連載少子化時代の小児科医療

少子化日本の小児科医療を活性化させるために必要なこと

公開日

2020年10月19日

更新日

2020年10月19日

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2020年10月19日

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国立研究開発法人国立成育医療研究センター 理事長

五十嵐 隆 先生

少子化時代の小児科医療【3】

子どもの数が減少の一途をたどる日本で、小児科医療の役割はどう変わっていくのでしょうか。国立成育医療研究センターの五十嵐隆理事長に小児科医療の現状と今後求められることについて聞くインタビューの第3回のテーマは、「少子化社会で小児科医が目指すべきもの」です。

障害ある子どもとも一緒に歩む覚悟

第1回で述べたように、日本の新生児死亡率、乳児死亡率は世界で1、2位の好成績で、以前に比べると子どもは“死ななく”なっています。ですが、亡くなってしまうお子さんがいる以上、病気を克服するための医学研究はこれからも進めていかなければなりません。

また、生まれながらに障害がある子どもをどう受け止めるかを、これからも考えていかねばなりません。

「新型出生前診断」と言われるNIPTが2013年以降日本で行われるようになってから7年が経過しました。若い女性を見ていると、私たちとは少し違う意識をお持ちの方が多くなっており、NIPTに対する障壁は低いようです。この検査はダウン症など染色体が1本多い3つの病気を見つけるだけで、実際には子どもの障害の原因となる病気はほかにもたくさんあります。ですから、現時点でこの検査を受ける事がどれほどの意味があるのかと、個人的には思っています。

この検査は100%の正解率ではありませんので、ダウン症などのお子さんの出生は減るでしょうがゼロになることはありません。

妊娠中の女性
写真:Pixta


われわれ医療者は、先天性の病気の結果として生じてくる障害を減らしたり、治癒させたりするための研究に、今まで以上に取り組む必要があります。

小児科学会には、生まれてくる障害を持つ子どもたちとご家族を受け止め、寄り添い、「小児科医はあなたたちと一緒に歩いていきます。いつでも支援します」と社会に向けてアピールしていただきたい。病気の研究も一生懸命行い、「ダウン症に合併するさまざまな病気を私たちは治します」と宣言する力を持ちたいと思います。

子どものためのシンクタンクを

これからの小児医療では、遺伝子解析による病気の原因解明の研究、ES細胞やiPS細胞を使った再生医療の研究、遺伝子治療の研究などを行い、有効な治療法を生み出してそれを社会実装することを進めていかなければなりません。

一方、日本の小児保健・医療を活性化するためには、別の観点からも大事なことがあります。それは、社会の影響を強く受ける子どもたちの心理・社会的問題を研究し、科学的な解決策を社会に発信することです。

例えば、スマートフォンとどう付き合えばいいのか▽アメリカでは高校生の2割が使っているとの報告がある電子タバコの害をどう考えるか▽子どもの将来、子どもと子育てをする親をどう支援するか――といったような、社会学的な研究をし、解決策を出していかなければなりません。そのためには、子どもの保健・医療政策を立案するためのシンクタンクも必要です。国とは異なった立場で運営する民間や研究者レベルのシンクタンクは、高齢者についてのものはあっても、小児あるいは子育てを研究するものはとても少ないのが現状です

小児科医療でAIが貢献できること

人工知能(AI)は、小児科医療にもさまざまな変革をもたらすことが期待されています。

現在、AIを用いた小児がんの病理診断システムの構築、小児がんの原因遺伝子情報の集積と公表、原因遺伝子に応じた治療薬の選別、腫瘍性疾患診断のための遺伝子診断パネルの作成などが試みられています。AIは画像処理に非常に優れています。ですから、小児がんの診断や画像診断で見逃しが起きないようにするなどの研究が進んでいることはご承知かと思います。

そうしたこともあって「AIが医者に取って代わる」と考える方もおられるようですが、それはどうでしょうか。

AIは膨大なデータセットを分析し学習する能力によって、診断・治療・予後の精度を驚異的に向上させます。しかし、そこから生み出されるものはあくまでも“提案”でしかありません。また、患者さんは生身の人間であり、複雑なこころがそれに劣らず複雑な肉体に収まっているという事実を忘れてはなりません。こころと体の相互作用については今なお謎の部分が多いのです。ひとり一人が特別な存在である人間を、AIが完全に理解することはできません。

AIはエキスパートのレベルに達することはできても、超えることはできません。ですが、AIを活用してエキスパートを何千人も作ることができるので、それをうまく使って珍しい病気を正しく診断したり、有効な治療法に結びつけたりすることはできると思います。

もう1つ、AIに期待することは、少し逆説的に聞こえるかもしれませんが、私たちが提供する保健や医療が、患者さんや家族にとって思いやりあふれるものにするということです。成育では、AIを搭載した犬型ロボットで患者さんに癒やしを提供するなどの活用をしています。生きた犬を導入している病院もありますが、動物が怖いとか動物アレルギーの子どももいます。ロボットと親しくなったり、ロボットに愛着が出たりすることも分かってきました。こうしたものも使って、患者さんや家族にやさしい医療を進めることができるのではないかと思います。

成育基本法で子どもの医療進展に期待

2019年に施行された成育基本法は、「成育過程にある者の多様化し高度化する成育医療等に関する需要に切れ目なく的確に対応できるように、関連する保健、教育、福祉に関する施策と連携を図り、総合的に推進する」ことを目指しています。現在「成育医療等協議会」が厚生労働省の管轄下に設置され、胎児期から若年成人に至る人たちに、必要な成育医療やそれに関連する保健・教育・福祉に関する「基本方針」の取りまとめ中で、本年度中に公開できると思います。

この法律の定めによって、政府には成育医療などに関する計画を公表する責務があります。がん対策基本法ができたおかげで日本のがん医療が進んだように、成育基本法によって障害のある子どもも健康な子どもも含め、すべての子どもの成育に必要な施策が具体的に提言・明示され、小児保健の推進に貢献することが期待されます。

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国立研究開発法人国立成育医療研究センター 理事長

五十嵐 隆 先生

東京大学小児科教授、東京大学医学部附属病院副院長を経て現在は国立成育医療研究センター理事長を務める。日本小児科学会では前会長、現在は監事を務め小児腎臓病学を専門とする。これからの小児科医のあり方についても提唱を行うとともに、後進の教育や日本の小児医療をより良くするためのアウトリーチ活動にも積極的に取り組んでいる。