医療の進歩で、生まれてすぐに、あるいは乳幼児期に亡くなる子どもは大きく減りました。ただ、かつては命にかかわっていたような病気を患った子どもの中には、進んだ医療を受けたにもかかわらず病気が完全に治癒せずにさまざまな障害を持って生きているケースも少なくありません。そうした子どもたちがこれから大人になっていくとき、医療は、そして社会はどのように支えていけばいいのでしょうか。このような問題を含めて小児科医療は今、かつてない変革が迫られています。国立成育医療研究センターの五十嵐隆理事長に、小児科医療の現状と今後求められることについて聞きました。4回に分けて報告します。
医療が進歩して、感染症などの急性疾患、頻度の高い先天性の心疾患(心奇形)といった、かつては新生児や乳幼児の命にかかわるような病気も治療ができるようになり、「子どもの病気」の種類が変わってきました。
例えばHib(インフルエンザ菌b型)や肺炎球菌のワクチンが2013年から定期接種(法律に基づき市区町村が公費で負担する予防接種)になり、細菌性髄膜炎や敗血症、難治性の中耳炎といった、命に関わったり、治療が難しかったりする病気が激減しました。かつては、細菌性髄膜炎を見逃したり、夜間救急に来たけれど症状がないから一度帰宅させて翌朝受診してもらおうとしたら、その間にどんどん悪化してしまったりということもありました。かつて気管支ぜんそくは、子どもの患者さんのための療養所もあるような重症化の可能性がある病気でした。しかし今は、ステロイド吸入療法などの治療で重症化するお子さんは非常に少なくなりました。
一方で、食物アレルギーなど、かつてはあまり見られなかった病気のお子さんが増えています。
医療の進歩によって疾病構造が変わり、昔だったら亡くなっていたような病気のお子さんが救命されるようになりました。けれども、「疾病状態」を完全にゼロにできるかというと、まだそこまでは至っていません。
例えば、複雑心奇形の1つ「左心低形成症候群(肺から戻った酸素が豊富な血液を全身に送り出す心臓の左心室や大動脈が正常に発達しない先天性心臓病の1つ)」は、昔ならば多くが新生児期に亡くなっていました。現在は心内修復術の発達で、手術をすれば20歳まで生きる確率は6~7割に達します。しかし、慢性的にチアノーゼ(血液中の酸素が不足した状態)が続き、腎不全などの合併症が大人になってから出てきます。
もう1つ、急性リンパ性白血病(ALL)も、かつてはほとんどの患者さんが診断から数カ月以内に死亡するという厳しい病気でした。しかし、薬や治療法の発達で、5年生存率は今や9割近くまで向上しています。ただ、この治療は化学療法(抗がん剤)や、場合によっては放射線を使うこともあるため、薬剤の影響が子どもに残り、「晩期障害」といって大人になってから中枢神経障害や、内分泌の合併症などが出ます。
このように、治療でお子さんの命を救うことができるようになった一方で、治療の負の側面を完全にゼロにすることはまだできておらず、結果的にいろいろな障害とともに生きざるを得なくなっているのが現状です。
社会構造の変化で、精神科的な疾患、特に発達障害のお子さんが以前に比べて増えていることも、最近の特徴として挙げられます。早産・低出生体重児は発達障害や精神疾患の合併リスクが高いという研究報告もあります。
慢性的に体、発達、行動、精神状態に障害があって医療の支援が必要な子ども、あるいは若年成人を「children and youth with special health care needs」と呼んでいます。アメリカでは2000年から5年ごとに調査をしており、この概念に当てはまる20歳未満の人は2016/2017年の調査で18.8%と、5、6人に1人になります。実は、先進諸国はみな同じ傾向にあるのです。
日本も例外ではなく、東京都西部地区を対象とした調査で同様の結果が出ています。具体的な数字を挙げると、先天性心疾患や小児期の川崎病の罹患(りかん)による冠動脈病変をもって成人に移行した患者さんが約50万人、小児期に悪性腫瘍に罹患し治療で寛解し成人に移行した患者さんが11万人に及びます。また、在宅で医療的ケアが必要な子ども(医療的ケア児)は、全国で1万9712人(2018年度)、人工呼吸器による管理が必要な子どもは4178人(同)で、毎年増加しています。特に、人工呼吸器による管理が必要な子どもは大きく増えています。
こうした子どもたちをどうやって支援していくかが、これからの小児科医療のみならず、社会全体の大きな課題になっています。
医療の観点からは、患者さん個人の課題に対応し、成人への医療提供者(若年者の内科)と協力して患者さんの治療(移行医療)を支援する体制を作り上げ、維持することが求められます。
どういうことかというと、子どもの時に受けた治療によって亡くなることを避けられた代わりに障害や慢性疾患を抱え、小児科医療を受けていた患者さんたちが、これから大人になっていきます。現時点でそうした患者さんを大人の医療につなぐ体制ができていないため、整備が必要ということです。また、長期間にわたって慢性疾患に罹患することで生じる病態や薬剤による2次障害などを明らかにし、対応マニュアルを作成することも課題です。
社会的な課題としては、学業支援や就業支援、つまりきちんと働いて自活でき、税金も払える人になってもらうことを手助けする体制づくりも重要です。
さらには保護者の負担もあります。人工呼吸器をつけているお子さんは、夜中でも気管内吸引をしなければならないなど24時間のケアが必要で、たいていは母親がわが子のために仕事を辞めてしまいます。高齢者であれば、ホームヘルパーなどさまざまな支援体制がありますが、医療的ケア児にはありません。
こうしたさまざまな課題を解決するには、医療従事者だけではなく、社会全体の支援が必要とされています。
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国立研究開発法人国立成育医療研究センター 理事長
東京大学小児科教授、東京大学医学部附属病院副院長を経て現在は国立成育医療研究センター理事長を務める。日本小児科学会では前会長、現在は監事を務め小児腎臓病学を専門とする。これからの小児科医のあり方についても提唱を行うとともに、後進の教育や日本の小児医療をより良くするためのアウトリーチ活動にも積極的に取り組んでいる。