連載こんな時は要注意!脳が発するSOS

まぶたが下がる、二重に見える…原因は命にかかわる脳の病気かも

公開日

2019年12月19日

更新日

2019年12月19日

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2019年12月19日

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東京都立多摩総合医療センター 脳神経外科 部長

太田 貴裕 先生

目が教えてくれる脳の病気【1】

目に関することわざはたくさんあります。例えば、「目は口ほどに物を言う(目つきは口で話すのと同じくらい気持ちを相手に伝えることができるということ)」「目は心の鏡(目を見ればその人の心がわかるということ)」などと言います。これは「目」が他人とのコミュニケーションにおいて重要な情報のやりとりを行う場所であることを示していると思います。「目が重要な情報を提供してくれる」ことがあるのは、脳神経系の病気についても同様です。これから数回にわたり、目が教えてくれる脳の病気についてご紹介していきたいと思います。今回は物が二重に見えるなどの症状の原因となる危険な病気について説明します。

眼科医が「すぐに脳神経外科受診」を指示

あるとき急に左目が見えにくくなっていることに気づいた72歳の女性のケースです。異常を感じて鏡を見ると、左目だけまぶたが下がっています。まぶたを指で上に持ち上げても、手を放すと下がってしまいます。また目の前のものをみると、二重に見えて目の焦点が合わない感じがします。

まず近くの眼科を受診してみましたが、左目だけ瞳孔(眼球の色がついている「虹彩」の中央にある黒く丸い部分)が大きくなっていると言われました。眼科の先生に「頭痛はないですか」と聞かれて思い返すと、左目が見えにくくなる前からなんとなく頭痛があったことに気付きました。それを話すと、眼科の先生は「すぐに大きな病院に行って、脳神経外科を受診してください!」と言いました。

私たち脳神経外科医は、患者さんのこのような情報を聞くとすぐに考える病気があります。準緊急で手術をしなければいけない場合があるからです。どのような病気が疑われるかの前に、どのような目の症状が危険なのかを説明します。

物が2つに見える原因は

物が二重に(2つに)見えることを複視といいます。複視の原因はさまざまなものがあります。ここでポイントはご自分の手で片目を隠してどう見えるか確認することです。右手で右目を隠してみて二重に見えるのであれば、左目の異常です。その逆に、左目を隠したときに二重に見えるようであれば右目の異常です。(片目で二重に見える症状であれば、眼科の先生に相談するのがよいです)。症状が軽い時には「なんとなくぼけて見える」「なんとなく見えにくい」という感じになることもあり、ご自分で複視かどうかわからない場合もありえます。疲れていると、一瞬ものが二重に見えるということはよくありますので症状が一時的であれば心配ありません。

見え方の確認

一方、眼科ではなく脳神経外科で診察や検査が必要になるのは、片目では左右どちらでも1つに見えるのに両目では2つに見える複視で、今回の患者さんもこのケースに該当します。

そもそも目が2つあるのに、物が1つに見えるのはなぜでしょうか。それは、両目が同時にうまく調節して動いてくれるからです。目を動かす脳神経は第3脳神経(動眼神経)、第4脳神経(滑車神経)、第6脳神経(外転神経)の3つあり、そのうちどれか1つでも障害されると「複視」が出現します。今回は、このうち動眼神経が障害される「動眼神経麻痺(まひ)」の原因と治療について説明します。

脳の動脈にできたこぶが神経を圧迫

動眼神経麻痺は▽まぶたが垂れる(眼瞼下垂<がんけんかすい>)▽目の動きが悪い(眼球運動障害)▽目が外側に向いてしまう――ことなどを主な症状として発症します。眼瞼下垂は、瞳を覆うように誰が見てもはっきりわかるような症状であることが多いです。まぶたが下がっていると視界がふさがれて片目で見ていることになるため自覚しない方もいますが、まぶたを上げると複視があることに気づきます。さらに瞳孔が広がって(散瞳)、光に対して瞳孔が小さくなったり大きくなったりする「対光反射」がなくなっている場合があります(瞳孔障害)。

原因としては、瞳孔障害がある場合は、脳動脈瘤(どうみゃくりゅう)が動眼神経を圧迫していることが原因である可能性が高く、その場合は今回の患者さんのように頭痛を伴うことも少なくありません。急に動眼神経麻痺が出現したということは、以前からあった脳動脈瘤(特に、破裂しやすいとされている「内頸動脈後交通動脈分岐部動脈瘤」)が急に大きくなって動眼神経を圧迫したと考えられます。これは脳動脈瘤の「切迫破裂(破裂寸前の状態)」と判断します。脳動脈瘤が破裂すると、くも膜下出血を発症して命にかかわることもありますので、緊急で検査をして脳動脈瘤がある場合には脳神経外科での手術治療が必要になります。

危険な脳動脈瘤があったら可能な限り急いで治療

検査としては核磁気共鳴画像法(MRI)や磁気共鳴血管画像(MRA)、造影剤を使ったCT検査などで脳動脈瘤がないかどうかを調べます。もし動眼神経麻痺を引き起こしている危険な脳動脈瘤がある場合には可能な限り治療を急ぐべきで、場合によっては脳神経外科を受診した当日か翌日に行うことになります。治療は、開頭して脳動脈瘤の根元をクリップで挟み、こぶの中に血流が入らないようにする「脳動脈瘤クリッピング術」、あるいは足の付け根の血管からカテーテルという細い管を脳の血管まで到達させ、脳動脈瘤の中に細い金属のコイルを詰めてこぶをふさぐ「脳動脈瘤コイル塞栓(そくせん)術」のいずれかを行うことになります。

一方、瞳孔異常がない動眼神経麻痺の場合には、動眼神経の虚血や炎症、脳梗塞(こうそく)、頭部外傷などを原因として考えます。しかし瞳孔異常がないからといって脳動脈瘤もないとする根拠にはなりませんので、急に発症した動眼神経麻痺の患者さんは全例脳の検査を受けていただく必要があります。

MRI

冒頭の患者さんは、私たちの病院の救急外来を受診し、急に発症した左動眼神経麻痺の診断で脳動脈瘤の切迫破裂を強く疑いました。緊急で頭部MRA検査を行ったところ予想通り左内頸動脈に脳動脈瘤があったため、その日のうちに開頭手術で動脈瘤にクリップをかけて破裂予防の処置をしました。左動眼神経麻痺の症状はその後2カ月程度で改善しました。

脳動脈瘤が破裂して起こるくも膜下出血は、重症だと急に深い昏睡に陥ったりほぼ即死状態になったりすることもあり、後遺症なく社会復帰できる人が3割にも満たないとされるほど、予後(その後の医学的な見通し)の悪い病気です。複視に加えて上述のような動眼神経麻痺が疑われる症状が急に現れた場合には、脳動脈瘤の切迫破裂のサインであることも疑い、脳神経外科を受診してください。

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東京都立多摩総合医療センター 脳神経外科 部長

太田 貴裕 先生

脳神経外科のエキスパート。脳動脈瘤・頚動脈狭窄症・脳動静脈奇形・もやもや病に対する血行再建術などの脳血管障害全般における開頭手術と血管内治療のハイブリッド治療を行っている。血管内治療による急性主幹動脈閉塞症に対しての経験が豊富であり、また髄膜腫・神経鞘腫など良性脳腫瘍の外科治療も手掛けている。