病院リストがあります。ただし、全国で46病院(2018年12月現在)と少数のため、簡単には診察を受けられない人もいるかもしれません。普段から鼻出血が頻発するなど気になる症状がある場合、上記病院リストの担当医師にメールで質問する方法もあります。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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東京都立多摩総合医療センター 脳神経外科 部長

太田 貴裕 先生

脳神経外科のエキスパート。脳動脈瘤・頚動脈狭窄症・脳動静脈奇形・もやもや病に対する血行再建術などの脳血管障害全般における開頭手術と血管内治療のハイブリッド治療を行っている。血管内治療による急性主幹動脈閉塞症に対しての経験が豊富であり、また髄膜腫・神経鞘腫など良性脳腫瘍の外科治療も手掛けている。