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連載シンカする生殖治療

継続か延期か…新型コロナ流行下でどうする不妊治療

公開日

2020年05月11日

更新日

2020年05月11日

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2020年05月11日

掲載しました。
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山王病院 (東京都) 院長

堤 治 先生

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を受けて、日本生殖医学会は4月1日、「国内でのCOVID-19感染の急速な拡大の危険性がなくなるまで、あるいは妊娠時に使用できる予防薬や治療薬が開発されるまでを目安として、不妊治療の延期を選択肢として患者さんに提示していただくよう推奨いたします」という声明を発表しました。ここで「選択肢として提示」にとどめているのは、延期が子を持つことの断念につながる可能性もあるからです。緊急事態宣言が5月末まで延長され、COVID-19流行の収束が見通せない中、不妊治療を受けている・考えている方々はどうすればいいでしょうか。

不明な点も多い妊婦への影響

COVID-19が妊娠、特に妊娠初期の胎児に及ぼす影響は現段階では明らかになっておらず、母体から胎児への感染の可能性は不明です。妊婦は感染リスクが上昇するという報告はありません。また、妊婦が感染しても特に重症になることはないようですが、全く重症化しないということではありません。現在試行されている治療薬には催奇性(胎児に奇形を生じさせる作用)があるものもあり、妊娠が成立したあとのCOVID-19感染への対応に苦慮することが予想されます。

前述の日本生殖医学会だけでなく、世界保健機関(WHO)などの保健機関、生殖医療を専門とする学会などからも、不妊治療の延期や中止を選択肢として提示することの推奨が発表されました。この治療には、人工授精、体外受精・胚移植、その他手術などが含まれます。しかしながら、これら声明には不妊治療再開のめどなどは示されていません。ワクチン開発あるいは国民の大半が感染し抗体を保有するまでには年単位の時間がかかることが予測されます。

知らなかった「卵子の老化」

「そんな大事なこと、もっと早く教えてもらわないと困ります」

これは40歳の初診の患者さんと私の外来でのやり取りです。

「卵子は胎児のときに作られていて、20歳の時は卵子も20歳。40歳になると、卵子も40歳で、受精率や妊娠率、流産率にも年齢に応じた変化が生じます」と説明すると、多くの方から冒頭の言葉を頂戴します。初めてお目にかかった方ですから、もっと早くお教えするすべは残念ながらないのです。卵子のエージング(老化)などの啓発に努めてきた産婦人科医として、自分の力不足を感じる時でもあります。

女性が40歳なら卵子も同年齢

卵子のもとになる細胞は、胎児の卵巣の中で分裂し500万個ほどに達します。卵子は女性が胎児の時に、染色体の数が半分になる生殖細胞に特有の「減数分裂」を開始しますが、出生前に「休止期」という長い休眠状態に入ります。思春期以降、排卵される時に減数分裂が再開し、受精する時に減数分裂が完了します。難しいことを言ったかもしれませんが、20歳の時の卵子は卵子として完成するのに20年かかり、40歳では40年かかり、時に、エージングによる変化を免れないということです。

卵子の数のピークは胎児期で、出生後減少します。卵子の数は減少を続け、閉経時にはゼロになります。卵子の減少速度は個人差があり、早い遅いはあります。日本女性の閉経年齢は45歳から55歳で、平均は50歳です。長い場合、卵子は減数分裂に50年以上かかることがあるわけです。

減数分裂に時間がかかればかかるほど、うまく完了しない可能性が高まります。具体的には、染色体の数的異常が生じやすくなります。例えば、減数分裂時の異常で21番の染色体が3本になることによって生じる「ダウン症(21トリソミー)」の年齢による頻度は▽20代から30代前半では1000人に1人か2人▽35歳で同3人▽40歳では同10人▽45歳では同50人――と増加していきます。他の染色体の数的異常も、同じように年齢とともに増加します。受精卵に染色体異常があると流産につながりやすく、結果として流産率も年齢とともに増加することになります。

リプロダクティブヘルスをめぐる2つの問題

リプロダクティブヘルスあるいはリプロダクティブライツという言葉をご存知でしょうか。「女性は自分の産みたい時に産み、産みたくない時には産まないことが当然の権利である(1993年カイロ宣言)」ということです。20代、30代に思う存分仕事で活躍していると、結婚、妊娠、出産が遅くなる傾向が出てくることもありえます。海外に目を移すと、女性の有職率が出生率に影響を与えていない国もありますが、日本の現在の社会体制の中では、有職率の増加は出生率の低下に関係しているように思われます。

働く女性
写真:Pixta


リプロダクティブヘルスをめぐっては、日本には2つの問題があると思います。1つは教育の問題で、年齢とともに妊娠しやすさは低下し、染色体異常や流産などのリスクが上がるなど、性や生殖に関連した基本的事実が十分知らされていません。もう1つは社会の問題で、社会で活躍する分、結婚や出産が後回しにせざるを得ない、言い換えれば働きながら安心して妊娠、出産、育児ができにくいということです。

体外受精ベビー「世界一」の裏事情

先日発表された2017年のデータでは、体外受精によって生まれた子供の数は、前年よりも約2500人増の5万6617人と過去最多で、日本の赤ちゃんの16人に1人が体外受精と、割合も増えました。

この数字は決して「喜ばしいこと」ではありません。何が問題でしょうか。図aは、国別体外受精・顕微授精数です。治療件数がずば抜けて世界一であることがお分かりいただけるでしょう。これに対して、図bの採卵1回あたりの国別出産率をご覧ください。世界最低レベルというか、統計をとっている国の中で最低です。その理由は、図cから読み取ることができます。

図2a
図a
 
図2b
図b


日本では、諸外国に比べて年齢の高い方が治療を受ける割合が高いのです。体外受精の治療では通常卵巣を刺激して、できるだけ多くの卵子を確保しようとしますが、年齢が上がると卵巣内にある卵子の数が減少して、採れる卵子の数も少なくなります。また、エージングによってうまく受精できなかったり、妊娠が継続できなかったりする卵子の割合が高くなります。

図2c
図c

主治医と納得いくまで相談し判断を

私たち不妊診療に携わる者たちは、患者さんが1周期、1周期をとても大事にしていることを知っています。また、年の単位でみると妊孕性(にんようせい=妊娠しやすさ)は低下し、体外受精などの治療成績も下がる現実を、患者さんと共有しているつもりです。

特に、40歳前後で今が最後のチャンスという方にとっては、期限が分からないけれどワクチンができるまで待つというのは、リスクが高いと考えます。不妊治療が不要不急とは言えないと、私自身は考えています。もっと若い方でも、個々の事情によっては逃せないタイミングもあるでしょう。ですから、冒頭で紹介した声明に従い「不妊治療の延期や中止を選択肢としてご提示」はいたしますが、患者さんの年齢や個別の医学的またその他の事情を考慮しつつ、胚凍結や精子・卵子凍結などエビデンスに基づいた治療方法もあわせてお示しいたします。

治療の延期あるいは継続の判断はそれぞれの患者さんのお気持ちや事情によって異なるでしょう。患者さんは、不妊治療の方法や成績を十分に理解し、ご自身の個別の状況も考慮しながらご夫婦で主治医に納得いくまで相談し、治療の中断や継続など今後の治療方針をご検討ください。不明な点は遠慮なく質問してください。私たちは、新型コロナウイルスにより今後の不妊治療が困難な状況にならないよう祈念しております。

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